12歳-11-
教室は後ろが高く、前が低い構造になっている。ちょうど、講堂を縮小して左右をカットしたような形。
入り口から奥に向かって段々低くなり、一番前には教壇。
そこまでに二人並んで座れる机が、左、中央、右に並んでいる。
教壇の後ろに大きな黒色文字板――略して『黒板』――が壁に埋め込まれていて。
備え付けの魔力筆記棒――通称『チョーク』――でなぞった部分が文字として浮き出る仕組みになっている。
今、黒板には『自由にお座りください』と大きく書かれていた。
……が、貴族の世界で自由席なんてありえない。座る位置は暗黙の了解で決まっている。
入り口から遠い場所、つまり上座から地位の上の者が座る、と。
今年はガウスト殿下がいるから、一番の上座である最前列は彼一人の独占。
その次の列は公爵家。こちらも今年は私しか居ないから、私一人になる。
その後ろが侯爵家、つまりゼルカ様達。そこから伯爵、子爵、男爵の順番ととなる。
つまり、十席以上を無駄にして座るわけだ。
よく考えるとバカバカしいけど、貴族しかいない準学生達にとっては、ほとんど絶対のルール。
正一年生になると、そんなルール知らない平民達が入ってきて一悶着あるのが、毎年の常らしい。
――私も、二列目に座ろうとするシウラディアに文句を言ったっけ。
今生では逆らって後ろに座ろうかとも思ったけど、悪目立ちするのも面倒だ。
素直に前から二列目の中央に座る。
その後ろにゼルカ様が腰を下ろした。
と、その直後、
「おはようございます」
振り向かなくても分かる、イケメン声。
声の方を向くと案の定、ガウスト殿下が爽やかに微笑んでいた。
「おはようございます、殿下」
すぐさま立ち上がり、カーテシー。ゼルカ様も同様に。
「早速話題になられてますね」
言いながら殿下は前の席に座った。
「……話題?」
殿下が座りきるのを待って、私も腰を下ろす。
「測定の結果ですよ。女性が戦闘で優を取るなんて、学園建立以来初めてのことだそうですから」
「へえ……、そうなんですか」
そう答えると、殿下が面白そうに小さく笑った。
「失礼。そんな些事に踊らされる方ではありませんでしたね」
「ああ、いえ、学園の歴史に名を残すことになったのは、光栄です……」
――意外だなぁ、と思っただけなんだけど。
なんか笑われちゃった。
「男子の間では、早くもファンが生まれだしてるみたいですよ」
「ファン!?」
思わず声が裏返る。
心底面白そうに、殿下はさらに目尻を下げた。
「ドレスを引き裂いて、色とりどりの無数の魔法剣を従え、大剣を自由に振るう姿に、あの場の全員が魅了されたのです。付いた渾名が『白銀の剣花』だそうですよ」
「……殿下、冗談はおよしください。剣を振るう野蛮な女に、そんな渾名いただけると思えません」
「確かにあの場全員、女のくせに、と思っていたでしょう。貴女が戦うまでは」
殿下の目は、笑ってはいるけど、本気だ。
「そんなくだらない常識を、貴女はその剣で一掃されたのです。強くて美しい者に、人は惹かれるもの。……もちろん、僕も」
最後を小声にして、殿下が目を細めて笑う。
――やっばい!
鳥肌立ってきた。
絶望の未来が一気に近づいてきた事に、拒絶反応を起こしたように。
(惹かれちゃまずいんだって!)
一体何を間違えた?
なんで準入学早々、こんな人生の修羅場に放り込まれたの……?
『狂化状態のパルアスと一対一した時の方が、まだマシだったわ!』
……と叫ぶわけにもいかず、私は笑顔を取り繕う。
それからも殿下の話が続いているようだが、もはや自分が何を返したか、よく分からない。
心臓が早鐘を打つ中、昨日紹介があった担任の先生が入室。
あらためて先生の自己紹介があり、各生徒が全員に自己紹介。
自己紹介タイムが終わると、今後の学園生活の流れを説明される。
前生の記憶が確かなら、多分、『環境の変化に配慮して一ヶ月間の授業は午前中のみ』『三ヶ月間は戦闘実技なし』といったことが言われたんだろう。
多分というのは、1ミリも聞いてなかったからである。
それから筆記の答案が返ってきても上の空だった。
――そんなことより、とにかくこの状況を打破することを考えないといけない。
なんとしても、婚約の話を進めさせないようにしなければ。
このままだと、待っているのは破滅、死刑、そして、前生ではそれを見る前に死んじゃったけど、恐らくトルスギット家の没落。
あの戦いを乗り越え、元気に生きる私のレナに、雑草と泥水の食事をさせるわけにはいかない!
――考えろ私。死ぬ気で、命だろうがなんだろうが全部投げ打つ覚悟で……!
とにかく、距離だ! 物理的にも精神的に距離を置くのである。
だが不敬になってはいけない。私から婚約を拒否した、と捉えられてもいけない。
そんなことになったら『王太子を蔑ろにしたから死刑』は免れないし、最悪『家ごと取り潰し』となる可能性も否定できない。
殿下本人はしなくても、周りの人間がするかもしれない。
――って、今までと何も結論変わらないじゃんか! この馬鹿!
生まれ変わっても悪い自分の頭が、恨めしい限りよ……。
†
あっという間に一日目が終わる。
休憩時間のたびに前生で取り巻きだった子達から挨拶があり、ほぼ全員と再会(相手からしたら初対面だけど)した。
他にも色々あった気はするけど、この日の結論はただ一つ。
――とにかく、殿下と距離を置こう。それしか思いつかないし、シンプルにそれが一番とも思うし。
という、新鮮味の欠片もないものだった。
『剣を握る女でいれば嫌われるだろ』と楽観視していた昔の私をぶん殴ってやりたい。
国王陛下はともかく、ガウスト殿下もここまで柔軟だと想像してなかった。
とはいえ、勝算もある。
前生では殿下に関わってばかりで、取り巻きの子達をぞんざいに扱ってしまった。だから、その逆を心がければ良い。
――ということで、早速今日から行動よ!
ゼルカ様や他の子達を誘って、今から交友を深めるのだ!
後ろを振り向き、ゼルカ様に声をかけ……
「それではまた後ほど、今夜を楽しみにしております」
ようとしたところで、横から殿下が声をかけてきた。
軽く礼をして、ダン様と教室を出て行く。
――後ほど……?
殿下、何言ってるのかしら。
「ルナリア様、おめでとうございます!」
ゼルカ様がウキウキと、少し興奮した様子で言ってきた。
「……おめでとう?」
なぜか、彼女の話はちゃんと聞かなければいけない気がした。
「二人きりでないとはいえ、早速殿下とプライベートでお食事だなんて。……もしかしたら、ご婚約の発表も近いかもしれませんね」
まだ気が早いですかね、と続けてゼルカ様が笑う。
そこでエルザとショコラが私の横にやってきた。エルザが私のカバンを持つ。
「先ほど殿下の使いから、レストランまでの地図を預かりました。17時予約とのことですので、ショコラと訓練など、用事がある場合はそれまでにお済ましくださいませ」
とエルザが言ってくる。
(……はぁっ!?)
「……はぁっ!?」
脳と口が直リンクした。
「……どうかなさいましたか?」
ゼルカ様が不思議そうに小首をかしげる。
「あ、いや……」
慌てて取り繕う。
「はぁっ、……すみません、ちょっと、動悸が……」
全然取り繕えなかった。
――心臓、死ぬほど痛い……
泣きそう、いろんな意味で。
「だ、大丈夫ですかルナリア様?」
エルザが私の顔をのぞき込む。
「は、はい。少し、時間をおけば……」
深呼吸。二回。三回。
――うん、これでちょっとはマシに……
……ならないけど、なったことにする。
「……失礼しました。……えっと、私と殿下が、プライベートで食事?」
ゼルカ様の方を見はしたけど、焦点は未だに合わない。
「今朝、先生がいらっしゃる前に、そうお話になっておられましたが……」
「そ、そうでしたか……」
あれか。「人は惹かれるもの。……もちろん、僕も」とかほざかれて、脳みそぐちゃぐちゃにされた後か。
――ああ、今からでもまた回生したいなぁ……
「お加減が優れないようなら、救護室にお送りしましょうか?」
心配そうにゼルカ様が覗き込んでくる。
「……いえ、大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
そう答えても、ゼルカ様は心配そうな表情を変えない。
よっぽど私の顔色が悪く見えるのだろうか。……無理もないけど。
(どうしてこうなった……)
やっぱり、破滅する運命なのか。
可哀想、私。
出会ってからまだ2日だというのに、今のところ最悪のルート。
――殿下に近づきたかった前生では、一緒に食事なんて1年以上かかったのに。近づきたくない今生では2日って、どういうことよ……。
このままだと、ストレスでさらに色素が薄くなるかもしれない。今の状態で薄くなると、透明になるしかなさそう。
――誰にも見えなくなるのも、それはそれでアリね。
なんて暗い妄想に一人、乾いた笑いがこぼれた。
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