11歳-エピローグ2-
テンディエットさんが屋敷に戻ってから、さらに数日後。
お父様から、あのギガースが釈放される、と聞いた。
首輪の破片から、無理矢理狂化状態にさせられたことが証明されたそうだ。馬車以外に被害を出さなかったのも釈放の理由であるらしい。
すぐに「自分の奴隷にしたい」とお願いすると、お父様は――説得を諦めたようにため息をついてから――王都に打診の手紙を書いてくれた。
その後二週間ほどして、あの時戦ったギガース……パルアスが我が家に訪れる。
今はまだ彼が入れる部屋がないので、庭で話をすることに。
エルザやショコラ、それにレナも、遠巻きに私達の様子を伺っていた。
彼は私の前まで来ると、片膝をついて頭を下げる。……それでもまだまだ彼の頭の方が上だけど。
「お久しぶりですね」
「お久しぶりです」
「奴隷にしたいという話……考えてもらえたかしら?」
「願ってもないことです。元よりギガースの里が合わず、人の国で生きたいと考えて出てきましたので」
「それは良かった。安心して。我が家は世界でもトップクラスに奴隷の待遇が良いと評判なのよ」
「それはありがたい。ですが、ご遠慮なくお申し付けいただければと存じます」
「ありがとう。貴方にお願いしたいのは三点。一つ目は力仕事を初めとした屋敷の仕事。普通の奴隷の仕事ね」
「はい」
「二つ目は私との模擬戦」
「……模擬戦、ですか?」
「もちろん手加減はしてほしいけど。私、もう少しだけ、強くなりたいので」
最悪、私の処刑が決まっても逃げられるくらいには。
もちろん、そんな未来を避けるために頑張るけどね。
「なんと向上心の高い。かしこまりました」
「そして三つ目。私は八ヶ月後にこの地を離れて、中央学園に入学するの。中央学園は全寮制だから、私が不在の間レナの護衛をお願い」
「レナ……?」
「私の妹のことよ」
「なるほど。承知いたしました」
「話は決まりね。あとは、これを」
そこで、私は傍らに置いていた大剣を持ち上げた。
「あのとき持って行ったままだったから。お返しするわ」
地面に突き立てる。彼の方に柄を押し出した。
――すごく手にしっくりきたから、もう一度くらい振るってみたかったけど。
「この剣は、もう不要になったということですか?」
パルアスが聞き返してくる。
「……え?」
――どういう質問?
「ルナリア様は強くなりたい、と仰っておりましたが、この剣より良い得物をお持ちということですか?」
パルアスが言い方を変えて再度尋ねてきた。
「いや……代わりの剣はまだ見つけてない。適当にまた木剣を買おうと思ってるけど」
「であれば、そのままお持ちください」
パルアスは優しく微笑んで、柄を押し返してきた。再び私の方に柄頭が向く。
「あのとき言いました。『必要であれば差し上げる』と。まだまだ強くなりたいというお役に立てるなら、この剣も本望でしょう」
「……いいの?」
パルアスは小さく頷いた。
「これは代々我が家に伝わる剣、『ガンガルフォン』。鋼に魔法銀を練り込んだ代物で、魔法伝導率が非常に優れていると聞いています」
「魔法伝導率?」
「はい。エンチャント時の効果が非常に高まる、とお考えいただいていいかと」
「エンチャントが前提の剣、ということ?」
「その通りです。百年ほど前、魔法の使えないギガースが中巨人族と争いになった際、エルフに助けを求めたそうで。
彼女らの精霊魔法を宿すために造られた一振りがこれです。
魔法剣と戦技を両立し、争いに勝利したと言い伝えられております。
この剣はつい十年ほど前まで、そのときエンチャントされた炎魔法が燻っていました」
「いやいや! そんな大事な剣、受け取るわけにいかないって。貴方の家宝のようなものということでしょう?」
「ご安心ください。私の家族はもうこの世に一人もいません。なので、反対する者もおりません」
「でも……」
なんだか、ギガースにとって歴史的な物らしいし……
それに真剣の所持なんて、お父様が許してくれないだろう。
――もちろん欲しいか欲しくないかで言えば、めちゃくちゃ欲しいけど。
「あの時の貴女の、見事な魔力の閃光。
なにより、その小さな体で立ち向かう、大きな勇気。
そのおかげで私は人殺しにならずに済み、こうして人里で働くことが許可されたのです。
どうかお願いです。その体の色を奪ったせめてもの償いに、お受け取りください。
あの閃光がまた必要になった時、必ずやお役に立つでしょう」
パルアスは目を細めて、剣を引き抜いた。
刀身と鍔元を持ち、柄を私の手元に寄せてくる。
「魔法剣が廃れたこの時代に、魔法剣を扱う貴女とこの剣が出会ったのは、創造神の思し召しかと」
――本当にあり得そうで困る。
『魔法剣と相性のいい剣と出会うのも才能の範疇』……とか。
(いやでも、前生でもこの剣に襲われたハズだし、流石に考えすぎか)
「どうぞ」
パルアスはにっこりと、さらに私に柄を近づけてくる。
「……貴方も大概、強引ね」
苦笑いが漏れた。
「不要であれば処分するしかありません。曲がりなりにも先祖代々の形見、流石にそれは心苦しい。私としても、是非ルナリア様に持っていていただきたいのです」
「貴方が持てばいいじゃない」
「道具で狂化されたとはいえ、あんなことをした私が凶器を持ち続けるわけにはいきません」
「まあ、わかるけど……。うーん……、処分するなんて聞いたら、断れないわね……」
「持ち手の太さや長さは調整させていただきますよ」
「……わかりました。ありがたくいただきます。お父様への言い訳は、また後で考えるとしましょう」
「光栄です。ありがとうございます」
補助魔法を展開。
右手を伸ばして、柄を取った。
パルアスが手を離す。
ギガースサイズの柄は、相変わらず掴みきれない。
まあ補助魔法で支えるから、そんなに関係ないんだけど。
――もしかしたら、柄にも魔法の加工がなにかあるのだろうか?
だとしたら、魔法の力で持つ私に馴染むのも理解できる。
「お似合いです、ルナリア様」
パルアスが褒め散らかす。
「……どう見ても不釣り合いでしょ。刃の部分ですら私より大きいに」
「外面だけのことではございません。とはいえ、外面も似合っているとは思いますが」
「そうかなぁ……?」
「その剣は、真名を知らぬ者にはただの小剣にしか見えない欺瞞が施されています。現代であれば、よもや魔法剣の使い手と見抜かれないでしょう」
確かに、以前アナライズを掛けたときは『ギガースの小剣』としか表示されなかったはず。
試しにアナライズで見てみた。
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【ガンガルフォン】
・攻撃力 145
・防御力 38
・魔法攻撃力 119
・魔法防御力 97
・重量 201
▽補正
・膂力 A+
・技術 A-
・魔技 S+∞(エンチャント時、エンチャント者の魔技を参照)
■概要
刀身にミスリルが編み込まれた大剣。
エンチャント効率は理論上限界がないため、極めれば魔法を直接放つより効果が高くなる。
現在はミスリル自体が非常に希少となり、このような大量の魔法銀を用いた武器は実質制作不可。
武器として使うのも良いが、売った金で適当な小国を買収するのも面白いだろう。
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「ちょっと! なんかすごいこと書いてあるんですけど!」
思わず叫んだ。
「……どうかされましたか?」
「歴史的価値どころか、希少価値もヤバいらしいじゃん! どうりでミスリルなんて聞き覚えないと思ったわ」
シン、と静まりかえる我が家の庭。
――流石に返すべきよね、これ……
「……書いてある、とは、今鑑定スキルをお使いになったのですか……?」
パルアスが半信半疑な雰囲気で聞いてきた。
「えっ? まあ、そうだけど」
「……ミスリルの価値まで表示する鑑定スキルなど、おそらく最上位であるアナライズ以外ありえないと存じますが」
「…………」
――やっべ……
「人間にアナライズは習得不可能と聞き及んでおります。
人間という種は鑑定スキルの適性がなく、鑑定魔法の適性も低い、と」
「……………………」
――へぇー、そおなんだー、べんきょーになるぅー。
「しかも今、本当に一瞬でしたよね? ドラゴン種やユニコーン種でも、その速度のスキル発動は無理では……」
「…………………………………………」
「……お嬢様……?」
「……………………………………………………………………………………」
たおやかに、できる限り引きつらないように、満面の笑み。
そして彼の耳元に歩いて、左手で手招きして耳を寄せるように要求。
さらに姿勢を低くした彼の耳元に、口元を寄せて、
「バラしたら首切りね」
そう囁いた。
パルアスは僅かに青ざめた表情で、
「それは、仕事的な意味でしょうか。それとも……」
と小声で聞き返してきた。
私は何も答えず。
右手に持ったガンガルフォンの切っ先が、たまたまパルアスの首元に向いた。
「か、かしこまりました。この口、固く閉じて参ります」
「あら、私は別に何も言ってませんが」
「主に皆まで言わせるなど、家臣として失格と存じますため」
「殊勝ね。聡い家臣は私も助かるわ」
「あ、ありがたきお言葉……」
「今後はもう少し早く賢くなってくれると、私、とっても嬉しいかも」
「はっ! 精進いたします! ご指導ありがとうございます!」
「まあまあ、そう固くならず。……これからよろしくね」
――ふう、あぶないあぶない。なんとかポップでキュートに誤魔化せたわね!
†
その後、ガンガルフォンのことをお父様に包み隠さず説明。
――アナライズのくだりはもちろん隠して。
部屋に飾る許可がもられえれば、木剣の柄と一緒に置きたいと思ってたけど……
「ふむ。なら、それ以上の剣などそうそう用意できまい。今後はそれを使うといい」
「……使う?」
思わず小首をかしげる私。
「燃え尽きた木剣の代わりは要るだろう? もちろん有事の時以外は人を傷つけたりしないようにな」
「いえ、ですが、私が真剣を持つことになりますが……?」
そこでお父様は小さく息を吐いて、執務椅子に深くもたれた。
「参謁の際、国王陛下はルナの功績を大層褒めてらっしゃった。その時、お前から剣を取り上げようとした時の話をしたら、叱られたよ。
あのお方は本当に柔軟だ。ルナからその剣を取り上げようものなら、今度は公爵の位を取り上げられるかもしれん」
お父様は冗談っぽく笑う。
「ルナの頑張り、レナのこと、ショコラのことときて、この戦果だ。
さすがに私も考えを変えた。好きな事、向いている事をすればいい」
「お父様……」
「もちろん、娘が奇異の目で見られるのは避けたい、という思いは変わらない。このままいけば、きっと辛いこともあるだろう。
実際、王妃陛下はルナが剣を扱う事に眦をつり上げられたように見えた。
……けれど、非公式ながら陛下に認められるほど頑張ったのも知っている。そんなお前を、私も信じるよ」
前生の最後、泣き崩れるお父様の姿を思うと、思わず涙が零れそう。
頑張ってきて良かった。
……うん、良かった……んだけど……
――よく考えると、少し困った状況だ。
国王陛下が認めたとなると、ガウスト殿下も認めないわけにはいかないわけで。
ガウスト殿下から「女のくせに剣を振るうなんて」と婚約拒否……なんてルートはなくなってしまった。
頼みの綱の王妃様も、国王陛下の手前、表立って批判はできないだろうし。
――ガウスト殿下に婚約拒否してもらう別の手段を考えないと……。
まあ、殿下おっぱい好きだし。なんとかなるでしょう。
「貫き通してみろ、お前の意地を。どうせなら世界の常識すら覆してしまえ。剣で一番強いのが王妃だなんて、そんな国、痛快じゃないか」
お父様は歯をむき出して笑っていた。
「そんな影響力持てるほど強くなれるかはわかりませんが……。今後も努力いたします」
と、答えはしたものの……
――ごめんなさいお父様。そんな未来は、絶対に来ないんです。
なにせ、当の王太子は将来、聖女となる子と結婚するわけで。
私自身、穏便に生きために魔法剣の才能を得たのだから。
でも、お父様が認めてくれたこと自体は嬉しい。
今はとりあえず、それだけ噛み締めることにしよう。
でないと、今お父様に向けている笑顔に出てしまうかもしれないから。
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