12歳-23-
ギリカの部屋を出て、全員でゼルカ様の部屋へ。
「大丈夫ですか?」
まだダメージが残ってそうなゼルカ様に尋ねた。
「はい。私の診察魔法では、後遺症などは残らないレベルで治癒できております」
返事をしたのはゼルカ様の侍女の一人。
「……診察魔法が使えるんですか?」
診察魔法とは、身体情報を詳しく診るもの。鑑定魔法と同種に区分されている。
鑑定魔法と同じく適性者が少ないため、習得すれば医者や看護師などの要職に就くことができる。
「父が私に付けてくれたのです。この二人が居れば、怪我をしても大事に至らないだろう、と」
とゼルカ様。
侍女の一人は治癒魔法使いで、一人は診察魔法使いとは……、なんとも贅沢だ。
とはいえ、それがギリカの暴力を助長させてるのも事実だけど。
「そんな心配しなくていい日々が来ることを願う限りです」
次にギリカの侍女である三人を見やる。
「そちらのお三方」
落ち着かなさげな三人がこちらを見返した。
「あくまで、貴女達は横暴な公爵令嬢に逆らえなかっただけ。決して主を裏切ったわけではありません。
……だから、あまりご自分を責めたりなさいませんよう」
どうにも怯えられているようなので、そう微笑みかけた。
――なぜかそのうち二人はさらに怯えちゃったみたいだけど。
「……とんでもございません。私どもとしても、助けられた身でございます」
唯一あまり怯えを見せていなかった背の高い侍女が、そう言って礼をした。
「……貴女達も?」
「はい。ゼルカ様ほどではありませんが、手を上げられることは多くございました」
――あの選民思想の持ち主では、想像に難くない。
「そのため、ギリカ様の侍女はすぐに辞めてしまうのです。この二人はまだ一ヶ月と四ヶ月の新人で、私もまだ半年程度です」
言われてみれば、確かに全員若い。なんなら幼いと言っても良い。
「正義を成されたルナリア様には、感謝しかございません」
「……正義?」
「はい。罪に対して罰を下されるのは、当然のことかと」
「私のは正義じゃない。強者が弱者に振るう暴力を、私は正義と言いたくない。ギリカから皆にしたことと、私がギリカにしたことは、本質的に一緒よ」
私が言うと、長身の侍女は目を丸くした。
「ギリカにはこれくらいしないと反省も更生もしないだろう、って思ったからしただけ。……ほら、『躾』と言ってたギリカと何も変わらないでしょう?」
私と同年代か、もしかしたら下かもしれない長身の侍女は、ただじっとこちらを見返していた。
†
翌朝七時を回った頃。ギリカを閉じ込めてから約十六時間が経った。
昨日と同じ面々で彼女の部屋を訪れる。
「月曜の朝まで」と言ったのはブラフ。最初からこのタイミングで様子を見に行く予定だった。
とはいえ、反省の色が見えないようなら、本当に月曜日まで継続するつもりだけど。
ドアを開けて、護法剣に触れる。一時的に私達だけを通すように設定変更。
部屋に入ると、中心でゼルカが体を丸めていた。
「ゼルカごめんなさい、ゼルカごめんなさい、ゼルカごめんなさい……」
うわごとのように呟きながら、涙を流している。
「……パパ、ママ、助けて……」
悲痛な呟きの後、ギリカはさめざめと泣き始めた。
くるくると空中を回っている治癒剣から、一時的に命令を撤回。
「おはようギリカ」
そこで初めて私の存在に気づいたか、飛び退いて私から距離を取った。
「いやだ、くるな、もういやだ、いたいのいやぁぁぁ……」
そのままうずくまって、大声で泣き始めた。
「……反省した?」
しゃがみ込んで、ギリカに顔を近づける。
「した! しました! しましたから、もう許してください……」
――この様子だと、今日で切り上げても良いだろう。
ゼルカ様と一瞬目を合わせて、お互い小さく頷く。
事前に取り決めていたプランの内、許すバージョンで行くということで。
再びギリカに視線を戻す。
「……何言ってるの? まだ日曜の朝よ? あと二十四時間はここに居てもらうから」
私が言うと、ギリカはさらに声を大きくして泣き続けた。
「分かった? 貴女はこんなに痛くてつらいこと、ずっとゼルカ様や侍女達にし続けてきたのよ」
「ゼルカごめんなさい、皆ごめんなさい、もう無理です、痛くて寝れてないんです、ご飯も水も摂れてないんです、死んじゃいます、許してください、良い子にしますから、二度と痛いことしませんから、お願いです、ルナリアしゃま、もうやめてくらしゃい……」
後半は嗚咽でぐしゃぐしゃになりながら、ギリカは両手を地面について額を床に付ける。
「ずいぶん都合が良いのね。貴女はゼルカ様が『やめて』って言ったらやめてたの? やめてないわよね? だったら私もやめないわ」
絶望か、力尽きたか。ギリカは呻くような泣き声で、そのまま両腕で顔を覆う。
そこでゼルカ様がやってきて、私の肩に触れる。
「……ルナリア様。もう充分でございます」
ゼルカ様の言葉に、おずおずとギリカが顔を上げた。
「本当によろしいのですか? まだ予定の半分も過ぎてませんが」
「はい。お手を煩わせて申し訳ありませんでした」
「でも……どうでしょう。この程度じゃ、また再発すると思うんですが」
「……二度としないと言ってくれましたし。今はそれを、信じたいと思います」
「そうですか? ……分かりました。ですが、もし今後再発するようなら、この続きはいつでも請け負いますので」
「ありがとうございます」
打ち合わせ通りきっちり予防線を張っておく。
涙でグズグズになったギリカと目が合った。
「ですって。良かったわね、優しい妹で」
「あ、あぁ、うわあぁぁぁぁぁぁぁ……」
消え入るような声で、ギリカは再度泣き崩れた。
「ゼルカ、ごめんなさい……ありがとう」
小さな声で言い残すと、ギリカの体から力が抜ける。
ぐったりとしたギリカは、すぅすぅ、と寝息を立てていた。
ギリカの侍女達が、彼女を寝室に運んでいく。
「目が覚めたとき、元に戻ってなければ良いんですけどね」
「そうですね。でもきっと、これまでのどうしようもない状態ではなくなるような……そんな気がします」
ゼルカ様は穏やかな表情でそう応えた。
姉の謝罪の言葉を聞いたからか、それとも最後の『ありがとう』のおかげか。ゼルカ様は満足そうな表情に見える。
私が見ていることに気づくと、少し照れくさそうに、可愛らしくはにかんだ。
†
ギリカの侍女達が戻って来たところで、ソファに座ってもらう。
「ゼルカ様、それにお三方にも言っておきたい事がございまして」
侍女達を見渡し、次にゼルカ様を見た。
「ギリカが反省したことに安心する反面、これまでの積もり積もった怒りが込み上げてくるかもしれません。
報復したいという欲が出てくるかもしれません。
もちろん、罪は償わせるべきですし、然るべき慰謝を受けるべきです。
けれど……それが全部済んだ後は、願わくば、許してあげて欲しいんです。ムシの良いことを言いますが、人は誰でも間違えることがある、と、受け入れてあげて欲しい。
それが、私のワガママです」
「……許す……ですか」
上下関係を叩き込まれた彼女達にとって、自分が許す側になるというのがピンとこないかもしれない。
「もし今後、復讐の念に駆られた時は、またご相談いただきたい。そういうお話と受け取ってくださいませ」
「なるほど……。ありがとうございます。何から何まで、頭が上がりません。このご恩は、いつか必ずお返しいたします」
そう言ったゼルカ様に続いて、侍女達が頭を下げた。
――私は甘いだろうか。
……でも、願ってしまうんだもの。
一度間違えた人間を、反省しようがしまいが死刑にしてしまうのは簡単だけど……。
改心して、ちゃんと謝ることができた者には、取り返す機会をあげる……そんな世界であって欲しい、と。




