12歳-20-
ゼルカ様が落ち着くのを待って、詳しい話を聞いた。
彼女の姉、ギリカはアーレスト家の正妻――ゾラカ様――の子で、学年は一つ上の一年生。
ただしギリカは四月生まれ、ゼルカ様は二月生まれで、ほぼ二歳差だという。
ギリカを産んだ後、妊娠できない体になったゾラカ様は、『夫の血を継ぐ子が女一人で終わってはいけない』と、離婚を申し出たという。
が、国王陛下が『生涯一人を愛する』と宣言して、当時まだ五年程度。
貴族であるアーレスト卿は国王に倣い、離婚を断固拒否。
政治的理由もあるけれど、なにより最愛の相手として添い遂げる、と。
そこで、ゾラカ様は夫に他の女性を工面したという。
それがゾラカ様の侍女、マギ様。
そんな経緯でマギ様とアーレスト卿の間にできた子が、ゼルカ様だった。
ゼルカ様はアーレスト卿の認知を受け、ゾラカ様にとって養女という形でアーレスト家に入る。
ちなみに、ゾラカ様とマギ様は今でも仲良しだそうだ。
けれど内心でゾラカ様は、奪う前提の子を産ませた背徳感を。
そしてマギ様は、本人の意向とはいえ不義の子を産んだ罪悪感を。
「それぞれ、抱き合っていると思います」とゼルカ様は言った。
とはいえ、幼少のギリカとゼルカ様は、とても仲の良い姉妹だった。
ところが二人が成長し、ゼルカ様の出生が明かされたところで、ギリカの態度が一変。
『父親がやったことは、妾に子供を産ませただけ』
『母親がやったことは、その斡旋にすぎない』
という二点が、『国王陛下の決意は偉大』という教育を受けてきたギリカの矜恃を崩した。
また、マギ様が寄子の男爵家の娘であることも、ギリカにとってさらに屈辱だったらしい。
「アーレスト家に寄生する底辺貴族のガキを、妹と呼ばされていたなんて」と。
自分の出生の秘密より、姉のその言葉が一番記憶に残っているという。
それからアーレスト卿もゾラカ様も、ギリカにかかりっきりになった。
しばらく部屋から出てこないギリカを皆が心配して慰めて。
部屋を出てからは、これでもないくらいに甘やかして。
やがてゼルカ様にいくら暴力を振るっても何のおとがめもなく、誰も文句が言えない存在になっていった。
……大人達はただ、ゼルカ様に「我慢してくれ」と言うだけ。
けれど去年一年間、ギリカが学園の準一年生だった時期は平和だった。
暴力は一切なく、父と、育ての母と、生みの母と、平和な一年間だった。
だが今年になって、ゼルカ様も入学し寮に入る。
すると、また屋敷に居た頃と同じ日常が戻ってきた。
そしてギリカは、ゼルカ様に『家畜』の役目ともう一つ、『アーレスト家とトルスギット家とのパイプ役』という役目を課した。
「他の取り巻きに劣るようなら、劣った人数分の指を切り落とす」という脅迫とともに。
不思議に思って、私は尋ねた。「なぜ、感情の矛先がゼルカ様だけに向いてしまっているのか」と。
ゼルカ様曰く、「なんだかんだ、両親を愛しているからかと」。
そしてマギ様は、母からの信頼と、父からの感謝を得ている存在。
だから、ギリカはマギ様にも怒りを向けられない。
だから、ゼルカ様への暴力を全員で見て見ぬ振りをする、という構造ができあがる。
――こんなに怒りがこみ上げてくる話もない。
けれど、ゼルカ様は言う。
「姉上も、決して悪い人ではないんです。お父様も、ゾラお母様も、マギお母様も……。
陛下とは違う考え方ですが、私は尊敬しています。誰が悪いわけでもない。だから、私が我慢すれば……」
「……と、考えていたけれど……、限界が来たわけですね」
「……っ、お恥ずかしい、限りです……」
ゼルカ様は俯いて、拳を握る。
「変な話、毎日叩かれていた頃は、平気だったんです。
でも、一年間なくなって、また再開したら……、あまりにも、辛くて。
なんで、私ばっかり、って。
姉上と居る時は、いつも考えてしまうんです。
なんで、呼吸止められてるんだろう。なんで、こんな熱い思いさせられてるんだろう。なんで、胃の中を戻させられてるんだろう……」
はっ、とゼルカ様が顔を上げる。
そして申し訳なさそうに、また顔を伏せた。
「……申し訳ありません。こんなこと聞かされても、不愉快なだけですよね」
「いいえ。存分に吐き出してください」
考える間もなく、私の口はそう発していた。
「ゼルカ様は、もう充分耐えてきました。もう、いいんです。私には言いたいこと、全部ぶつけていただいて」
私は、そっとゼルカ様の手を握った。
「……ごめんなさい」
言いながら、私も涙が出そうになっちゃう。
「私がお風呂会を言い出してから、つらい思いをしたでしょう。気づかなかったとはいえ、ひどいことをしてごめんなさい。苦しませて、ごめんなさい……」
ゼルカ様はまた、小さく泣き始めた。
「私こそ、卑しい生まれのくせに、身の程を知らないお願いをして、申し訳ございません……」
「ゼルカ様。私の座右の銘は『後悔しない生き方』です。そのための目標の一つが、『欲しいものは全部手に入れる』です」
しゃくり上げるゼルカ様の耳元に、精一杯の真心を込めて。
「もちろんゼルカ様とのご縁も、私の欲しいものですよ」
「ルナリア……様」
なおもさめざめと泣くゼルカ様。
そんな彼女を、強く強く、抱きしめた。
姉が、妹を傷つけた。
その事実に、心が、ざわめく。
久しぶりだ。
――他人にこんなに怒りを覚えたのは。
「必ずお助けします。だってゼルカ様は、この学園でできた最初のお友達ですもの」
また一段泣き声を大きくしたゼルカ様。
その頭と背中を撫でて、包み込む。
――さて。どうしてくれよう。
父親と二人の母親にも腹は立つが、なによりギリカだ。
何が一番腹が立つって、前生の自分に少し似ているところ。
甘やかされて育ったせいで権力を笠に着て、相手を貶め、挙げ句に暴力まで振るい出す。
私は直接暴力を振るったことはないけど。……まあ、大差ではない。
同族嫌悪という言葉の意味を、まさかこんなところで学ぶなんて思わなかった。
ともかく。ゼルカ様の「助けて」に、どう応えるか。
考え始めれば……すぐに心当たりに行き着く。
他人を傷つけて平気な、徹頭徹尾調子に乗った小娘が、どうすれば多少マシになるか?
正解はもう、前生の最後に嫌というほど学ばせてもらったのだから。
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