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12歳-9-

 起き上がる。

 光が収まって、視界が開けてきた。


 離れた芝生の上で、大の字に倒れているドーズ先生が見える。


 ――……どうなったの……?


 ギルネリット先生に視線を移すと、右手――ドーズ先生の水晶玉は完全に砕けていた。左手の水晶玉は無傷。


「……ギル。結果を」

 むくりと上体を起こすドーズ先生。


「あ……。えっと、ルナリアさん、文句なしで優です」

 ギルネリット先生がまだ呆然としながら、そう告げた。


「ありがとうございます。……ドーズ先生、大丈夫ですか?」

 彼に歩み寄る。


「形代があるんだから問題ない」

「そうじゃなくて」

「?」

「生徒にあんな戦技使って、クビになりません?」

「……お前が訴えなければ、多分な」


 私はくすくすと、ドーズ先生は口元だけで、同時に笑い合う。


「……って! ルナリアさんが訴えなくても私が訴えますよ! なに考えてるんですか! アミュレットまで外して……」

 このジョーク、ギルネリット先生はお気に召さなかったようだ。


 言われて思い出したか、ドーズ先生はポケットからアミュレットを取り出して首にかける。


「とっても楽しい戦いでした。ありがとうございました!」

 二人の先生に頭を下げる。

 本心だし、ギルネリット先生を落ち着かせる作戦でもある。


「魔法剣にしてはゴリ押しの荒削りも良いところ。だが、これからも才能に溺れず、才能を利用して研鑽するといい」

 ドーズ先生は他の生徒の測定後と変わらぬ落ち着きで、ゆっくり立ち上がった。


「はい。……ありがとうございます」

 ――女の私に『研鑽するといい』か。

 モテない、って言ったのはちょっと撤回してあげてもいいかも。本当にちょっとだけね。


「ギル、呆けてないで次の準備だ。……七番目! ガウスト・エル・オルトゥーラ!」


 ドーズ先生がそう叫んだので、私は一礼してその場を去った。


 ――もう切り替えてる。すごいなあ、ドーズ先生。


 私はまだ、戦いの興奮で体の芯が(あつ)々(あつ)なのに。

 ベンチに戻る途中で鞘を拾い、ガンガルフォンを納める。


 そこで正面から来る殿下と目が合った。


「お疲れ様、すごい戦いでした」

「ありがとうございます。殿下も頑張ってくださいませ」

「あんなの見せられた後じゃ、恥ずかしい限りですけどね……」

「恥ずかしい事なんてございません。私は、ちょっと天才なので。比べられない方がよろしいです」


 殿下は一瞬びっくりして。

 すぐに笑った。


「あはは、そうですね。自分ができる精一杯を尽くしてきます」

「ええ。それが一番大事です」


 そのまま殿下とすれ違って、ピロティの下に戻る。





 それから男子達はピタッと私の悪口や陰口を言わなくなった。

 ……とはいえ、声をかけてくるわけでもないけど。


 殿下の測定が終わり、次のダン様の測定も終わる。

 結果は殿下が良、ダン様が優。


 私と殿下は戻ってきたダン様を称えて迎える。

 けれど、

「ドーズ先生は、加点して良いか見極めているように感じました。いい攻撃ならわざと受けて、そうでないなら防御、と。

 けれどルナリア様との戦いでは、明らかにそうではなかった。そのように褒めていただく事ではありません」

 と、どこか空虚な笑顔で答えていた。


 ――うーん、男の人って、どうして強さとか勝ち負けとか重く捉えるんだろう。

 テンディエットさんもそうだった。


 まあ、殿下は切り替えてる気もするし、『男の人』というより『戦いに生きる男の人』なのかな。

 男子は鍛えれば私より強くなるのがほぼ確定してるんだから、そんなに焦らなくて良いのに。


 私が男だったら、『意中の女性を取られてしまうかもしれない』みたいなライバル心が出るのは分かる。

 けど、私女だし。


 レナくらい可愛いくて美しくて天使で心も強い最高の子だったら、女の子に恋する女の子も現れるかもしれないけど……。


(私にそんな魅力、ないしなあ)



   †



 すべての測定を終え、この日は現地で解散となった。


 男子寮と女子寮は反対にあるため、殿下やダン様と別れ。

 案内板に従って――というフリをしながら――女子寮に向かう。


 寮は貴族棟と平民棟に分かれており、私達の部屋は貴族棟にある。


「「お帰りなさいませ、ルナリア様」」

 女子寮の前で待っていたイズファンさんとテンディエットさんが同時に頭を下げた。


「あ、ごめんなさい。運び込んだらすぐ帰って良いですよ、って言っておけば良かったですね」

 今から帰ったら、屋敷に着くのは確実に夜になっちゃうだろう。


「いえ。ルナリア様と別れの挨拶がないのは……特に、テンディエットは承服しないでしょうから」

「はい」

 師匠の言葉に頷くテンディエットさん。


「わざわざありがとう。帰り道、お気を付けくださいね」


「お気遣いありがとうございます」

 もう一度頭を下げるテンディエットさん。

「いずれまた」


「はい。多分長期休暇の頃になると思いますが、また」


 執事二人と別れの挨拶を交わす。

 そのまま馬車に乗り込む二人の背中を見送って、私達も寮の敷地に入っていった。





 寮の管理人から鍵を受け取り、三階の自室へ。

 荷物や着替えもすでに運び込まれていた。


 ――前生で約二年を過ごした、私の部屋。

 傷を付けてしまった場所とか、リフォームした箇所とか、一気に記憶が呼び起こされる。


(……懐かしい)


 寝室も同様。屋敷の寝室よりは狭いけど、充分すぎる広さだ。

 ベッドの上には学園の制服があった。予備を含めて三着。入学前に採寸したデータを学園に送ると、こうして用意してもらえる。


 女子の制服は白のブラウスに赤のブレザーとプリーツスカート。ちなみに男子は黒の詰め襟。


 この制服もまた、色々なことを思い出す。


 ……さっきからどれもこれも、辛い記憶の方が多いけど。

 ――今生では、幸せな記憶で埋め尽くせるようになれば良いな。


 制服を一旦どかして、ベッドの硬い感触を確かめる。

(そうだ。硬くて寝づらかったから、わざわざ買い換えたんだっけ)

 でも寝転がってみると、全然硬いと感じない。

 牢獄の毛布とも言えないボロ布に比べれば、天国みたいに柔らかい。


 何度か寝返りしてみた。

(なんだ、全然気持ちいいじゃん)

 ――今生はこのまま使ってみよう、っと。





 ……とか考えてたら、いつの間にかうたた寝しちゃった。

 移動と準入学測定の疲れがきたのかも。


 30分ほど寝ちゃってたらしく、その間にエルザとショコラが荷解きを終えてくれていた。有能な臣下に恵まれ何よりだ。


 それから寮内を把握するために探検……という名目で二人に見てもらう。


 そんなこんなしてると、日も落ちてきて夕食の頃合いに。

 学園では朝食と夕食、また休日の昼食は基本的に外食だ。平日のお昼は学食。

 寮のすぐ近くには、多数の飲食店が並ぶ通称「フード街」がある。

 平民向けのリーズナブルなお店から、貴族向けのレストランまで、様々なお店が軒を連ねていた。


「お、美味そう。これにしようぜ。肉食いてえ肉」

 ショコラが露店の串焼きの前で止まった。お肉や野菜がたくさん刺さった、大きな串焼きだ。


「ルナリア様、侍女としてあらゆる観点からショコラ叱ってもよろしいでしょうか?」

「なんだよその怖すぎる許可取り……」


「ふふっ。それじゃ、これを食べながらにしましょうか」

「かしこまりました。ご希望などはこざいますか?」

「ショコラにはお肉多めで。三本くらい食べる?」

「いや、怒られんならこれじゃなくてもいいけど……」


「ルナリア様が決められたことです。ショコラは三本で良いんですね?」

「……はい。三本は食べたいっす……」

「私のはお肉と野菜バランス良く一本で」


「かしこまりました。では行って参ります」

 スタスタとエルザが串焼きを買いに行く。


 戻って来たエルザと寮の部屋に戻り、夕食を始めた。


「まず、侍女に食事の決定権などありません。

 ルナリア様のご希望をまず伺うべきです。

 そして、公爵の娘はこんな衛生面の怪しい食事はまずしません」


「……あれ? 私も暗に怒られてる……?」


「ルナリア様には怒ってはおりません。わんぱくなところも大変ルナリア様の魅力と存じます」

「あ、うん、ありがとう……」

 ――で返事合ってるか、若干自信ない。


「ただ侍女としては、そういった面にも気を配るべきです。覚えておきなさいショコラ」

「……へーい」


 それからみんで食べた串焼きは美味しかった!


 両手で上品に一口齧ったエルザも、「……大変美味しゅうございます」と頬を緩めていた。





 食事を済ませた後は、お風呂へ。

 貴族棟の部屋には、それぞれバスルームが用意されている。


 寮には大浴場もあるけれど、相変わらずショコラは私とレナ以外の人とお風呂に入りくないということで、二人で個室のお風呂に入った。


 お風呂の後は、エルザだけ使用人の部屋へ。

 私の部屋の向かいで、ベッドと小さなクローゼット、それと最低限の家具しか用意されていない。ほぼ寝るためだけの部屋。


 ショコラは屋敷に居た時と同様、私と同じベッドで一緒に眠る。


「……なんか、申し訳なくなってくるな……」

 ショコラが呟く。


「私はルナリア様の使用人。貴族基訓に反してしまう以上、仕方ありません」

「使用人はダメで奴隷はOK、って変じゃね。いまさらだけど」

「OKというより、奴隷が同衾することが常識の埒外すぎるだけでしょう」


「そうね。埒外のまま、都合良く利用させてもらいましょう」

「ルナリア様に可愛がられるのもショコラの仕事の一つです。どうぞ気兼ねなく。……二人の仲が良いと、私も嬉しいですから」


「ありがとう。任せて。そう言ってくれたエルザのためにも、ベッドの中でショコラをたくさん可愛がるから」

「……どういう理屈だよ」


 こうして、学園初日――三年ぶりにレナが居ない夜は、ショコラと二人で過ぎていった。



   †



 余談だけど。

 ドレスにスリットを入れるのは思いのほか動きやすかったので、裂け目は直さず、ほつれないよう補強してもらうだけにした。

 この日以降、お気に入りの一つとしてちょくちょく着ている。


「嫁入り前の娘がふとももを出すのはいかがかと……」という意見というか抗議がエルザからあったけど。

 上目遣いと猫なで声のおねだりでゴリ押して、静かになってもらった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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