12歳-14-
その後、当たり前だがパーティはご破算。
エルザがご令嬢一人一人にお菓子を包んで帰っていただいたらしい。
それから私とショコラは汚れた服をエルザに脱がされ、バスルームに放り込まれて……今。
(終わった……)
バスタブに浸かりながら、頭を抱える。
二年後に裏切られるとかいう次元じゃない。明日から近寄られなくなったかもしれない……。
シャワーの音が止まった。体を洗っていたショコラがこちらに振り向く。
膝を抱いてショコラの分の場所を空ける。
ショコラがそこに入り、二人で向かい合った。
「で? なんでいきなり蹴っ飛ばしてきたの」
「……同じベッドでモフモフとか、アイツらには信じられないことだろ。だから、あの時は、あれ以上喋らせない方がいいと思って……」
ショコラは視線を逸らして、恥ずかしそうに答えた。
「なんでよ。事実でしょ」
「事実だけど……あの場では、亜人と一緒に寝るとか、言わない方が……」
珍しく歯切れが悪いショコラ。
「まあ、私のためを思って行動してくれたことは疑ってない。だからって回し蹴りはどうかと思うけど」
「……普通に口を塞いでも喋り続けられたんだから、しょうがねえだろ」
「うん。だからそれについては、両成敗ってことにしましょう。はい! 仲直り!」
ぎゅっ、とショコラを抱きしめた。
――とにかく。今回のことで良く分かった。
まずは皆の亜人――ショコラへの抵抗感を、払拭していかなければいけない。
「ともかく、明日学園で皆さんに謝りに行くわよ」
「俺もか?」
「もちろん」
「いや、俺は行かない方がいい」
「そんなわけにいかないって」
「あいつらにとって、亜人が近づく方がよっぽど嫌なことだろ。謝りに行って不愉快にさせたら世話ねえ」
「先に仕掛けた貴女がいない方が不自然よ」
「……分かってんだろう? 俺は、もうお前のそばに居ない方が良いんだよ」
ショコラの顔が見えるまで体を離す。
沈んだ、辛そうな表情だった。初めて見るかもしれない。
「人生に価値をくれたお前を尊敬してる。信奉してるし、崇拝してる。だから、俺の全部をくれてやったんだ。今でもそれは変わらない」
大真面目な顔で、こういうことが言える子である。
――崇拝してるわりには蹴っ飛ばされたけど。
「そんな相手を、貶め続けてる。俺のせいで王太子妃の道も遠のくし、パーティも敬遠された」
「別に、気にしなくて良い。私は……」
「お前のためなら、耳だろうが尻尾だろうが切り落としてやる。だから……そう、命令してくれよ」
私を遮って、ショコラは言い募る。
「昨日はあの男に『今すぐあの亜人の耳と尻尾を切り落とす』と答えるべきだった。
さっきは俺のことを親友とか言ったのは悪手だ。
……お前が、俺のせいで、異常者のような視線を送られるのが、何より、耐えられない……」
直後、ショコラの目尻に光るものが見えた、気がした。
バシャバシャッ、と勢いよくショコラが自分の顔を洗い出す。
――ああ。良かった、ショコラに出会えて。
思わず、にんまりしちゃう。
「……俺を送り返して、別の侍女を呼んでこい」
洗った勢いのまま、目元を両手で押さえながらのショコラが言った。
「イヤ」
「なら、俺の耳と尻尾を切り落とせ」
「絶対イヤ。そんなことしたら、モフモフできなくなっちゃう」
「なら、俺が消える」
「どっちかが死ぬまで、って契約したでしょ。勝手にそんなこと許しません」
再び抱きしめる。
ショコラの心臓の音が、私の心臓に伝わってきた。
「……馬鹿野郎、んな契約、とっとと破棄しろ」
「するわけない」
「なんでだ!」
突き飛ばされる。
立ち上がったショコラは、両目いっぱいに涙を湛えていた。
「王妃になるんだろ! 俺なんか切り捨てろ! こんなチンケな女一人に情を絆すな!」
「……そう言われて、私が頷くと思う?」
「頷けよ、これだから、お前はバカなんだ……」
右腕でゴシゴシと目元を豪快に拭う。
「そんなにしたら目元が腫れちゃうよ。ほら」
私も立って、ショコラの右腕をどかす。人差し指の背中で優しく、涙を拭った。
――あのショコラが、泣くなんて。
ガサツで、自分の力に自信があって、思ったことをスパッと言う、強すぎるくらい強い子だと思っていた。
でも、まだ十一歳の女の子。
初めて来た場で、偏見と害意の視線を浴びせられ。
『耳を削げ』と罵られ。
私が招いた令嬢全員から忌避された。
――思い悩むな、と言う方が無理がある。
「私のために泣いてくれて、ありがとう。それと、ごめんなさい。そんなに思い悩んでると思ってなかった。貴女なら平気だろう、って、甘えてた。本当に、申し訳ない」
「……謝るな。俺が悪いんだ。俺が……。お前と、学園に行ける、って浮かれてた俺が悪いんだよ……」
「そんなの、私だって一緒だよ。ショコラのメイド服可愛い、って、はしゃいでたもん」
ぐずるショコラの頭を抱えて、胸元に抱き寄せる。
「ねえ、ショコラ。昨日言ったでしょう? 『ショコラを連れてきて良かった』って」
「……ああ。覚えてるよ、ハンバーガー食べたかった、とか露骨に気を回しやがって」
「違うの。あれはね、本当に、心の底から本音なんだよ」
「なわけねえだろ。王太子の取り巻きの心証下げたら、婚約に不利になるなんて俺でも分かる」
「うん。私、王太子と結婚なんてしたくないから」
「流石にそのことに気づかないわけ……あぁっ?」
急に間抜けな声になって、私は声を出して笑っちゃった。
「……二人だけの秘密ね。エルザにも、レナにも」
「な……お、お前、……えっ?」
私の胸の中で顔を動かし、目を丸くして見上げてくる。小動物みたい。
「あー、良かった。ショコラに内緒にしてたこと、一つ吐き出せたわ」
――いやもう、本当に。
なんだか胸のつかえが下りるような気がした。
「そう……だったのか……?」
まだ信じられないものを見るようなショコラ。
驚きすぎたせいか、ほっぺをムニムニと遊ばれていることにも気づいてないようだ。
「うん。王宮に行ったらレナと離ればなれになっちゃうし。ショコラも多分連れて行けないし。
そんなところに閉じ込められるなんて、絶対イヤだもん」
――言ってから、『死刑になりたくない』よりもそっちが本心かも、って思った。
嘘から出た誠、じゃないけど。
「……ははっ、そうか」
そこで、ショコラがやっと笑ってくれた。
「確かに、一国の王妃に収まる器じゃねえか」
「器はどうか知らないけど、やりたくないってだけ」
――王妃という栄光を拒む主と、そんな栄光より上があると言う従者。
不敬者な私達は目が合うと、しばらくの間、笑い合った。
それから二人とも再び腰を下ろして、肩までお風呂に浸かる。
「ということで、殿下の方はなんとかするから。他のご令嬢の皆さんとも、まあ良き距離感で少しずつ分かり合えれば良いよ」
「……それは分かったけど、いつまでこのままなんだよ」
私の胸の中でショコラが僅かに頬を膨らませた。
「ショコラってスキンシップは嫌いじゃないくせに、抱き合うのあんまり好きじゃ無いよね。なんで?」
「さあ……。まあ、自由を奪われるのと、距離感の問題じゃね?
あと、ルナのここはレナの特等席、って思ってるからかも」
「ああ……なるほど……」
「……まあでも、今日はあんまり、悪い気しねえよ」
言って、ショコラがぎこちなく私の背中に両手を回す。
そんな彼女の頭を優しく撫でると、気持ちよさそうにショコラは目を細めた。
その様が、なんとも可愛らしい。
……と思ってから、気づく。
――うーん、愛玩用亜人を暗に否定しておいたくせに、少し気持ち、分かっちゃったな……
うん! 愛玩用も頭ごなしに否定するのはやめよう!
亜人側とちゃんと合意が取れてるなら、それも一つの形ではないだろうか。
可愛いは世界を救う、正義なんだから。
†
「仲直りできましたか?」
お風呂から出ると、開口一番、エルザからそう尋ねられた。
私とショコラは目を合わせてから、
「うん!」
「まあな」
とほぼ同時に答えた。
「それは重畳です」
エルザも口元を和らげた。
「エルザ、今日は後始末ありがとうね」
「とんでもございません」
「あと一応言っておくと、ショコラを送り返したりしないから」
「もとよりお嬢様がそんなこと言うとは思っておりません」
エルザは当たり前のように言う。
「それに今日の事でしたら、そう悲観する必要は無いかと」
「そうなの?」
「はい。『お風呂も毎日一緒に入っている』とお教えしたら、皆様興味津々と言った風でした」
「ちょ、バカ!」
ショコラが声を荒げる。
「ご安心を。『私はバスルームも寝室もご一緒しないので本当のところは分かりませんが、多分そのようなご関係ではございません』と否定しておきました」
「最初のくだりがいらねえんだよ! 信憑性無くなるだろ!」
――? 二人は何を言ってるんだろう?
「なに? 『そのようなご関係』って……」
「ややこしくなるから黙ってろ!」
「二人だけ通じてるのズルい!」
「想定してたよりマズい誤解が広まりかねない、って状況だけ理解しときゃ良いよ!」
「どうしたの、顔真っ赤よ?」
「だああああ! コイツらマジでウゼェ! やっぱやめてやるこんな職場!」
「だからダメって言ってるでしょ!」
「お二人とも、近隣のご迷惑になります。お静かに」
エルザが口元に人差し指を立てて見せた。
「誰のせいで……」
ショコラが拳を振るわせる。
結局、なんとなく一人勝ちした雰囲気なエルザの小さな笑い声で、この話は強制的に終わらせられた。
――一体、何だったんだろう……
二人が教えてくれないなら、今度レナにあったときに聞いてみようかな。
『ベッドでモフモフしたり一緒にお風呂に入ったりすると、変な関係になっちゃうらしいけど知ってる?』と。
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