11歳-7-
気絶してる場合か!
自分を起こす。
横たわっていた私の体は土と菜の花まみれ。
右手には木剣の柄だけが握られていて、刀身部分は焦げて無くなっていた。
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・右手装備 コカルト樹の木片
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もう木剣としては機能しないみたいだ。
とはいえ、これまで共に過ごした愛剣。捨てる気になれなくて、ポケットにしまう。
「……皆は……?」
――とにかく、戻らないと。
月の位置を見ると、そんなに長く気絶していなかったハズ。
まだ援護間に合うかもしれない。
でも、剣が無い私なんてただのワガママ令嬢。
魔力剣だけで役に立つか分からないけど……、とりあえず立ち上がる。
と、少し離れたところにギガースが倒れてるのが見えた。もう動き出す様子はない。
ギガースの傍らには剣が突き刺さっていた。月光を浴びて、刀身が鈍く輝いている。
――剣、あったわ。
そちらに歩く。左脚が上手く動かないのと、視界がチカチカするのが少し鬱陶しかった。
アナライズでは『ギガースの小剣』と書いてたけど、私から見れば大剣。刀身が私の身長と同じくらいだ。
とはいえ、剣というなら扱えるだろう。どうせ魔法剣の天才なんだし。
補助魔法を展開。
――魔力神経は壊れてないみたい。
使った瞬間、全身に電流が走ったみたいに痛かったけど。
そのまま右手でギガースの小剣――私にとっては大剣なので、以後大剣――を掴む。
生まれて初めて握った真剣は、妙に手に馴染む気がした。
柄に指が掛けられないくらいサイズは不相応なのに。
そのまま引き抜く。
「ぐ、うぅ……」
すると、ほぼ同時にゆっくりとギガースが体を起こした。
咄嗟に大剣を構える。
――嘘、アレ喰らって生きてるの!?
「……争う気はありません。その剣も、必要なら差し上げます」
ギガースが喋った。
その目は先ほどと打って変わって、知性に溢れている。
「狂化が解けたの……?」
「貴女のお陰です。この首輪で狂わされていましたが、あの一撃で壊れたようです」
よく見ると首輪にヒビが入っていた。
ギガースはその首輪をバキッ、と握り砕く。重い音を立てて首輪の破片が地面に落ちた。
「……くれるというなら、この剣いただくわ。まだ戦いが続いてるかもかもしれない」
「であれば、自分も参ります」
「本当なら助かるけど……いつ裏切るか分からない相手を連れて行けない」
「この傷です。どうせ、もって数刻の命でしょう。であれば、どうか罪滅ぼしに使わせていただきたい」
ギガースが自分の胸元の傷を指差す。
――そういえば、痛覚が鈍い、ってアナライズで書いてあったっけ。
「……分かった。話してる時間も惜しい。貴方の目を信じるわ」
「ありがとうございます」
走り出す。左脚は補助魔法で無理矢理動かした。
方角はギガースが案内してくれる。全体鑑定はアナライズより効果範囲も広いようだ。
壊された馬車の元まで戻ってきた。
私兵団と野盗達の戦闘はまだ続いている。
私兵団の全員が馬車に乗れたわけではなく、およそ十人ほど。他は全員戦えない使用人。
対して、あちらは三十人から四十人規模。
個々の能力は私兵の方が高くても、数の暴力でやや押されているようだ。
「レナは!?」
レナと分かれた方を見る。
私達の馬車に三人の野盗が群がっていた。ドアをこじ開けようとしている。
その周りではイズファンさんが倒れ、テンディエットさんがうずくまり、バンジョウさんが野盗と戦っていた。
魔力剣を五本生成。
最優先は馬車をこじ開けようとしている連中!
背中に攻撃を受けた三人のうち二人が倒れ、一人がどこかへ逃げていく。
「貴方は向こうの倒れた馬車の方を!」
「承知です」
ギガースと別れ、馬車へ。
窓を覗くと、こちらに背中を向けて体を縮こまらせてるレナが見えた。
「レナ!」
レナは振り返ると、恐怖に染まった顔をくしゃくしゃにして、「お姉様!」と窓に近づいてくる。
「……あれ? お姉、様……?」
「もう少しじっとしててね。大丈夫。全部、お姉ちゃんがやっつけてくるから」
そう言ってバンジョウさんの加勢に向かおうとした……
瞬間。
「お姉様危ない!」
レナの声で、背後からの剣撃をギリギリ躱した。
「きゃっ!」
馬車に剣が突き刺さって、レナの悲鳴が聞こえる。
背中に魔力剣が刺さったままの野盗が、血走った目で私を睨む。
「くそっ、ギガースも居て、なんでこんなことに……。せめてどっちかだけでも持ち帰らなきゃ、割に合わねえ!」
馬車から剣を引き抜いて、再び私に襲いかかってくる。
それを大剣で受け流して、手首を返す。
そのまま野盗を剣ごと斬り裂いた。
「ぐああああああああっ!」
野盗が胸から血を吹き出して倒れる。
――生かしておく選択肢はない。
回復手段を用意していたら危険だ。
私の体もいつまで保つか分からない。
私は大剣を逆手に持って、仰向けになった男の真上で切っ先を向ける。
大剣を振り下ろそうとした……
瞬間、
「ルナリア様」
横合いから手を捕まれる。
額から血を流すバンジョウさんだった。
「バンジョウさん……」
「ルナリア様が背負うべき命ではありません」
そう言うと、バンジョウさんは野盗の心臓に剣を突き刺した。
野盗は静かに、かくん、と力を失って絶命する。
――初めて目にした人の死に、思うところが無いではないが……
感傷に浸っている暇はない。
まだ、敵は残っている。
二度三度、頭を振って意識の切り替え。
「バンジョウさん。魔力剣を設置しておくので、ここをお願いします」
魔力剣を追加で五本展開。
トルスギット関係者以外の、害意ある者を目標にするよう命令。
そこで一瞬気絶したけど、なんとか倒れる前に踏ん張った。
「ル、ルナリア様、大丈夫ですか!?」
バンジョウさんが私を支えてくれる。
――体中の血が熱い。
手足の感覚もとっくに無い。
けど、それでも……
「……大丈夫よ。なにせ、王都でデートが待ってるんだから」
「そう、でしたね……」
自分でも分かるくらい不器用に笑って、私はギガースの加勢に向かった。
私が着く頃には、すでに野盗達は敗走を始めていた。
――そりゃ、ギガースの強さを一番知ってるのは彼らだもんね。
「ありがとう、助かったわ」
去って行く野盗達を横目に、ギガースを見上げた。
「いえ、なにもしておりません。勝手に怖じ気づいただけです」
「無理も無いわ。……セレン先生!」
少し離れたところで使用人達を守っていたセレン先生を見つける。
彼女も全身の魔力神経を浮かび上がらせて、肩で息をしていた。
「ルナリア、様……? その御髪と目は……」
「セレン先生、命に関わる怪我をしてる人を優先して治療をお願いします。その後、MPと魔力神経に余裕があれば、このギガースを治してください」
セレン先生が私とギガースを見比べる。
「狂化も解けましたし、ギガースは強い者に従う種族。私が勝った以上、もう危害は加えません。だからお願いです。このままだと、私の付けた傷でもうすぐ死んでしまいます」
実際、ギガースは今も胸の傷から大量の血を垂れ流している。
「わ、分かりました。であれば、そちらを優先しましょう」
「ありがとうございます」
さて、次は……
――怖かっただろうから、レナを抱きしめてあげたい……
――エルザは無事?
――イズファンさんやテンディエットさんは大丈夫だろうか……
――倒れてる野盗達をちゃんと捕縛しておかないと……
――もしかしたら敵の援軍があるかもしれない、警戒を……
――お父様達と合流するには……
……そこまで考えたところで、ふっ、と私の思考は途切れた。
ガランと音を立てて地面に落ちる大剣の音。いやに大きく聞こえる。
そのまま、私の意識は虚空に消えていった。
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