12歳-17-
それから週一回ペースでパーティーを開催していく。
エルザのお菓子は見た目も味も好評で、みなさん毎回新作を楽しみにしてくれてるみたい。
前生と比べて参加人数は少なくなったけど、その分仲の良さが深まって。ギスギスもないし、義務感もない。
私も毎週、みんなとの時間が楽しみで。
みんなも前生よりずっと乗り気で参加してくれている。
最初の失態から、一時はどうなることかと思ったけど……
『取り巻き』ではなく『友達』と呼べるような関係になれたと思う。
――ファンクラブだけは、抵抗感すごいけど……。
まあ皆が良いなら、禁止するほどでもない。
レナが入学したら、私もレナのファンクラブ作ろうかな。
……と、前生に比べれば遙かに良い状況。
けれど、本当の意味で信頼を築けたかというと、まだだと思う。
まだまだ家柄ありきで、利害関係ありきと感じるのだ。
「皆ともっと仲良くなるにはどうすればいいかな」
夜。ベッドの中でショコラに聞いてみた。
「……仲良いだろ?」
ショコラが不思議そうに聞き返してくる。
「でもまだ、ご実家から『ルナリアから離れろ』と言われたら、断らない気がする」
「一ヶ月そこらで親より優先させるなんて無茶だろ」
「そうだけど。そうさせたいのよ」
「ワガママってレベルじゃねーぞ……」
言われて、『確かに』って我ながら思っちゃった。
「本当、その通りね」
「俺とかエルザみたいなのが珍しいんだから」
「まあ理解できた上で、親より優先されることを目指すけど」
ショコラはしばらく私を見て、はぁ、と大きなため息。
「別に止められるなんて驕っちゃいないが……。それで親と疎遠になったりしたら、どうするんだよ」
「そんなことありえないと思うけど……万が一そうなったら、もちろん私が養うわ」
「……それは友達なのか……?」
「? 友達だから、もし困った時は助ける、って話でしょ?」
「あー、うん。そーだな。そういうことにしておこう」
――なに? なんか分かんないけど、ショコラの言い方ムカつく……
ショコラは口角を上げて、
「たらし込みすぎて、背中刺されるなよ」
それはそれは、面白そうに言った。
「……その言い方、やめてってば」
「じゃあ、ハーレム作り」
「それもダメ! そういう言葉禁止! 『仲良く』とか『友達』って言うこと! 命令よ!」
「へぇへぇ、かしこまりましたお嬢様」
「全く……」
ショコラのニヤニヤ顔が、窓から注ぐ月明かりに照らされていた。
――憎たらしいけど、ちょっと可愛いと思っちゃう。
取り繕わない、本当の笑顔だからかな。
「考えてみれば、ショコラと会ったばかりの頃は、憎たらしいとか可愛いとか思うことなかったな」
ショコラの頬を撫でる。
傷跡に指が掛かると、ショコラがくすぐったそうに声を漏らした。
「……俺も、最初の頃に傷跡触られたら、ブチギレてただろうな」
「今は触って欲しそうだもんね」
「ルナならどこでも触って欲しいからな」
なんて屈託無く笑うショコラに、ドキッとしちゃう。
――からかったつもりなのに、カウンターされちゃった。
まだまだ読み合いはショコラに勝てないみたいだ。
今、ゼルカ様達にこんな感情は抱かない。
前生を合算しても、赤の他人からここまで仲良くなったのはショコラが初めて。
ご令嬢の皆さんと仲良くなる上でも、ショコラとの経験は参考にすべきだろう。
「私達、どうやって仲良くなって行ったんだっけ」
「どうやってって。模擬戦だろ?」
「そうよね。……でも、皆さんと模擬戦なんかするわけにいかないし……」
「模擬戦そのものというより、共通の話題じゃないか?」
「共通の話題かあ……」
皆さんと共通の話題……エルザのお菓子とか?
あと、私がガウスト殿下の婚約者候補であることとか。これまでその話題は触れないように避けてきたけど。
「まあ、俺らは半年も続けたんだ。ご令嬢様も半年経てばたらし込……仲良くなれるだろ」
「今ほとんど言っちゃったけど?」
「細かいこと気にするなって。豪快な性格がウリだろ?」
「そんなのウリにした覚えないわよ」
――こんな繊細な乙女捕まえて、失礼な。
でもまあ確かに、半年の積み重ねで距離が縮まったのは間違いない。
だけど……
「……それだけじゃなかった気がする」
「そうだったか?」
「コレ! っていうきっかけがあったような……」
「あれか? お前がアホみたいな数の魔力剣ビュンビュン飛ばしてるの見た時」
「あれで仲良くなれたっけ……?」
まあ、私を見る目は変わった気はするけど。
「そう言われると、仲良く……とは違うか」
「まあ一因だとは思うけどね」
――それ以外に、ショコラとしたことといえば……
「……思い出した! お風呂よお風呂!」
思い出せたことが嬉しくて、思わず体がピョンってしちゃった。
「ん? ……ああ、最初は雨の日だったな。無理矢理命令されて」
「そうそう。一緒に入るようになってから、戦い以外の会話もするようになったんじゃない」
「そうだったな。あの時は、何言ってんだコイツら、って思ったが……」
「ショコラと会う前のレナもそうだった。二人でお風呂に入って、体を洗い合いながら仲良くなっていったのよ」
「……おい、待て」
何かに気付いたようにショコラが私を見た。
「裸の付き合いって大事よね。
寮に大浴場があるってことは、学園もそれを推奨しているってことだし」
――大浴場は平民が使うもの、というのが普通の貴族の認識だけど……
「あのなルナ……」
――『普通』とか『常識』みたいな言葉で私は止められないのだ!
「『お風呂会』、やりましょう!」
静寂。
ホー、ホー、とフクロウの鳴き声だけが微かに聞こえてくる。
「……参加するヤツ居るか……?」
ショコラは『説得しようとしたけど一瞬で諦めました』という顔で弱々しく呟いた。
「もちろん無理強いはしないよ。でも、言ってみる価値はあると思う」
「まあ、変わったヤツ多いから、面白がるかもしれんけど」
「私もそうだし、ショコラも距離縮められるんじゃないかな、って」
あの日以来、ショコラを皆に近づけさせていない。そんな状況も変えたいし。
「俺も入るのか!?」
「って思ってたんだけど……。やっぱり他の人と入るのイヤ?」
「……イヤかイヤじゃないかで言えば、そりゃイヤだよ。亜人は白い目で見られそうだし」
「そっか……。まあ、仕方ないね」
無理強いしない、って言ったばっかりだし。ショコラの言うことも一理ある。
――皆とショコラの仲については、また別の手を考えるとして……
「……違うだろ。一緒に入れ、って命令すれば良い」
小さな声で抗議したショコラは、今ひとつ感情が読み取れない目をしていた。
「……? 他人とお風呂に入りたくないんでしょう? なら無理強いしないよ。権力で従わせるのは嫌い、って知ってるでしょ」
――往々にして例外は多いけど。
「知ってる。で、ルナがご令嬢達と仲良くなるのに、俺が邪魔なのも分かってる」
「邪魔とかじゃないってば」
「いいや。お前がなんと言おうが、事実として俺はお前の邪魔してる。それはいい加減認めろよ」
「私がそうしたい、ってだけで、ショコラが気にしなくても……」
「ルナがしたいことが、俺のしたいことだ」
清々しいまでに言い切る。
――相変わらず、こういうところカッコイイんだから。
「『仕方ない』ってことは、『最善ではない』ってことだろ。
あのご令嬢方を全員、親友かそれ以上にしたいんだろ? なら最善の選択を取れよ。
……俺を、お前の人生の邪魔者にしないでくれ」
――反省する。
仕方ない、なんて言葉を使ったこと。
……そして、反論の余地も無いことを。
「指図して利用しろ。役に立ててくれ。
俺はお前の役に立てる事が、何よりも一番嬉しいんだ」
何も言えず黙ってしまう私。
……すると、段々恥ずかしそうにショコラが視線を逸らした。
そのまま体をくるりと回して、背中を向ける。
――じんわりと、胸の奥が暖かくなって。
(そうか。また私、気づかず傷つけちゃったのか)
「……ありがとう。毎回ごめんね。そんなこと言わせて」
後ろからショコラを抱きしめた。
「目を逸らした瞬間抱き付いてくんな、バカ」
抗議されたけど、抵抗はまったくされなかった。
「でもね、やりたくない事を無理強いしたくない、って気持ちも、本音なのよ」
「分かってる。でも、いいよ。俺の個人的な感情なんて無視して……」
「だから、全部好きになって」
…………
……
「……あん?」
さらに強く体を密着させる。ショコラの体温は高めで、暖かい。
「これから私がショコラに求めること、全部、好きになって。どうしても好きになれないことは、ちゃんと言って。好きになれるよう、一緒に頑張ろう?」
「だから、俺の気持ちなんか無視してくれって……」
「イヤ。ショコラが心から『好き』とか『面白そう』とか『やりたい』って思えないことは、やらせたくない」
「……そういや、そういうヤツだったな」
忘れていた自分になのか、やっぱり私に対してなのか……
ショコラはさっきまでの熱っぽい話し方と打って変わって、どこか疲れたように吐き捨てる。
「取り急ぎ、ハグを好きになろうか」
「いや、前に言っただろ。ハグはあんまり……」
「いきなり矛盾してるけど?」
「こんなことしなくてもお前の人生に影響ないだろ」
「するわよ。私がする、って言ってるんだから」
「そんなの言ったもん勝ちじゃねえか」
「往生際が悪いわね」
ショコラを仰向けにさせる。腕立て伏せの体勢でショコラに覆い被さった。
「私が抱きたいって言ってるのよ? 文句言わず、抱かれなさい。命令ね」
そのまま逃げられないように、ショコラを組み伏せるように抱きしめた。
「……奴隷の意見を柔軟に聞き入れる主で鼻が高いぜ」
皮肉っぽく言うけれど、なんだかんだ、ショコラも私を抱き返してくれた。
「ふふっ、突き飛ばさなくて偉い偉い」
褒めるように頭を撫でる。
「……ああ、それ、めっちゃ気持ちいい」
ショコラの吐息がくすぐったい。
「前も気持ちよさそうにしてたね。頭撫でられるのは好きなの?」
「……前に親父から聞いたことがある。イヌ科の獣人は、主と認めた相手に頭を撫でられると、それしか考えられなくなるって」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、それしか考えられなくしてあげるね」
「躊躇なさ過ぎて怖えんだけど」
「頭撫でるのがセットなら、抱き合うのも好きになれるって事でしょ? ならやるよ」
「……まあ、それなら、許してやるよ」
「わーい」
それから、力加減を探っていく。
どうやらショコラはちょっと激しいくらいがお好みらしい。
熱っぽい吐息とトロンとした目で、そう分析した。
「……悪いな、レナ」
どこか夢見心地な様子のショコラ。
「確かに。レナは今頃寂しい思いしてるのに、なんだか悪い気分になるね」
「まあ、それもあるな」
「も?」
と聞き返したけど、ショコラは答えず。
私の腕の中で、気持ちよさそうに眠りについた。
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