8歳-4-
トルスギットの屋敷から馬車に揺られて、30分ほど。
『望領の丘』に辿り着く。
その名の通り、トルスギット領を一望できる丘陵だ。見晴らしの良い草原は色とりどりの花が咲いている。
そこはトルスギット家の人間だけが入ることを許されている、天然の花園。
「わー♪」
ここが大好きなレナは、馬車を降りるや否や駆け出して行く。
私は花自体は興味ないけど、花に囲まれて笑うレナはあまりに愛らしい。だから私もこの場所が好き。正確には、レナと居るこの場所が。
「あまり遠くに行っちゃダメだぞー」
とレナに言うのはお父様。
「バンジョウさん、付いていっていただけますか?」
と頼むのは、お母様。
「はっ。……レナーラ様ー」
とレナを小走りで追いかけるのは、護衛の一人として付いてきてくれたバンジョウさん。
レナは私に声を掛ける前に、すでにお父様とお母様を誘ってたみたい。
で、私の稽古が後回しになったから、護衛にバンジョウさんも呼び出した、という流れだ。
「私も行きます!」
と、私もレナの後を追おうとする。
「あら。最近はレナより剣優先だったのに、今日は仲良しね」
と、お母様は小さく笑って、そう言った。
「お母様。私、気付いたんです」
真っ直ぐにお母様を見上げる。
「レナはこの世に舞い降りた天使だと。レナは世界一可愛い最高の妹で、私はこの子が世界一大好きだ、って!」
「……そ、そうなの……?」
「私は愚かでした。一瞬でもレナを突き放そうとするなんて。
確かに子供の頃は、自分のやりたいことを優先したくなることもあるでしょう。
それでも! 私は自分が憎い!
レナはあんなに可愛いのに! 私の元に生まれてきてくれた、唯一無二なのに!
突き放されても私に笑いかけてくれるような、心の優しい子なのに!
だから私は誓ったんです。私は二度とレナを裏切らないと!
何があっても、私が守ると!」
ぐっ、と拳を握りしめる。
「そ、そう……。いつの間にかずいぶん難しい言葉を覚えたのね……」
若干びっくりしているお母様。
「まあ、仲良くしてくれる分には嬉しいわ。呼び止めてごめんなさいね、レナと遊んできてちょうだい」
「はい!」
ということで。
それからしばらく、レナと二人、バンジョウさんに見守られながら遊び回っていた。
†
到着してから一時間半。
昼食も終わり、私は地面に敷いたシートの上に座っている。
少し離れたところでレナはパンのみみを小さくちぎり、鳥や小動物に餌付けしていた。お昼のサンドイッチを作るときに余ったものだ。
レナの近くでは専属メイドのフランと、バンジョウさんが見守っている。
私も一緒したかったけど、ちょっとサンドイッチ食べ過ぎちゃって……。
ただ、嬉しそうに餌付けしてるレナを眺めてるのも楽しい。あと可愛い。動物もだけどレナが一番。
お父様とお母様はレナたちと反対側で、執事となにやら話し込んでいた。お仕事関係か、私たちの教育についてだろう。
私の周囲には昼食の後片付けをしてるエルザと、護衛の私兵二人だけ。
そんな形で食休みしていたけど……。
ふと思い出して、そっと懐から紙を取り出す。
一応持ってきていた、創造神様の手紙の三枚目。
未来のレナを救うために。
もらった才能とスキルをちゃんと把握しておかねばならない。
(……アナライズって、結局良く分かんないな)
紙を眺めている中で、ふとそう気付いた。
『特殊スキル』で『対象のステータスを表示できる』そうだけど……、どうやって使うんだろう?
(特に条件とか書かれてないって事は……使おうと思うだけでいいのかな?)
戦技とかもそういう物だと聞く。たまに動作や言葉が発動条件になってるのもあるらしいけど。
ので、とりあえず念じてみることにした。
(『アナライズ』)
ピィン――
小気味良い高音が響いた気がした。でも、耳から聞こえたわけじゃない。不思議な音。
エルザも護衛の私兵達も、その音が聞こえた様子はない。
見慣れない矢印のようなマークがそこかしこに表示された。物の上に現れてるようだ。
視線を動かすと、矢印が順番に点滅する。アナライズをかける対象を選択しているみたい。
試しにシートを押さえてる石を選んでみた。
(『選択』! ……で合ってるのか分かんないけど)
ピコン――
また音がして、空中に文字が表示された。
まるで目の表面に貼り付けられたみたいに。
=============
【石ころ(中)】
・攻撃力 11
・防御力 19
・魔法攻撃力 0
・魔法防御力 2
・重量 15
▽補正
・膂力 E-
・技術 E
■概要
何の変哲もない石。
鈍器にも投擲武器にも半端な大きさだが、翻せば鈍器にも投擲武器にもなり得る。
なにごとも中庸に価値を見出す者はいるだろう。
=============
これが、アナライズ……。
(人間にも使えるのかな?)
表示を閉じるよう念じる。すぐに石ころのステータスが見えなくなった。
再びアナライズを使うよう念じる。
矢印が出たとき、自分、と念じてみた。
またピコンと音がして、文字が表示される。
=============
【ルナリア・ゼー・トルスギット】
・HP 25/25
・MP 979/979
・持久 11
・膂力 7
・技術 36
・魔技 61
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 貴族の服
・装飾1 貴族のブローチ
・装飾2 なし
・物理攻撃力 8
・物理防御力 15
・魔法攻撃力 27
・魔法防御力 36
・魔力神経強度 脆弱
・魔力神経負荷 0%
■概要
人間。トルスギット公爵家の長女。回生者。
創造神の加護によりMP・技術・魔技が上昇。
剣(物理剣、魔力剣問わず)を装備すると、HP・MP以外のステータスが通常より多めに上昇する。
魔法剣の範囲に限り、スキルや魔法の習得に時間を要さない。
鑑定系スキルの最上級であり、唯一概要を閲覧できる『アナライズ』を所持している。
=============
なんか、バランス悪い数値……。
石ころの時にも補正と書いてあった項目があるから、同じ項目の数値が関連するんだろう。
MPや魔技(魔法技術)が高いが、魔力神経が脆弱なのでそもそも使えない。こればっかりは体の成長に期待するしかない。
アナライズ以外の鑑定スキルでは概要を見れないっぽい。
ということは、アナライズを使える人に会ったら私が回生者とバレてしまうわけだ。
――ま、そんなこと言ったって気を付けようも無いんだけど。
二回使ってもMPは1も減ってないし、アナライズはかなりありがたいスキルだ。
他にも色々見てみよう!
まず、レナから。
=============
【レナーラ・ダア・トルスギット】
・HP 16/16
・MP 18/18
・持久 5
・膂力 3
・技術 2
・魔技 9
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 貴族の服
・装飾1 貴族のチョーカー
・装飾2 なし
・物理攻撃力 3
・物理防御力 11
・魔法攻撃力 4
・魔法防御力 13
・魔力神経強度 脆弱
・魔力神経負荷 0%
■概要
人間。トルスギット公爵家の次女。
やや魔法の才覚は見えるものの、普通の子供。将来に期待。
=============
(へえ、魔法の才能があるんだ)
あの優しい性格だと、攻撃魔法より補助や回復魔法が向いてるかな?
次に、その隣のフラン。
=============
【フラン】
・HP 31/31
・MP 17/17
・持久 19
・膂力 12
・技術 13
・魔技 3
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 メイドの服
・装飾1 古びたロケット
・装飾2 なし
・物理攻撃力 10
・物理防御力 6
・魔法攻撃力 5
・魔法防御力 11
・魔力神経強度 普通
・魔力神経負荷 0%
■概要
人間。平民。
戦闘経験のない、ごく普通の少女。
=============
創造神様は『戦いの役に立ててね!』って書いてたから、概要も戦闘以外の情報は書かれないんだろう。
けど……シンプルすぎて面白くはない。
(まあ個人的なことを書かれても覗き見してるみたいだし、いいんだけどさ)
それからも、周りに怪しまれない程度に色々見てみた。
=============
【エルザ】
=============
フランとほとんど同じ内容だった。
平民か貴族かは戦闘に関係する判定みたい。だいたいの国で貴族の男子は戦闘訓練、女子は魔法習得の義務があるからかな?
女子は戦闘魔法を習得するとは限らないけど……そこまで区別してないらしい。
=============
【バンジョウ】
=============
流石に全体的にエルザやフランよりステータスが高い。
剣兵であることは知ってたけど、なんと副隊長とのこと。
槍も扱える、というのも知らなかった。
=============
【キルフェバード】
=============
飛んでた鳥だ。戦闘時はクチバシをちょっと伸ばすらしい。
=============
【フレリアージュ】
=============
レナが好きな花の一種。
加工すると火炎瓶の原料になるみたいだけど、そんなことレナに教えても喜んでくれないだろう。戦闘面以外の情報もくれたら便利なのに……。
=============
【コカルト樹の枝】
=============
落ちてた木の枝。コカルト樹は訓練用の木剣の素材として最も多く使われているらしい。ちなみに私が持ってるのもコカルト樹の木剣だ。
=============
【グレートボア(幼体)】
=============
グレートボアというモンスターの子供。可愛い見た目と裏腹に、突進力と速度はかなりのもの……
「……ん?」
思わず声が出た。
矢印が表示されてる方を良く見ると、確かにこちらに向かってくる小さなイノシシのような姿――グレートボアが見えた。
グレートボアは真っ直ぐにレナに向かって走ってる。
その瞬間、思い出した。
――前生で、報告を受けた記憶がある。
グレートボアにぶつかられて、レナが膝を擦りむいてしまった、と。
その後、私兵たちがそのモンスターを討伐した、と。
こうしちゃいられない!
いくら軽傷でも、レナが傷付くの黙って見てるわけにはいかない。
――とはいっても、私はただの8歳の子供。
幼体とはいえ、モンスターに抵抗できるわけ……
(……なくない)
創造神の紙に書いてある。
『魔力で剣を作って遠距離に放ったりできる』
剣を持ってない私でも、戦う術を持ってるはずなんだ……!
レナに向かって走り出す。
「レナ!」
レナたちは私を見るだけで、不思議そうにしてる。まだグレートボアに気付いていない。
(イメージしろ、私)
魔力の塊を剣の形に生成し、物質化。
それは驚くほどスムーズに、右手の中に現れた。
――けど自分で自分に驚いてる暇なんかない。
「三人とも伏せて!」
魔力の剣を振りかぶる。
私の生成した魔力に気付いたのだろう。バンジョウさんが、レナとフランをかばいながら体勢を低くさせてくれた。
その真上を通すように、魔力の剣を投げる。
――投げた瞬間、なんとなく察した。
(これ、空中でも軌道を操作できる!)
その直感の通り、私はグレートボアとレナの間の地面を狙って、直角に魔力の剣を突き刺した。
直後、魔力剣の腹に頭からぶつかるグレートボア。
「プギュゥ!?」
グレートボアはコテンと横に転がって、目を回した。
「……あれは……」
そこで初めて、バンジョウさんもグレートボアに気付く。
「良かった、間に合って」
三人のもとに駆け寄る。
「バンジョウさん、ありがとうございます」
「滅相もございません。こんな近くまでモンスターに気付けず、申し訳ありません……」
「かなり小さいですから。仕方ありませんよ」
私もアナライズがなかったら、あの距離では絶対気付けなかった。
「か、かわいい!」
と、レナがバンジョウさんを避けて、グレートボアに向かって走り出す。
「レ、レナーラ様! お待ちください、それは小さいですがモンスターの幼体で……」
慌ててバンジョウさんがレナを追う。
が、レナがグレートボアを抱き上げる方が早かった。
6歳のレナが軽々と抱きかかえられるくらい、グレートボアは小さい。だから前生でも軽傷で済んだんだろう。
「レナーラ様、どうかそのモンスターを私に渡してください。ケガでもされてからでは……」
「いや!」
レナがグレートボアを庇うように背中を向ける。
「プ……プギ……?」
と、そこでグレートボアが目を覚ました。
「プギ! プギ!」
なにやら訴えるように暴れているけれど、レナのだっこすら逃れられないみたい。
……近くで見ると、確かに可愛い。
「……どうしたの?」
レナがグレートボアに尋ねる。
「レナの方に走ってたからね。パンのみみが欲しかったんじゃないかな?」
レナの横まで近付いて、そうアドバイス。
私を見た後、レナは手に持ってたパンのみみをグレートボアに差し出した。
「たべる?」
「プギ♪」
勢い良くパンみみを食べるグレートボア。
小さい体に見合わず、一瞬で食べてしまった。
「かわいいっ!」
そう言って目をキラキラさせてるレナの方が100倍可愛い。
二つめのパンみみをあげるレナ。
お父様とお母様、それに私兵のみんなが近づいてくるまで、そのグレートボアは5本のパンみみを食べきった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「面白い」、「続きを読みたい」などと思っていただけましたら、
↓にある星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。