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12歳-25-

 翌週の土曜日。時刻は、お風呂会の時刻を避けて16時半。

 

 私の部屋でゼルカ様と二人、テーブルを挟む。

 

「あれからギリカは大丈夫ですか?」

「はい! 前までが嘘のように、良くしてくれます。私の体の傷を消すよう、実家とも協力して治癒魔法使いや医者を探してくれているそうです」

 

「そうですか。改心したならなによりです」

「先日、ルナリア様のお風呂会を真似て、お風呂に誘ったんです。最初は恥ずかしそうでしたが、入ってくれまして。……すごく、楽しかったです」

「まあ、素敵ですね! お風呂は心の距離を縮めるには一番だと思います」

「それはもう! ルナリア様がお風呂会を開いた理由が良く分かりました」

 

 ――あんなことがあったのに、もうそんなに仲を取り戻しているなんて……

 ゼルカ様の「昔のように」という願望は、ギリカも潜在意識に抱いていたのかもしれない。

 

「ただここ数日、少し困ったことが、私も姉上もそれぞれございまして……」

 アンニュイに目を伏せるゼルカ様。

 

「困ったこと、ですか?」

「……相談、乗っていただけますか?」

「もちろんです。私で良ければ」

 

「ありがとうございます。

 えっと……では、まず私の方から。

 姉上、基本的に虫や爬虫類がダメなんです。

 私はそういう生き物を使った虐待のおかげで平気なんですが」

 

 ――相づちが打ちにくすぎる……

 

「先日、部屋にバッタが飛び込んできて、姉上が泣き喚いてしまったんですね。……それでそのとき、気づいてしまったんです」

「気づいた?」

 

 暗に先を促すも、ゼルカ様はしばらくモジモジとしていた。

 

 そして、ポツリと、

「……私、姉上の泣き顔が好きだな、と」

 頬を染めて、そんなこと言い出す。

 

 ――……ゼルカ様……?

 

「泣いて私に頼むんです。バッタを外に出して、と。ついついイジワルして、捕まえたバッタを近づけたりして。するとますます泣き出すんです。

 それが、なんというか……とても愛おしくて」

 

 その時のギリカを思い出してか、本当に愛おしそうに両手を頬に当てる。

 

「わぁお……」

 ――そういう子だったんだ、ゼルカ様……

 

 こんな本性があったなんて、意外すぎた。

 姉との仲を取り戻して、ゼルカ様が本性を取り戻してきた、ということよね……

 

「多分、ルナリア様のおかげで涙腺が緩んじゃったんでしょうね。ちょっとしたことで泣くようになりまして。

 ……イケナイとは思うんですよ? でもつい、蛇の人形を姉上の椅子に置いたりしてしまうんです。それに気づいたときの姉上が、すごく可愛らしくて」

 

 ――いやこれ、本性よね? 私が目覚めさせたわけじゃないよね!?

 

「でもまあ、それは私がちょっと変なだけなんで。イタズラ心を抑えれば良いと思うんです。

 ですが……姉上の方が……」

 

「……ギリカが?」 

「その……ルナリア様。私達だけの秘密にすることは、できますでしょうか」

「……分かりました」

 

 頷いて、ショコラとエルザを見る。

 二人は黙って礼をして、部屋を出て行った。

 

 ゼルカ様も侍女を退室させる。

 

 ――私の方はともかく、ゼルカ様自身の侍女にも聞かせたくないなんて。

 

 二人きりになってからも、数秒ゼルカ様は黙っていた。



「実は、3日前から……侍女達にも内緒で、前までのような時間があるんです」



 ――微笑ましくなってた気持ちが、一瞬で冷める気がした。

(ギリカ……)

 貴女は、やっぱり反省なんてしてなかったの……?

 

「あ、でも傷が付くような事や、痛みを伴うことはありません。それ以外の……その、そういうことだけで」

「……そう、でしたか」

 

 脳内で治癒剣への命令を組み立て始める。

 

「私をいじめてください、って。私からお願いしたんです」

 

 ――私の脳内が、止まった。

 

「3日前、姉上の部屋に忘れ物をしてしまって。夜にお伺いしたんです。

 そうしたら、様子がおかしくて。

 ……かなり時間が経ってドアを開けてくれた姉上は、死にそうな顔で。血の匂いが、してたんです」

 

「血の匂い……?」

 

「……姉上の顔も目も、前の怖かったときみたいで。

『取ったらさっさと出て行って。でないと、また貴女を傷付けたくなる』と。

 それで、話を聞いてみたら……

 私をイジメていた頃の快感が忘れられない、って。

 つい、したくなっちゃう、って。

 だから姉上、自分で自分を傷付けていたんです。

 ルナリア様に傷付けられた腕とか、膝とかの痛みを思い出すために」

 

「…………」

 ――相談を受ける、と安請け合いしたことを僅かに後悔した。

 

「だから、私から言ったんです。

 このままだと、姉上が死んでしまいそうだったので」

 

「……それは……」

 ――心の診療ができる人に、ちゃんと相談した方が……

 

 と言おうとした瞬間、ゼルカ様は、それはそれは幸せそうに笑った。

 

「そうしたら、前と違って、ペットみたいに扱われちゃうんです。

 どうも、私から『いじめて』と提案したのが琴線に触れたみたいでして。

 ……酸欠のところに、『可愛い』とか囁かれたり。苦しいところを、撫でられたり。

 初日は戸惑いましたけど……

 昨日は、夜が待ち遠しくて。早く、私()遊んで欲しい、って。

 終わった後は、今度は姉上の方がペットみたいになっちゃうんです。謝りながら泣いちゃうので、私が慰める側になって。……その時の姉上も、可愛いんです」

 

 ……しばらく、内容が理解できなかった。

  

 ――えっ?

(……えっ?)

「……えっ?」

 

 明らかに戸惑う私に、ふふっ、とゼルカ様は愛らしく笑った。

 

「困らせてしまって申し訳ありません。

 異常ですよね。それは分かってるんです。どうにかした方が良い、と私も思うんです。

 思うんですが……。

 そんな夜が……なぜか、幼少の幸せだった日々と重なっちゃうんです」

 

 ――つまり、昼間はゼルカ様が主導権を握って、イタズラもする。

 が、夜は立場が逆転し、イタズラを超えた行為に及んでいる。

 

 そんな状況をどうすれば良いか、ゼルカ様は……おそらくギリカも計りかねている。そういう相談、というわけだ。

 

(重すぎる!)

 ……と、最初は思った。

 

 が。

 大事なことは、いつだって決まっているのだ。


「……ゼルカ様は、今度も『助けて欲しい』と思っておられますか?」

 

「そう尋ねられますと……明確に、違う、と答えられます。

 ……私は、少なくとも今は、この関係の方が好きです。

 でもこんなの、普通の姉妹じゃないじゃないですか。だから、やめた方が良いと……」



「なら、良いんじゃないですかね。やめないで」



 ゼルカ様の動きが止まる。

 

「『やめた方が良い』の理由が『普通じゃないから』だけなら、そう答えちゃいます、私。

 私も、妹と普通の関係じゃないので」

 

 ちらりと右手薬指の指輪を見る。

 

「今のゼルカ様なら、本当に嫌なことをされたら言えると思うんです。で、今のギリカなら、それを聞いてくれるとも思うんです。

 もし聞いてくれなかったら、止めに入りますけど。

 そうじゃないなら……

 二人だけの『特別』があるのなら。

『普通』という言葉で壊すことはないと思います」

 

「……二人だけの『特別』……」

「ゼルカ様は『異常』という言葉を使っておられましたが、それが特別である証拠かと。

 以前までの虐待とは混同しない方がいいんじゃないかな、って思いました」

 

「……今の私達は『異常』ではなく、『特別』ですか……。いいですね。この言い方、真似させていただきます」

 ゼルカ様はどこか安心したように、穏やかに微笑んだ。

 

「まあ、その……ちょっと危険なことをされるんであれば、安全には配慮いただきたいですが」

「そのあたりは、ちゃんと侍女達にも相談しようと思います」

「可能なら、それがよろしいと思います」

 

 ――相談された側は、心底驚くと思うけど。


「なんだか、色々吹っ切れた気がします。ありがとうございます! ルナリア様!」

 

 いつか見せてくれたのと同じ愛らしい笑顔で、ゼルカ様はそう言ってくれた。

 

 ――そりゃ、確かに『異常』とは思うよ。

 でも、私だってレナへの『異常』な感情を『特別』に変えた手前、否定する資格はないし、否定する気もない。

 

 ……と、自分自身を納得させたのだった。

 安全にだけは本当に気を付けて欲しいけどさ。





「ところで、私への罰は決まりましたか?」

 ちょっと強引に話題を変えた。

 

「はい。決めて参りました」

「お伺いいたします」

 

 ――罰を宣告されるというと、前生で判決を受けたときのことを思い出しちゃう。

 

「私と、お風呂会してくださいませ」

 

(……お風呂会?)

 

 驚いていると、ゼルカ様は楽しそうに笑った。

 本当に良く笑うようになった。以前までの貼り付けた笑みと同一人物に思えないくらい。

 

「皆様とは流石にまだ無理ですが。個室のお風呂で、いかがでしょう?」

 

 そんなの私が嬉しいだけで、もはや罰でもなんでもないけど……。

 

「拒否権なんてありませんし、あっても使いたくありませんね」

「あははっ、ありがとうございます♪」


「ただ、二人だけだとお風呂会というより、一緒にお風呂に入るだけのような……」 

「そこは、姉上も入れて三人でどうでしょう。それならギリギリ会と呼べるかと」

「分かりました。その罰、(つつし)んで(うけたまわ)ります」

 

 まるで童女のように笑うゼルカ様。

 私もきっと、同じように笑っていただろう。

 

「ところで、この罰はギリカと決めたんですか?」

「いいえ。言ったら反対されそうなので。直前まで黙っておきます」

「まあ。ゼルカ様、昼間だからイタズラっ子ですね」

「夜は姉上のペットになってあげてるんですから。これくらいは文句言わせません」

  

 お風呂会が一番の罰になるのは、もしかしなくてもギリカな気がしてきた。

 まあ、だとしても自業自得だけどさ。

 

 ――懸念があるとすれば。

『特別』になった二人とお風呂なんて、邪魔者になっちゃわないかな、ってことだけだ。

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