12歳-13-
翌朝。
登園するや否や殿下とダン様は謝りに来て、逆に申し訳ない。こっちはむしろラッキーと思ってるのに。
授業は軽めの座学ばかりで、屋敷に居た頃の方が難易度は高かった。あくびをかみ殺しながら、時間が経つのを待つ。
戦闘の実技まであと三ヶ月もあるなんて、退屈すぎる。
――とはいえまあ、私にとって授業は二の次。なにより優先すべき事がある。
殿下の方は、埋め合わせの話がくるまで『接触しない』の方針で行くとして……、もう一つの重要項目。
取り巻き――もとい女子との友達関係を築くこと。
前生では近づいてくる女子が全員、家柄しか見ない寄生虫のように見えて、気持ち悪いとすら感じていた。
正直に言うと、その感覚は今生でもまだ残っている。
だけど、少し考え方を変えた。
家柄を見て近づいてくるということは、父や先祖が結んでくれた縁である、と。
そんな縁をないがしろにしたから、前生の自分は破滅した、と。
家柄目当ての相手に、家柄を超えた関係を築けないのであれば、それは自分のせいではないか?
家柄にこだわっていたのは、自分の方なのではないか?
そう、考えるようになったのである。
――ということで、パーティよ!
貴族社会で人間関係を築こうと思ったら、基本はパーティだ。
なのでエルザには朝からお菓子作りをしてもらっていた。
寮の敷地にレンタルキッチンが用意されていて、今頃そこで頑張ってくれてるだろう。
レンタルキッチンは本来、貴族が専属のシェフを連れてきた時のためだけど、私は今後もエルザのお菓子作りに使わせてもらう予定だ。
休憩時間に女子全員を招待して回る。
最初にゼルカ様を招待し、満面の笑みで快諾してくれた。
ただ、その次の子から、反応が少し予想外。
前生では私がパーティを開こうものなら、わざわざ招待なんてしなくても参加者がこぞってきたけれど……
今生では、難色を示す子も多い。
公爵の娘といえど、剣を担いでる女なんて近寄りたくないんだろう。
――今生で一番遠ざけたかったガウスト殿下に効果薄く、一番近づきたい女子から避けられたのは、残念すぎる……。
†
その日の放課後。15時を過ぎた頃。
あらかじめ許可を取った寮庭の一角で、今生初の寮内パーティを始める。
集まったのは5名。ゼルカ様を含め侯爵家の子が3名、伯爵家の子が1名、男爵家の子が1名。
「皆様、本日はご参加いただきありがとうございます。これからの四年間を共にする学友との出会いに……乾杯!」
グラスを掲げる。皆も同じように、声をそろえて乾杯。
一通り挨拶をしたあと、裏で準備をしているエルザとショコラの元へ。
「ごめんね、たくさん作ってくれたのに」
十人分以上のお菓子を作ってくれたエルザに謝る。
「いえ。ルナリア様の招待に来ない方が悪いです」
「そんなわけないでしょ、私の人望がないだけよ」
と、そこでショコラが一歩近づいてきた。
「なあ。俺は出て行かない方が良いんじゃないか?」
「? どうして?」
「この国の人間は、亜人が嫌いみたいだからな」
「別に気にしなくて良いよ。もし嫌がらせされたら、すぐ言って。どうにかするから」
「……どうにか、って言ってもよ」
「と、そろそろ戻らないと。今日のところは生菓子を中心にお出しして、日持ちするものはしまっておきましょう」
「分かりました」
「それじゃ準備でき次第、お願いね」
再び会場に戻る。
と、真っ先にゼルカ様が私の方へ来てくれた。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、来ていただいて助かりました。……正直、予想以上にお断りされてしまって、焦っていたので」
「いえ、そんな……」
言葉を濁すようにゼルカ様が苦笑い。
「ごきげん麗しゅうございます、ルナリア様」
と、また別の子が声をかけてくれる。
確か、ヴェローノ侯爵令嬢、エープル様。
「エープル様。急なお誘いにもかかわらず、ご参加ありがとうございます」
「もちろんです。今噂の『白銀の剣花』、ルナリア様からのお誘いを断るはずございませんわ」
「あはは……その渾名ご存じでしたか。恥ずかしいのでやめていただきたいんですけどね」
「そうなのですか? とてもお似合いと思いますのに……」
「ふふっ、そんなに残念そうな顔をされてしまうなら、撤回しましょう」
「えっ? そんな顔していましたか? お恥ずかしい……」
可愛らしく両手で口元を覆うエープル様に、私とゼルカ様はくすくすと笑う。
それからしばし、三人で談笑。
「そういえば、先ほどのお話ですが……」
話の折、ゼルカ様がそう切り出した。
「ルナリア様は、もっと大勢に参加して欲しいとお考えでしょうか?」
「そうですね。自意識過剰だったことに気づいて、恥ずかしいやら情けないやら……」
「いえ、決してそのようなことはございませんわ。皆、内心では参加したかったと思いますよ」
エープル様がフォローしてくれた。
「同感です。原因は、恐らく……」
ゼルカ様がそこまで言ったところで、エルザとショコラがデザートを運んできてくれた。
手押しのカートの上に、お菓子が並んでいる。
私は一歩前に出て、全員を見渡した。
「皆様、お待たせしました。向かって右側の侍女、エルザが手ずから作らせていただいた自慢のお菓子です」
無言でペコリと頭を下げるエルザ。
「侍女が取り分けますので、どうぞお好きにお申し付けくださいませ」
……と言ってから、1分後。
その光景に、愕然とした。
3名ともエルザの方に並びだし、ショコラの方には誰も行かなかったからだ。
「……参加を断ったご令嬢の皆様は、その……あの亜人の、せいかと……」
私の顔を見たゼルカ様が、言いづらそうに話を続ける。
「全く、見る目がございませんわよね」
エープル様も、どこか私を慰めるような声色で。
「あの獣人、傷は少々あるようですが、非常に毛並みも良く顔も整っている。あんなに小さい獣人は珍しいですし、愛玩用としてかなりの高値が付くでしょう。
本当、敬遠する意味が分かりません。トルスギット家を知らないわけでもないでしょうに」
――愛玩用……、高値……
そうか、好意的な人ですら、そういう意見なのか。
「そうだルナリア様! 私も獣人のペットに興味がございまして。よろしければイヌ科かネコ科の獣人を3匹ほど見繕っていただけませんか?」
その言葉に、悪意は全く感じない。
私にすり寄る意図はあるかもだけど、ショコラや私をけなす意図は皆無に聞こえた。
それが余計に悲しくて、寂しい。
――昨日のことが、あったばかりなのに。
私はここでやっと、他人が抱くショコラへの感情との乖離に、本当の意味で気づいたのだ。
「ルナリア様……?」
無言の私に、エープル様が様子を窺ってくる。
――どうしよう。
昨日とは違う。
ダン様は明確に拒絶してきたし、殿下も積極的に受け入れたわけではない。あくまでお父様の立ち回りに助けられただけ。
だが、ここに来てくれた方々は、多かれ少なかれ好意的なはず。
『亜人のペットを連れている』という誤解の元、直接食べ物は受け取りたくない、という程度で。
……それを本当に好意的というかは微妙だけど。
「エープル様」
なんとか言葉を絞り出す。
「他の皆様も、お耳だけ拝借できればと存じます。……エルザ、ゼルカ様とエープル様に何個か見繕って差し上げて」
「かしこまりました」
「ショコラ、こちらに」
所在なさげにしていたショコラは少し驚いたように私を見、ゆっくりこちらに歩いてきた。
「彼女はショコラ・ガーランド。アルトノア皇国の現宰相のご息女です。縁あって、今は私の従者をしてもらっています」
ショコラの後ろに回り、両肩に手を乗せ、皆に見てもらう。
「今は猫をかぶってますが、性格は乱暴で、指導は手厳しく、近接戦のエキスパートです。モフモフな耳や尻尾が心地良く、私も妹もときどき触らせてもらっています」
「……ルナリアお嬢様」
ショコラが抗議するように小声で私を呼ぶ。
――エルザから仕込まれたよそゆきの呼び方が、こんな時なのになんだか可笑しい。
「私の師匠であり、従者であり、姉のようであり、妹のようであり、一番の親友です」
僅かに場がざわつく。
「親友……?」
「亜人が?」
困惑したような呟き。
「皆様の常識からかけ離れている事は察しております。なので、ショコラの近くに居たくないという方は、無理せず立ち去っていただいて構いません」
それはつまり、この場の誰よりもショコラを優先する、という宣言。
ショコラが手を伸ばして、私の口を塞いだ。
「なにを言ってやがる……!」
ドスの効いた小声で睨まれた。初対面の時を思い出す。
――周りに聞こえないようにしてるけど、主人の口を塞ぐ時点であるまじき行為なんだけどね。
ショコラは助けを求めるように、エルザを見た。
が、エルザはまるで何事も起きていないかのように、悠然とお菓子のお皿をゼルカ様とエープル様に渡していた。
ショコラの手をどかす。
「彼女以外にも、トルスギット家にとって亜人は良き隣人で、パートナーです。
たとえば、最近来たギガースは変わり者でして。
戦うよりも学ぶ方が好きなんです。最初は剣の練習相手を期待してましたが、いつの間にか勉強の先生になってました」
そのパルアスにショコラが戦技を教えて、私と模擬戦する……というのが、ここ半年の流れ。
「奴隷の首輪は、迫害から保護するために仕方なく付けているもの、というのが我が家の基本的な考え方です。
もし亜人との縁が必要となれば、喜んでお手伝いさせていただきましょう。仕事のパートナーであったり、なにかの師匠や教師としてであったり、友であったり。
我が家の中では無い出会いも、きっとあることと存じます」
そこでエープル様を見る。
今にも泣きそうな顔で、申し訳なさそうにしていた。
――別に気にしなくていいんですよ。
そう伝えたくて、微笑んで見せる。
単に、文化が違っただけ。
知らないのなら、知っていけば良いだけなんだから。
「最初は触れるのも嫌がられた相手と少しずつ心を通わせ、同じベッドでモフモフさせてもらった時は、えも言われぬ感動でした。
そういう出会いのお手伝いなら、是非当家をご用命くださいませ」
静まりかえる寮庭。
――やっぱり、伝わらないのかな……
彼女らには、私は異常者にしか見えていないのだろうか。
「……同じ、ベッド……?」
誰かの呟きが聞こえるとほぼ同時に、ショコラが脚を上げるのが見えた。
直後、視界が揺れて尻餅をつく。
どうやらショコラが私の側頭部に回し蹴りを放ったらしい。
「このバカ! どうしてお前はそう、毎回誤解を招く言い方しやがるんだ!」
スカートをふわりと翻し、顔を真っ赤にしたショコラが吼えてた。
「いきなりなにするの!」
側頭部を押さえて立ち上がる私。
――ここで皆を説得できるか、割と重要な時なのに!
「言い方考えろって言ってんだよ!」
「口で言えば良いでしょうが!」
「こんな場所で言っちまうバカ相手じゃ脚も出るわ!」
「バカって言う方がバカよ!」
「バカ相手にバカって言えない方がバカだ!」
カッチーン#
――あったまきた。
「バカって言葉が口癖になっちゃったみたいね。主人として調教してあげるわ!」
補助魔法展開。魔力剣を生成し、右手に持つ。
「お前こそ、いい加減言葉を選べるようになれや!」
ショコラも両手を体の前に構えた。
「ルナリア様! ショコラ!」
と、エルザが呼ぶ。
「エンチャントは無し、戦爪も無しでお願いします。あと、埃が舞うので離れてください」
ご令嬢方のツッコミやら悲鳴やらを皮切りに、喧嘩の火蓋が切って落とされた。
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