12歳-19-
それからさらに一ヶ月ほどが経った。
お風呂会も毎週土曜日の15時から定期的に行い、瞬く間に二つの結果が出る。
一つは、仲間内の結束が一気に強まったこと。こちらは私の狙い通り。
そしてもう一つは、『準一年生の女子グループが変』という噂が広まるようになったこと。
貴族が大浴場に入るなんて、これまでなかったからだろう。
――いやまあ、私も前生では考えてもみなかったけどね。
あの四人の思考が柔軟すぎて、こっちが驚いたくらいだし。
今では常連の方々とお風呂で交流するようにもなっていた。
そこは平民も貴族も亜人も先輩も後輩もない、ただ生まれたままの姿の少女達の空間。
あらためて……前生の私は、なんて頭が固かったのか、と気付かされるのだ。
†
お風呂会自体は順調だけど……そのせいで大きな問題が一つ。
ゼルカ様だ。
お風呂会が好評であればあるほど、お風呂会に参加していないゼルカ様と、それ以外の四人の温度感がズレてきている。
多分、他の皆も感じているだろう。
五人の内、一番最初に出会ったゼルカ様だけ距離感が遠のいていくのが、とにかくもどかしい。
――だって、まさかいきなり四対一に分かれるなんて思ってなかったんだもん。
もどかしさはゼルカ様も感じているんだろう。なんとなく、その他の部分で距離感を取り戻そうとしているように見える。
もちろん私もゼルカ様と歩み寄ろうとしているつもりだし、他の皆もゼルカ様をハブろうなんてするはずもない。
だけど……どうしても、そういう構図になることが多い。
恐るべし、裸の付き合い。
もしかしたら、男子にはこの危機感があまり伝わらないかもしれない。けれど女子にとって、コミュニティで浮くのは死活問題なのである。
まして貴族同士なら、なおさら。
というわけで、ある日の放課後。
ゼルカ様と、私の部屋で話をする約束を取り付けた。
「お邪魔いたします」
侍女を連れてやってきたゼルカ様。
――妙に憔悴しているように見えるのは、気のせいだろうか?
「いらっしゃいませ。どうぞおかけください」
ゼルカ様に座っていただき、私も席に着く。
エルザがゼルカ様に、ショコラが私に、それぞれカップとお茶菓子を置いた。
「お風呂会、好評で良かったですね」
「はい。おかげさまで、予想以上です」
「皆様楽しそうで、横で見ているだけで私まで嬉しくなってしまいます」
ゼルカ様がカップを手に取る。
「……そのことについて、ずっと謝りたいと思っていました」
「……謝る?」
「最近、ゼルカ様が所在ない場面が多くなったと感じています。私があんなことを言い出したせいで。……申し訳ございません」
「そんな、お顔を上げてください、ルナリア様」
「もともとは、『時間をかけて浸透すれば良い』と考えていたんです。が……想像以上に、お風呂という場で戯れる時間を渇望されていたようで……」
「皆様のお気持ちは良く分かります。私も、お風呂会を提言なさったとき、心が躍りましたから」
「とはいえ、参加したくない方への配慮が足りなかったのは事実。反省しております」
「…………」
ゼルカ様は返事をせず、カップに口を付ける。
カチャッ、とカップをソーサーに置く音が小さく響いた。
「……舌の根も乾かぬうちに恐縮ですが、本日お呼びしたの他でもありません。ゼルカ様にも、お風呂会に参加して欲しいと思っているのです」
ゼルカ様は動きを止めて私を見る。
「この学園で初めて声をかけていただいたゼルカ様と、もっと仲良くなりたくて……。
もちろん、抵抗感があるのは分かります。ワガママは百も承知です。ですが騙されたと思って、一回だけでも、いかがでしょうか?」
「……ルナリア様は、本当にお優しいお方ですね」
その笑顔は、疲れ切った上に無理矢理したせいで浮いた化粧のようだった。
「頭の先から爪先まで完璧な色と造形。
可愛らしく美しい御尊顔。
私のような木っ端を気にかける寛大な御心。
心も体も強く、つまらない常識をことごとく突き破り続ける信念。……かようなお方の一番の取り巻きになるなんて、私のような卑賤な者には土台、無理な話だったのでしょうね」
「……ゼルカ様……?」
まるで他人事のような言い回しに、ただ戸惑う。
「お風呂会のお誘い、大変にありがたく存じます。ですが、私の体は人様に見せられるようなものではございません」
「……そう、なのですか? 服の上から見る限りは、お美しい印象ですが」
――少なくとも私より女性らしく見えるけど……
「本当だったら、一も二もなくご一緒したかった。一番の取り巻きにならないといけなかった。なのに……」
「取り巻きだなんて仰らないでくださいませ」
私が心の中ですら、使わないよう戒めた言葉。
「ルナリア様。どうか、私のような者は捨て置いてください」
「……その心を聞いてもよろしいですか?」
――何を聞いても、捨て置く気なんて無いけど。
しばらくの間を置いて、ゼルカ様は語り出した。
「私は姉からの命令を受け、保身のためだけにルナリア様に近づきました。
……私はアーレスト家の正子ではありません。妾腹なのです」
ゼルカ様は立ち上がって、おもむろにブレザーのボタンを外し始めた。
「……初めてお会いしたとき、剣を持って亜人を連れるお姿に、内心愕然としました。
こんな常識を知らない女に媚びへつらわなければいけないのか、と」
外し終えると、次にブラウスのボタンも上から外し始めた。
「ですが、みるみる覆っていきました。本当の貴族とは、こういう方のことだと思うようになったのです」
前を完全にはだけると、左手でブレザーとブラウスを開く。
「こんなことお願いする資格などないことは分かっております。ですがどうか、名ばかり貴族な賤女の発言をお許しください」
そして右手でブラウスを捲り上げた。
「うっ!?」
胸下まで露わにしたゼルカ様に、ショコラが思わず呻く。
ショコラの傷とは比べものにならない。壮絶で凄惨な傷跡が至る所に見えた。
爛れ、腫れ、斬られ、痣が浮いている。
人為的に作られたその傷は、明らかに虐待の跡だった。
「……助けて、ください……」
ゼルカ様は滂沱した。
「今週、土曜15時に、呼び出されて……。
その時、ルナリア様を連れて行けなければ、私は……」
それ以上は言葉にならないようで、ゼルカ様は俯く。
私が指示するまでもなく、エルザがゼルカ様のキャミソールを下ろし服の前を閉じさせた。
ゼルカ様は椅子に座ろうとしたけれど、上手く座れず、椅子を倒して地面にへたり込む。
堰を切ったような慟哭が、響き渡った。
ゼルカ様の侍女二人も、寄り添うように彼女を支える。
一人は歯を食いしばって俯いて。一人は無表情で涙を流していた。
――やっと、理解できた。
前生で真っ先に私に近づき、真っ先に私を裏切った彼女は……
そうしなければ、自分がもっと酷い目に遭わせられたのだ。
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