表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/107

12歳-13-

 翌朝。

 登園するや否や殿下とダン様は謝りに来て、逆に申し訳ない。こっちはむしろラッキーと思ってるのに。


 授業は軽めの座学ばかりで、屋敷に居た頃の方が難易度は高かった。あくびをかみ殺しながら、時間が経つのを待つ。

 戦闘の実技まであと三ヶ月もあるなんて、退屈すぎる。


 ――とはいえまあ、私にとって授業は二の次。なにより優先すべき事がある。


 殿下の方は、埋め合わせの話がくるまで『接触しない』の方針で行くとして……、もう一つの重要項目。


 取り巻き――もとい女子との友達関係を築くこと。


 前生では近づいてくる女子が全員、家柄しか見ない寄生虫のように見えて、気持ち悪いとすら感じていた。

 正直に言うと、その感覚は今生でもまだ残っている。


 だけど、少し考え方を変えた。


 家柄を見て近づいてくるということは、父や先祖が結んでくれた縁である、と。

 そんな縁をないがしろにしたから、前生の自分は破滅した、と。


 家柄目当ての相手に、家柄を超えた関係を築けないのであれば、それは自分のせいではないか?

 家柄にこだわっていたのは、自分の方なのではないか?

 そう、考えるようになったのである。





 ――ということで、パーティよ!

 貴族社会で人間関係を築こうと思ったら、基本はパーティだ。


 なのでエルザには朝からお菓子作りをしてもらっていた。

 寮の敷地にレンタルキッチンが用意されていて、今頃そこで頑張ってくれてるだろう。

 レンタルキッチンは本来、貴族が専属のシェフを連れてきた時のためだけど、私は今後もエルザのお菓子作りに使わせてもらう予定だ。


 休憩時間に女子全員を招待して回る。

 最初にゼルカ様を招待し、満面の笑みで快諾してくれた。


 ただ、その次の子から、反応が少し予想外。

 前生では私がパーティを開こうものなら、わざわざ招待なんてしなくても参加者がこぞってきたけれど……

 今生では、難色を示す子も多い。


 公爵の娘といえど、剣を担いでる女なんて近寄りたくないんだろう。

 ――今生で一番遠ざけたかったガウスト殿下に効果薄く、一番近づきたい女子から避けられたのは、残念すぎる……。



   †



 その日の放課後。15時を過ぎた頃。

 あらかじめ許可を取った寮庭の一角で、今生初の寮内パーティを始める。


 集まったのは5名。ゼルカ様を含め侯爵家の子が3名、伯爵家の子が1名、男爵家の子が1名。


「皆様、本日はご参加いただきありがとうございます。これからの四年間を共にする学友との出会いに……乾杯!」


 グラスを掲げる。皆も同じように、声をそろえて乾杯。


 一通り挨拶をしたあと、裏で準備をしているエルザとショコラの元へ。


「ごめんね、たくさん作ってくれたのに」

 十人分以上のお菓子を作ってくれたエルザに謝る。


「いえ。ルナリア様の招待に来ない方が悪いです」

「そんなわけないでしょ、私の人望がないだけよ」


 と、そこでショコラが一歩近づいてきた。


「なあ。俺は出て行かない方が良いんじゃないか?」

「? どうして?」

「この国の人間は、亜人が嫌いみたいだからな」

「別に気にしなくて良いよ。もし嫌がらせされたら、すぐ言って。どうにかするから」

「……どうにか、って言ってもよ」


「と、そろそろ戻らないと。今日のところは生菓子を中心にお出しして、日持ちするものはしまっておきましょう」

「分かりました」

「それじゃ準備でき次第、お願いね」


 再び会場に戻る。


 と、真っ先にゼルカ様が私の方へ来てくれた。

「本日はお招きいただきありがとうございます」


「こちらこそ、来ていただいて助かりました。……正直、予想以上にお断りされてしまって、焦っていたので」

「いえ、そんな……」

 言葉を濁すようにゼルカ様が苦笑い。


「ごきげん(うるわ)しゅうございます、ルナリア様」

 と、また別の子が声をかけてくれる。

 確か、ヴェローノ侯爵令嬢、エープル様。


「エープル様。急なお誘いにもかかわらず、ご参加ありがとうございます」

「もちろんです。今噂の『白銀の剣花』、ルナリア様からのお誘いを断るはずございませんわ」


「あはは……その渾名ご存じでしたか。恥ずかしいのでやめていただきたいんですけどね」

「そうなのですか? とてもお似合いと思いますのに……」

「ふふっ、そんなに残念そうな顔をされてしまうなら、撤回しましょう」

「えっ? そんな顔していましたか? お恥ずかしい……」


 可愛らしく両手で口元を覆うエープル様に、私とゼルカ様はくすくすと笑う。

 それからしばし、三人で談笑。


「そういえば、先ほどのお話ですが……」

 話の折、ゼルカ様がそう切り出した。

「ルナリア様は、もっと大勢に参加して欲しいとお考えでしょうか?」


「そうですね。自意識過剰だったことに気づいて、恥ずかしいやら情けないやら……」

「いえ、決してそのようなことはございませんわ。皆、内心では参加したかったと思いますよ」

 エープル様がフォローしてくれた。


「同感です。原因は、恐らく……」


 ゼルカ様がそこまで言ったところで、エルザとショコラがデザートを運んできてくれた。

 手押しのカートの上に、お菓子が並んでいる。


 私は一歩前に出て、全員を見渡した。


「皆様、お待たせしました。向かって右側の侍女、エルザが手ずから作らせていただいた自慢のお菓子です」

 無言でペコリと頭を下げるエルザ。

「侍女が取り分けますので、どうぞお好きにお申し付けくださいませ」


 ……と言ってから、1分後。

 その光景に、愕然とした。


 3名ともエルザの方に並びだし、ショコラの方には誰も行かなかったからだ。


「……参加を断ったご令嬢の皆様は、その……あの亜人の、せいかと……」

 私の顔を見たゼルカ様が、言いづらそうに話を続ける。


「全く、見る目がございませんわよね」

 エープル様も、どこか私を慰めるような声色で。

「あの獣人、傷は少々あるようですが、非常に毛並みも良く顔も整っている。あんなに小さい獣人は珍しいですし、愛玩用としてかなりの高値が付くでしょう。

 本当、敬遠する意味が分かりません。トルスギット家を知らないわけでもないでしょうに」


 ――愛玩用……、高値……

 そうか、好意的な人ですら、そういう意見なのか。


「そうだルナリア様! 私も獣人のペットに興味がございまして。よろしければイヌ科かネコ科の獣人を3匹ほど見繕っていただけませんか?」


 その言葉に、悪意は全く感じない。

 私にすり寄る意図はあるかもだけど、ショコラや私をけなす意図は皆無に聞こえた。


 それが余計に悲しくて、寂しい。


 ――昨日のことが、あったばかりなのに。

 私はここでやっと、他人が抱くショコラへの感情との乖離に、本当の意味で気づいたのだ。


「ルナリア様……?」

 無言の私に、エープル様が様子を窺ってくる。


 ――どうしよう。

 昨日とは違う。

 ダン様は明確に拒絶してきたし、殿下も積極的に受け入れたわけではない。あくまでお父様の立ち回りに助けられただけ。


 だが、ここに来てくれた方々は、多かれ少なかれ好意的なはず。


『亜人のペットを連れている』という誤解の元、直接食べ物は受け取りたくない、という程度で。

 ……それを本当に好意的というかは微妙だけど。


「エープル様」

 なんとか言葉を絞り出す。

「他の皆様も、お耳だけ拝借できればと存じます。……エルザ、ゼルカ様とエープル様に何個か見繕って差し上げて」


「かしこまりました」

「ショコラ、こちらに」


 所在なさげにしていたショコラは少し驚いたように私を見、ゆっくりこちらに歩いてきた。


「彼女はショコラ・ガーランド。アルトノア皇国の現宰相のご息女です。縁あって、今は私の従者をしてもらっています」

 ショコラの後ろに回り、両肩に手を乗せ、皆に見てもらう。

「今は猫をかぶってますが、性格は乱暴で、指導は手厳しく、近接戦のエキスパートです。モフモフな耳や尻尾が心地良く、私も妹もときどき触らせてもらっています」


「……ルナリアお嬢様」

 ショコラが抗議するように小声で私を呼ぶ。

 ――エルザから仕込まれたよそゆきの呼び方が、こんな時なのになんだか可笑しい。


「私の師匠であり、従者であり、姉のようであり、妹のようであり、一番の親友です」


 僅かに場がざわつく。


「親友……?」

「亜人が?」

 困惑したような呟き。


「皆様の常識からかけ離れている事は察しております。なので、ショコラの近くに居たくないという方は、無理せず立ち去っていただいて構いません」


 それはつまり、この場の誰よりもショコラを優先する、という宣言。


 ショコラが手を伸ばして、私の口を塞いだ。

「なにを言ってやがる……!」

 ドスの効いた小声で睨まれた。初対面の時を思い出す。


 ――周りに聞こえないようにしてるけど、主人の口を塞ぐ時点であるまじき行為なんだけどね。


 ショコラは助けを求めるように、エルザを見た。

 が、エルザはまるで何事も起きていないかのように、悠然とお菓子のお皿をゼルカ様とエープル様に渡していた。


 ショコラの手をどかす。


「彼女以外にも、トルスギット家にとって亜人は良き隣人で、パートナーです。

 たとえば、最近来たギガースは変わり者でして。

 戦うよりも学ぶ方が好きなんです。最初は剣の練習相手を期待してましたが、いつの間にか勉強の先生になってました」


 そのパルアスにショコラが戦技を教えて、私と模擬戦する……というのが、ここ半年の流れ。


「奴隷の首輪は、迫害から保護するために仕方なく付けているもの、というのが我が家の基本的な考え方です。

 もし亜人との縁が必要となれば、喜んでお手伝いさせていただきましょう。仕事のパートナーであったり、なにかの師匠や教師としてであったり、友であったり。

 我が家の中では無い出会いも、きっとあることと存じます」


 そこでエープル様を見る。

 今にも泣きそうな顔で、申し訳なさそうにしていた。


 ――別に気にしなくていいんですよ。

 そう伝えたくて、微笑んで見せる。

 単に、文化が違っただけ。

 知らないのなら、知っていけば良いだけなんだから。


「最初は触れるのも嫌がられた相手と少しずつ心を通わせ、同じベッドでモフモフさせてもらった時は、えも言われぬ感動でした。

 そういう出会いのお手伝いなら、是非当家をご用命くださいませ」


 静まりかえる寮庭。

 ――やっぱり、伝わらないのかな……

 彼女らには、私は異常者にしか見えていないのだろうか。



「……同じ、ベッド……?」



 誰かの呟きが聞こえるとほぼ同時に、ショコラが脚を上げるのが見えた。

 直後、視界が揺れて尻餅をつく。


 どうやらショコラが私の側頭部に回し蹴りを放ったらしい。


「このバカ! どうしてお前はそう、毎回誤解を招く言い方しやがるんだ!」

 スカートをふわりと翻し、顔を真っ赤にしたショコラが吼えてた。


「いきなりなにするの!」

 側頭部を押さえて立ち上がる私。


 ――ここで皆を説得できるか、割と重要な時なのに!


「言い方考えろって言ってんだよ!」

「口で言えば良いでしょうが!」

「こんな場所で言っちまうバカ相手じゃ脚も出るわ!」

「バカって言う方がバカよ!」

「バカ相手にバカって言えない方がバカだ!」


 カッチーン#

 ――あったまきた。


「バカって言葉が口癖になっちゃったみたいね。主人として調教してあげるわ!」

 補助魔法展開。魔力剣を生成し、右手に持つ。


「お前こそ、いい加減言葉を選べるようになれや!」

 ショコラも両手を体の前に構えた。


「ルナリア様! ショコラ!」

 と、エルザが呼ぶ。

「エンチャントは無し、戦爪も無しでお願いします。あと、埃が舞うので離れてください」


 ご令嬢方のツッコミやら悲鳴やらを皮切りに、喧嘩の火蓋が切って落とされた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

もし「面白い」、「続きを読みたい」などと思っていただけましたら、

↓にある星の評価とブックマークをポチッとしてください。

執筆・更新を続ける力になります。

何卒よろしくお願いいたします。

「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ