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12歳-6-

「ルナリア嬢」

「きゃっ!」

 急に声をかけられて、思わず悲鳴が出てしまった。


 目を開けると男子が二人、目の前に立っている。


「すみません、驚かせてしまって」

「い、いえ、こちらこそ……」

 お互い頭を下げ合う。


 一人はプラチナブロンドの髪に、王族の象徴でもある白い詰め襟の少年。

 もう一人はダークブラウンの短髪に、騎士団の正装である背広の少年。


 ――二人とも、もちろん知っている。


 前者は、前生で聖女と結婚し私を死刑に仕向けた、今生最大の敵ガウスト・エル・オルトゥーラ王太子殿下。

 後者はその付き人であり友人でもある、現騎士団長の長男、ダン・スビウォ・モロー……様を付けておいてあげましょう。


「こうしてお会いするのは初めてですね。私はガウスト・エル・オルトゥーラ。こっちは友人の……」

「ダン・スビウォ・モローと申します。お初にお目にかかります」

 右手を左胸に手を当てて礼するダン様。


「……初めまして。ルナリア・ゼー・トルスギットです。こちらからご挨拶にうかがえず、誠に失礼いたしました」


 スカートの両端を持ち上げ、カーテシーで返礼。


(まさか、今日会うことになるなんて……)

 前生では明日、初めての教室が初対面だった。


 とはいえ、ガウスト殿下が戦闘の実技を取っていたことは知っていたはず……

 知らず知らずのうちに、自分のことで頭がいっぱいになってしまっていたみたいだ。


 ――仇敵との再会の日を、見誤るだなんて……!


「我々は今来たところですし、そもそも学園内ではただの同級生。そうかしこまらないでください」

 私の内心も知らず、ガウスト殿下は朗らかに笑った。


 ……ガウスト・エル・オルトゥーラ。

 眉目秀麗、長身細躯、品行方正、文武両道。

 立場を笠に着ず、誰にも優しく、それでいて厳しい時は臣下であろうと容赦ない。

 王太子でありながら剣の腕も一流。

 柔和で整った容姿は、国中の少女の憧れで。

 隣のダン様だって充分カッコイイのに、彼が霞むほど別格だ。


 前生で嫌々だった政略結婚にもかかわらず、思わずその気になってしまうくらいで。

 だからこそ、女性の胸の大きさにやんごとないこだわりをお持ちと気付いた時は、ひどく幻滅した。


 ――いやまあ、流石に今なら「まあ、男の子だしね」で許してあげられるけどさ。

 女の私ですら、エルザの胸に顔を(うず)めるの気持ちいいし。


「こんな場所に一人で立っているのは、彼らのせいですか?」

 ガウスト殿下は視線だけで背後の男子達を示す。


「皆様をびっくりさせてしまいましたので、お邪魔にならないよう努めているまでです。こんな小さな女が来たら、驚いて当然ですから」

 にっこりと社交スマイル。


「びっくりしすぎたせいか、あまりの口さがなさに辟易していたところです」

 王太子は笑顔を苦笑に変えて言う。


 きっと他の男子から「頭のおかしい女が居ますよ」とでも言われたんだろう。


「女性を立たせて平気な顔とは、嘆かわしい限りです」

 ダン様は殿下より嫌悪感を露わに吐き捨てる。


 ――レディファーストは、あくまで社交界のもの。

 測定とはいえ戦場でそれを求めるのは、少し酷だと思うけど。


「無知とは罪ですね。この中で貴女より強い者など居ないというのに」

 パルアスを倒したことは、王宮内だけの秘密。

 王太子も騎士団長も王宮内の人物だから、二人とも話は聞いているんだろう。


「世間から外れる私が悪いとも言えます。どうかご学友の皆さんを責めないでくださいませ。お喋りのネタにしていただく分には嬉しいですから」


 流石に男子達が可哀想になって、ついつい擁護しちゃう。

 ――そもそも無知なんじゃなくて、情報隠されてるだけだし。


 この二人だって、私がギガースを倒したという話が伝わってなければどうだったか。

 ……なんて、もちろん口には出さないけど。


 ガウスト殿下はしばし目を丸くされた後……穏やかに微笑んだ。


「なんと器の大きい。感服の至りでございます」

「過ぎたお言葉、ありがとう存じます」

 再び、カーテシーで頭を下げる。


 ――あー、こういう貴族貴族した会話、懐かしいけど、やっぱり面倒だわ。

 早く終わんないかな、この苦痛な時間……


 前生だったら、殿下に気に入られるチャンスだと思っただろうけど。

 今となっては、むしろ憎しみが増してくるだけだ。

 ――今生の殿下はまだ何も悪くないから、申し訳ないけどさ。





「みなさん、そろそろ開始のお時間です」

 女の先生が全体に声をかけた。まるで救いの天使の言葉のように。

「到着順に模擬戦を行いますので、お着替えいただき、ベンチで待機ください」


(……ん?)


「それではルナリア嬢、また後ほど」

「失礼いたします」

 と、殿下とダン様は使用人を連れて、どこかへ去って行った。


 一人取り残された私。


 ――着替え……?

 そんなのここに持ってきた覚えはない。

 荷物は全部、イズファンさんとテンディエットさんが寮に運んでくれているはずだ。


 自分の服をあらためて見下ろす。

 ……動きやすさ意識したとはいえ、貴族のドレスである。

 冷静に考えれば、確かにこのまま模擬戦するのは不自然だ。

 他の男子生徒達も続々と、使用人を連れてどこかへ去って行く。


 エルザとショコラもそれに気付いたか、私の方に歩いてきた。


「着替えをせよ、とのことでしたが、なにも持ってきておりません……」

 珍しくエルザが眉根を寄せる。


「私も聞いてなかったわ。でも確かに、ちょっと考えれば分かるわよね……」

「申し訳ございません、考えが至らず」

「謝らないでよ。私も同罪なんだから」

「いえ、ここは主としてお叱りいただくべきかと……。ルナリア様に恥をかかせないよう立ち回るのが、侍女の役目なのですから」

「ふふっ、叱るべき、って叱られちゃった」

「そういうところあるよなエルザ」


 ショコラも面白そうに笑う。


「二人とも笑ってる場合ですか……」

 ジト目で見られる。エルザのジト目、似合うし可愛い。


「んなこと言ったって、無いモンは無いんだからしゃあねーだろ」

「そうね。幸い、腕周りは動かしやすいドレスだし」


 試しにぐるぐる腕を回してみる。

 ――うん、肩から先に関してはいつものチュニックよりも動かしやすい。なにもないんだから当然だけど。


「その恰好のまま戦うおつもりですか? 流石にいかがかと……」

「だからって裸で戦うわけにもいかないでしょ」

「学園側に代わりの服を用意できないか交渉してみましょう」

「いいよ。着替えるのも面倒だし、時間もない」

「……面倒……」

「それに、ドレスで戦うって、なんかちょっとワクワクしてきたから」


 ――リンとロウでも、そんなシーンあったし!


「腕周りは問題ないだろうが、脚周り邪魔じゃね?」

 ショコラの指摘。

 戦いの師匠が言うんだから間違いない。


「そうね。裂いちゃお」

 左側の裾を両手で掴む。


「ちょ、待っ……」


 ビリビリッ!


 エルザの声は、ドレスを引き裂く音で掻き消えた。


 太ももの中程まで裂け目が入る。

 足踏みをしたり、脚を広げてみたり。


「うん、良い感じ」

 左脚も右脚もさっきよりずっと動かしやすい。


「なんと……」

 エルザが裂かれた跡を見て呟く。


「大丈夫よ。後で自分で縫っておくから」

「そういう問題ではなく、はしたない、という話です。あとルナリア様に縫わせるわけには参りません。後で私が縫います」


「何年侍女やってんだよ。こういうヤツだって分かってるだろ」

「頭で分かってても、どうしようもない事はあるんですよ……」


 そこでエルザが立ちくらみでもしたかのように、ふらふらと側頭部を押さえ出した。


「大丈夫? 具合悪い?」

「……ただの職業病です。ご心配なく」

「大変なお仕事なのね、侍女って」

「普通の侍女なら、こんなに大変じゃないんですがね……」


 ――……お給金、もう少し増やしてあげた方がいいかな?





 ちなみに、中庭で模擬戦の準備をしていた二人の先生に尋ねると、男子の準入学案内資料には着替えを持参するよう書いてあるらしい。

 着替えが要るのは戦闘の実技だけだから、女子宛の資料には書いてなかったのではないか、とのこと。


 貴族相手だからと、一人ずつ個別に製作された弊害が出てしまったようだ。


 一人だけ後日測定するか、と提案してくれた。けれど、自分だけ特別扱いは学園の方針に反する。

 それに、こんなふうにリンとロウのシーンを再現できる機会、滅多にない。


 ということで、

「このまま参加します」

 と返事すると、女の先生はエルザと似たような表情になった。


「別に構わん。服装に規定は無い」

 落ち着いた様子の男の先生。

「ただし、動きにくい服だから本気が出せない、という言い訳は無しだぞ」


「はい、もちろんです!」


 男の先生はどこか可笑しそうに、女の先生はポカンと目と口を開いて、私のことを見ていた。

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― 新着の感想 ―
不敬にならないギリギリで距離取ろうとするかと思えば割と普通に対応してるな
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