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12歳-12-

 16時50分。レストランに到着。


 ――まあ、事ここに至ったのならしょうがない。切り替えよう。

 冷静に考えれば、昨日今日で本当に婚約、なんて話にはならないだろうし。敵情視察と思えばいいのではないか。


 受付で殿下の名前を出すと、二階の個室に案内された。

 奥まった広大な部屋は、間違いなくこのレストランで最高の個室だろう。


 中に入ると、中央のテーブルには殿下とダン様。その後ろには、十人近い使用人や護衛が壁際に並んで立っている。流石王族。学園の外にも使用人を大勢待機させているみたいだ。


「こんばんは」

「今夜はお誘いいただきありがとうございます」

「こちらこそ、来てくれてありがとうございます。どうぞ、おかけくださいませ」

「はい。失礼いたします」

 立ち上がって出迎えてくれた殿下に促され、席に着く。


 エルザとショコラは先方の使用人と同様、私の後ろの壁際に立つ。


「やっとお話できる機会ができて、とても嬉しいです」

 アルカイックに微笑んで、殿下が腰を下ろす。


「私もです。大変光栄でございます」

 座りながら頭を下げる。


 ――婚約者候補筆頭だと言われてから2年。私に言われたのがそうだから、裏ではもっと昔からそういう話になっていただろう。

 なんなら殿下と私が生まれた頃から、陛下とお父様は計画していたとしてもおかしくない。


「……あの、ルナリア様。お食事の前に一つ……」

 立ったままのダン様が、どこか遠慮がちに言った。

「その、亜人はこの場から下げていただけますでしょうか」


 ――ん?

 亜人……ショコラのことか。

 確かに、前生の私が彼の立場だったら同じ事を言うだろう。


「トルスギット家としてのお考えもあるかと存じますが。殿下の前では、ご配慮いただければと」

 ダン様が恭しく頭を下げる。


 ――さて、どうしたものか……


 これは、チャンスだ。

 奴隷を侍らせる女、という方向で殿下の心証が落ちるのなら万々歳。剣を持つ女が受け入れられてしまった今、これを利用しない手はない……


「ルナリア嬢、お気になさらず」

 一瞬の計算を、殿下はサラッと打ち砕いてきた。

「父上を通してですが、トルスギット公から聞き及んでおります。奴隷を連れて学園に行くのは、この国の亜人への偏見を正すため。そのためにルナリア嬢は奇異の目に耐え忍んで通学する、と」


 ――いや、そんな話、私は聞き及んでないんですが……

 まあ、そういうシナリオでお父様が根回しをしておいてくれたんだろう。流石の辣腕。


「それは自分も聞き及んでいます。いますが、耳も削がない亜人を殿下の前に連れてくるのは無礼が過ぎます」


「ダン」

 この話になって初めてダン様を見た殿下は、ひどく冷めた目をしていた。

「亜人への偏見を正したいというのは陛下の意向でもある。それに異を唱えるという事か?」


「あ、い、いえ……、滅相もございません。大変失礼を……」

「であれば、耳を削ぐなど二度と口にするな」

「……申し訳、ありませんでした」

 青い顔をしてダン様が深く頭を下げる。


 ――うーん、殿下、手強いな……


 ダン様の味方をするかどっちつかずだったら、私の目標も達せそうだったのに。

 完全に私の味方になられちゃうと、距離を取るわけにもいかない。


「失敬。そういうことですので、ダンの発言は本当に気にしないでください」

 殿下はダン様相手とは打って変わって、朗らかな顔で私を見る。


「こちらこそ、物議を醸すような真似をして申し訳ありませんでした。

 ただ、殿下。ダン様は殿下を思って発言されたと存じます。あまり、怒らないであげてくださいませ」


 殿下は一瞬、その貼り付けたような笑顔をやめると、またその表情が優しくなる。

「……かしこまりました。その寛大なお心のままに」


 ――いやいや、寛大なのは殿下ですけどね。


 ダン様の考えが普通だ。少なくとも、今のこの国では。

 よく観察すると、後ろの使用人達が小声でなにか話している。

 ショコラ……と私を見、軽蔑するような、怒りのような、気持ち悪がるような。そんな視線。


 当たり前だけど、使用人達はダン様と同じ気持ちなんだろう。


 ――これは、潮時ね。

 殿下との距離の話を置いておいても、このまま居続けない方が良い。

 ――そう、殿下との距離の話を置いておいても! うんうん。


「……このまま楽しくお食事、というのは少々難しそうですね」

 言うと、殿下は気付いたように自分の使用人達を見た。


「本当にお気になさらず……と、言いたいところですが……」

 ゆっくりと私に向き直り、諦めたような殿下。

「……心地良い食事ができる場を整えられず、申し訳ありません。私の落ち度です」



「滅相もございません。私の気が回りませんでした。また後日、埋め合わせは必ず」

 私は席を立つ。


 ダン様が蒼白の顔で私を見た。


「埋め合わせするのはこちらの方です。またお声かけさせてくださいませ」

 殿下も立ち上がった。


「かしこまりました。その時はぜひ」

 と心にもない返事をして、エルザとショコラの元へ。


「……馬鹿野郎、俺が出て行けば済む話だろ」

 ショコラが小声で私に言う。


「お父様が提言して陛下が認めた国策、ということになっちゃったから、そう簡単な話でもないわよ。

 まあ、気にしないで。むしろグッジョブ」


 ――予想とはかなり違ったけど、結果として殿下とちょっと微妙な雰囲気になれたのは大きい。

 ダン様を怒らないで、と言っておいたし、彼と縁を切るようなことはないハズ。万が一そんなことになったら、経緯的にも私と殿下の外堀が急速に埋まってしまう。


「ショコラを連れてきて良かった」

 心の底から、彼女の耳元に囁く。


 それから男子二人に見送られ、レストランを後にする。





「申し訳ありません。亜人を連れていくこと自体が失礼だとは……、考えれば思い至れたはずですのに……」

 寮に向かう道すがら、エルザがそう謝ってきた。


 平民の彼女が知らなくても当然だ。ましてトルスギット家の侍女なら、なおさらだろう。


「私こそ、分かってたはずなのにごめんね。正直、感覚が麻痺してた。ショコラはもう、身近な存在過ぎて」

「いかがしましょう? すぐにでも埋め合わせのご準備すべきでしょうか」

「ううん。殿下の方から声をかける、という話で終わったから。お声がけを待ちましょう」


 言って、ちょっと飛び出た路石をスキップして飛び越す。


「……ルナリア様、気のせいかもしれませんが、もしかして機嫌がよろしいのですか……?」

 エルザが不思議そうな顔で言う。


「分かっちゃう? 実は朝から『今夜はハンバーガー食べたいなあ』って思ってたの。だから、レストランがなしになったのが嬉しくて」

「ハン、バーガー……ですか?」

「知らない? 焼いたミンチ肉をパンで挟んだ食べ物よ」


 前生で取り巻きから見捨てられ、使用人に逃げられ、牢獄に収容されるまでの貧乏生活。そこで知ったファーストフード。

 それまで馬鹿にしてきた平民食だったけど、美味しすぎてポロポロ泣いちゃった思い出がある。


 久しぶりにこれが食べられるのも、準入学の楽しみだったのだ。


「……何度思ったか分かりませんが、本当に、大物でいらっしゃいますね……」

「もしかして、小馬鹿にしてない?」

「いいえ。小馬鹿にしたことなど一度もございません」


「……まあ、いいわ。

 ということでショコラ、今夜は私の食べたい物に付き合ってもらうからね!」

「あ、ああ……」


 ということで、この日の夕食は三人でハンバーガーを食べた。

 懐かしくて、少しだけ目がうるっとしたのは、内緒だ。





 ――私は、気づけなかった。


 殿下と距離を空けることに成功した上、久しぶりのハンバーガーに浮かれた私は、見逃したのだ。


 この日、ショコラの心に付いた大きな傷に。

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