8歳-5-
横に立ったお父様は、しばらくレナとグレートボアを見つめていたけれど……
「ルナ。今、何をした?」
危険はないと判断したか、お父様は私に視線を移した。
(やっべえ……)
――剣のことはお父様に隠す、って決めたばっかりなのに……
「いえ、その……自分でも咄嗟のことで、なにがなにやら……。
レナが危ない、って思ったら、つい……」
ジッとお父様が私を見る。
「プギィ! プギィ!」
と、そこでグレートボアが今までと違う鳴き声を上げだした。
……直後。
ズシン、ズシン、と重い音が聞こえてくる。
地面が揺れて、少しずつ音も大きく強くなってきた。
振り返ると、巨大なモンスターがこちらにゆっくり近付いてくる。
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【グレートボア(成体)】
・HP 4519/4519
・MP 48/48
・持久 389
・膂力 237
・技術 10
・魔技 2
・物理攻撃力 253
・物理防御力 231
・魔法攻撃力 3
・魔法防御力 22
■概要
イノシシ系モンスター。
平均で高さ3mを超える大きさは、獣系モンスターの中ではトップクラス。
攻撃手段は突進と噛みつきのみ。戦技や魔法を使用しないため、戦闘力は高くない。
ただし子や家族を守る時には、格上を倒すほど予想外の力を秘めている。
幼体が小さくて可愛いからと、持って帰らないように。
成体が家ごと踏み潰しにくるから。
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ですよねー。
「な、なんでこんなところに、あんなモンスターが……」
私兵の一人が呟いた。
「総員、抜剣! トルスギット家の皆様をお守りしろ!」
バンジョウさんの一声で私兵たちが剣を抜く。
アナライズを見る限り魔法に弱そうだけど、ここに魔法兵はいない。
人間が剣で戦ったら……みんなのステータスだと被害は少なくなさそうだ。
私はレナの正面に立って、肩に手を置いた。
「レナ。多分、そのグレートボアのお父さんかお母さんよ。迎えに来たんだわ」
「このこの……?」
「そう。だから、離してあげよう?」
「……もってかえっちゃ、だめですか……?」
「うん。それはダメ。レナだって、誰かに攫われて、家族と会えなくなったら嫌でしょ?」
「それは……いやです」
「そうよね。だからこの子も、帰してあげないと」
「わかりました」
レナはしゃがみ込んで、幼体を地面に下ろす。
「プギ!」
幼体はレナの脚にスリスリとマーキングするように額をこすりつけると、もう一度鳴いて、成体の方へ走っていった。
「なにしてる二人とも!」
「ルナ! レナ! 離れるわよ!」
お父様とお母様が私たちを抱え上げようとする。
「……いえ。多分、大丈夫です」
私が言うと、丁度そこでグレートボアが立ち止まった。
幼体は駆け寄って、器用に成体の上に昇っていく。
「ぷぎ! またねー」
レナは大きな声で言って、めいっぱいに右手を振った。
(……ぷぎ?)
……まさか、名前……?
「プギィー!」
幼体は大きく鳴いて、レナに返事する。
――レナと幼体は、人間とモンスターの絆的なアレでなんか良い感じだけど……。
大人たちと私は、正直それどころじゃない。
万が一に備えて、右手に魔力の剣を生成する。
(もしも襲ってくるようなら……レナだけは、私が守る……!)
グレートボアと目が合った。
「……フッ」
――鼻で笑われた気がした。
『小娘。そんな小さな魔力剣一本で敵うわけないだろう。だがその勇気と、うちの子に免じて見逃してやる』
……そう言われた気がした。
もちろん妄想だけど。当たらずとも遠からずな気がする。
そこでグレートボアは、それまで咥えていたものを下ろした。
……大小様々な木の実や果物だった。
そのままゆっくりと振り返って、幼体を乗せたグレートボアは去って行く。
しばらく経って危機は去ったと分かり、私兵の皆は安堵のため息とともに剣をしまった。
「……ルナの言うとおりだったな」
お父様がグレートボアの背中を見て言う。
「はい……良かったです」
「あれは何かしら?」
地面に置かれた木の実や果物をさしてお母様が言う。
「……パンのみみの、代価じゃないでしょうか?」
私が言うと、皆がこちらを見た。
「あるいは、子供を返してもらうための……」
「モンスターにそんな思考能力がありますか?」
バンジョウさんが聞き返す。
「分かりませんが……。グレートボアは子供や家族のためなら、予想外の力を発揮する、と言われています。その『力』が知力にも及ぶなら、あるいは……」
「……なるほど。だとしたら、あのグレートボアは突然変異かもしれないな」
そう言って、お父様が果物の一つを拾い上げた。
「バンジョウ。隊を結成して望領の丘を調査してくれ。他にモンスターは入り込んでるか。また、あのグレートボアがどこからやってきたのか」
「はっ!」
「きちんと調べて、危険がないことが分かったら、また会いに来よう。な、レナ?」
お父様の言葉に、レナがパッと笑顔を咲かせる。
「はい!」
レナの笑顔で、周囲の皆も笑顔が伝染していく。
そうして、この日はお開きとなった。
†
その後の調査で、あの親子は領境の森に生息する群れから追い出されたのではないか、と推測された。
他にモンスターの気配はなく、花や生態系を壊すようなこともしない。
分かっているのか居ないのか、たまに入り込む密猟者や不法入領者を追い払うのに一役買ったりすることもあり。
それから一ヶ月後、グレートボア親子は正式にトルスギット家の庇護下に置くこととなった。
プギ(レナが名付けた幼体)と会うことも許され、レナはますます望領の丘に足繁く通うようになったのだった。
†
私の魔力剣については、咄嗟の馬鹿力ということでなんとか事なきを得る。
『魔力神経ができあがるまで二度と魔力を扱わないように』とお父様に強く釘を刺されて。
もちろん、それについてお父様に逆らう気はない。
魔力神経は負荷をかけ過ぎると体に悪影響を及ぼす。最悪、死に至ることもあるという。
穏便に済んだのは良いのだけれど……、
『今からあんな精密に魔力が扱えるなんて、天才児だ』という風潮になってしまった。
……まあ、レナを守れたし、それくらい別にいいんだけどね。
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