12歳-24-
ギリカが目を覚ましたのは、空がオレンジ色になりかけた頃だった。
長身の侍女から知らせを受けて、ギリカの部屋へ。
ソファに座っていたギリカは、私を見た瞬間、小さく悲鳴を上げた。
すでにゼルカ様も来ていて、ギリカの対面に腰掛けている。
「よく眠れた?」
ゼルカ様の隣に座りながら、ギリカに聞いた。
「……はい、おかげさまで……」
おどおどした様子で、私の一挙手一投足を窺うようなギリカ。
――すっかり小さくなっちゃって。
昨日の禍々しさや刺々しさはすっかり無くなり、ただ怯える13歳の少女がそこに居た。
「なら良かった。やっと話が通じるようになったみたいね」
「……その節は、本当にご迷惑おかけしました」
「私に謝られても仕方ない。その分、ゼルカ様や侍女達に謝りなさい」
「はい。……ゼルカ」
ギリカがゼルカ様の方を向く。
「痛みって、積み重なるとこんなに辛いのね。私はもう傷は残っていないけど、貴女の傷は今でも痛むんでしょう?」
「……そうですね。全部じゃありませんが、ズキズキとした痛みは今も」
「本当に、本当にごめんなさい……」
ギリカが頭を下げる。
そこでギリカの侍女がお茶を持ってきた。
一口いただく。
――味はまあ、経験少ない子達だからしょうがない。
「……私が言いたい事は二つ。一つは、貴女がゼルカ様を蔑ろにしたそもそもの原因のこと」
右手の人差し指を立ててギリカを見た。
「ギリカは、ちょっと難しく考えすぎたのよ。妾の子だとか、男爵家の子だとか。
そうじゃない。立場や生まれとかじゃない。
痛いものは、誰だって痛い。そして、人が嫌がることはしちゃいけない。
貴女はそこに思い至れなかっただけ。散々体に叩き込んだ今なら、それこそ痛いくらい分かるでしょう?」
「はい、……ぐすっ」
昨日の事がフラッシュバックしたか、少し泣き出すギリカ。
「貴女は貴女なりに苦しんだことも、少しは理解できるつもりよ。私も、自分の両親がそんなことをして妹ができたら、戸惑うと思う」
ギリカが涙が少しだけ多くなる。
「とにかく、両親とちゃんと話をしてみて欲しい。『妾』とか『腹違い』とか……そういう表面上の言葉だけで決めつけないで。
自分は不満だし気に入らないし不愉快だ、って事をちゃんと伝えること。
ちゃんと話し合ってみれば、『もっと早く話せば良かった』ってなるかもしれない」
他人である私に、相互理解の保証なんてできない。
それでも、たとえ無責任と言われても、話し合うという行動のきっかけにして欲しいと思った。
「……愛する旦那さんの子を産めなくなった時の絶望は、私達には理解できないほど壮絶だったはず。
その絶望を近くで見ていたマギ様は、どんな心境だったのか……。
アーレスト卿も、陛下から賜った字を守るプレッシャーは相当だったでしょう。
もちろん全部私の想像だから、実際のところは分からない。
でも、そういうことを理解できれば、自然とゼルカ様の存在も受け入れられるようになるんじゃないか、って思うのよ」
――不満を溜めたり自己解消しようとするのは、優しさではない。
それは、前生の失敗から学んだ教訓。
「……分かりました。次帰省したら、話し合ってみようと思います」
ギリカが、少し意外なくらい力強い声で言った。
「姉上、その時は私も」
「ええ、そうね」
姉と普通の会話ができたことが嬉しそうに、ゼルカ様が微笑む。
それに釣られてか、ギリカも小さく口元を緩めた。
――やっと姉妹関係を再開できそうな二人に、私も頬が緩んできちゃう。
そんな自分の表情を意識して、マジメモードに戻す。
「……もう一つは、謝罪をしに来ました」
「謝罪、ですか?」
両手を膝の上に置いて、深く座礼する。
「ギリカ、痛い思いをさせてごめんなさい。ゼルカ様、姉君を虐げて申し訳ありません。この罰は、いかようにでも」
「ルナリア様、そんな、おやめください!」
ゼルカ様に両肩を持ち上げられた。
「痛いものは痛い。人が嫌がることはしない。……今言ったばかりですから」
私はゼルカ様に諭す。
「それは、私がお願いしたから……」
「助けて、とお願いはされましたが、監禁し痛みを添えると言い出したのは私です。
法で裁けないから私が裁く、と言ったのは私です。
私だけが法に守られるのは道理に合いません」
「ルナリア様、貴女は……」
その続きは発せられず、二人は呆然と私を見る。
「罰の内容はお二人にお預けします。決まったらご連絡ください」
言って、立ち上がる。
日曜日のこの時間は、いつもショコラとエルザの三人で、おやつの時間なのだ。
――姉妹水入らずの邪魔もしたくないしね。
「そうだ。ギリカ、それに侍女のお三方」
思い付いて、三人の幼い侍女を見る。急に呼ばれて、びっくりしていた。
「良ければ、今度私のパーティーにいらしてください。侍女の皆さんには、このエルザがお茶の淹れ方をお教えいたしましょう。
美味しいお茶は、人生を豊かにします。もしまだ侍女を続けるおつもりでしたら、お役立てくださいませ」
名を呼ばれたエルザが四人に向かって会釈をした。
「それでは、ごきげんよう」と締めくくって、ギリカの部屋を出る。




