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11歳-2-

 貴族は二年に一度、王都にある王宮で二年間の出来事を王に報告する義務がある。

 この報告を『参謁(さんえつ)』と呼ぶ。文字通り、参って謁見するのだ。


 その行きの道中、野盗の集団から襲撃に遭う。


 それを迎え撃つのが、私兵団のみんな。

 けれど前生では数の暴力と、なにより小巨人(ギガース)という絶対的な力に敗北してしまった。


 今生ではなんとしても、それを食い止めなければいけない。


 私なんて、いくら訓練しても一人の子供。

 私兵団のみんなの協力は必須。

 そして今の私は、兵の士気がいかに勝敗に関わるか前生の学園で学んでいるのだ。





 というわけで、ここ最近はセレン先生以外にも私兵団の方々と交流を持つようにしていた。


 差し入れをし、お喋りをし、時にお茶をし、不満があればできる限り解消させる。


 ――たとえ卑怯と罵られようと。人気取りと蔑まれようと。平民や下級貴族に媚びていると見下されようと。


 レナを助けるために、使えるモノは最大限に使う。

 そんなことで躊躇っている暇、もう残されていないんだから。



   †



「旦那様もお嬢様も、どうしてここまで我々に良くしてくださるんですか?」


 私兵団の方々とお喋りの時間。

 ふと、剣兵の一人からそんな質問を投げかけられた。

 私とさほど年も変わらない男の子。名前はテンディエットさん。


 その隣にはバンジョウさん――最近、剣兵隊の隊長に昇格した――も居る。

 上司である彼は、テンディエットさんに露骨に顔をしかめた。


「私兵団のほとんどは平民なのに。お二人とも、あり得ないくらい顔を出されます。旦那様は最近ご無沙汰ですが」


 ということは、お父様も似たようなことしてたんだ。

 ――やっぱり親子なんだなあ。


「迷惑ですか?」

 そう聞き返してみた。


「とんでもない。ありがたいんです。ありがたいんですが……不思議で。

 知り合いの執事も言ってました。この家は公爵という、王族に次ぐ立場なのに、あまりに下々と距離が近いと」


 イズファンさんも前に似たようなこと言ってた気がする。


「……では、お父様が私兵団を持っているのはなぜだと思いますか?」

 そう聞き返した。質問を質問で返してばかりで申し訳ないけど。


「やっぱり、襲われたりするからじゃないでしょうか。その防衛のためかと」

「そうですね。つまり皆さんは、お父様とお母様、そしてレナの命を預ける方々です」


 テンディエットさんは小さく頷く。


「翻って、テンディエットさん達は、お給金の代わりに命を懸けるお仕事なわけです。

 でも、いくらお金を貰ってるからって、ただお金だけの関係と、差し入れくれたり会話相手になった関係、いざ敵に襲われたときにどちらの方が守りたいと思えますか?」


「……まあ、そりゃあ、後者ですね」

「ですよね。その方が自分の利益にもなるわけですから」


 テンディエットさんの私を見る目が変わった。


「なので最初の質問に戻りますと『良くしてくれている』と皆さんに思ってもらうことが、手段なんです。『有事に家族を守ってもらう』という目的のための」


「つまり……」

 と言いかけて、テンディエットさんは言い淀んだ。


「構いませんよ。どうぞ仰ってください」


「……つまり自分達はただの盾で、どうでも良い存在、ということですか?」


 瞬間、バンジョウさんがテンディエットさんの後頭部を掴み、頭を机に打ち付けた。

 そのまま自分も机に額を付ける。


「教育至らず、大変申し訳ありません。以後、是正して参ります……」


「バンジョウさん、顔を上げて。テンディエットさんを離してあげてください。別に謝られるようなことは言われていません」


「ですが……」

「命令しないと聞いてくれませんか?」


 そう言うとバンジョウさんはテンディエットさんを離して、ゆっくり顔を上げた。


 恐る恐る私とバンジョウさんを見比べながら顔を上げるテンディエットさん。


「今の質問にお答えします。どうでも良くはありません。が、優先順位はレナやお父様、お母様の下です」


 と、今度は後ろに居るエルザからの視線が痛くなった気がした。

 ――まあ、構わず続けるんだけど。


「特にレナは、私の一番大事な人。そういう意味では、そのレナを守る皆さんが二番目になる、とも言えるかもしれませんね」


 エルザの非難の視線が背中に刺さる中……、私は隊長の左手と青年の右手を、それぞれ握った。


「……だから、どうかお願いします。私を見捨ててレナを助けられる状況になったら、迷わず私を見捨ててくださいね」


「……?」

「なにを仰います……」

 戸惑ったような二人の剣兵。


「いえ、訂正します。これはお願いではなく、命令です。公爵令嬢という立場を利用して、貴方たちの自由意志を無視した、私のワガママです。

 どんなことがあっても、私の命で済めば良し、レナの傷は一つたりとも許しません」


 二人とも呆然と……けれど真摯に、私を見返している。


「私の死後に皆さんが責められるようなことが無いよう、お父様にも話は通しておきますから。ご安心ください」


「ルナリア様、おやめください。縁起でも無い……」

 そこでエルザがとうとう仲裁に入ってきた。


 二人の手を離して、エルザに振り返る。


「私を選んでくれたエルザには悪いけど……今度こそ、レナを助ける。これだけは譲れないのよ」


「私も、ルナリア様とレナーラ様が仲良くされているのを見るのは幸せの一時です。ですが……」

 と、そこで言葉を止めてエルザは軽く頭を振った。

「……いえ。失礼いたしました。ルナリア様を選んだのは私の責任。であれば、ルナリア様ご自身の選択に、私が何か言うのは無粋でした」


「……ううん。心配してくれるのは嬉しいからね、ありがと」


 ――あっぶない。『今度こそ』に気付かれなくて良かった……。


「真摯に答えていただき、ありがとうございました。一応は納得いきました」

 と、テンディエットさんが言った。


「……一応、というのが気になるんですが……」


「いえ、だって。もしルナリア様が亡くなったりしたら、レナーラ様は不幸になってしまうと思うので」


 ぐうの音も出ない私だった。


 テンディエットさんはバンジョウさんの方を見て、

「もしルナリア様とレナーラ様を天秤に掛けなければいけないなら、天秤をぶっ壊してでも、お二人とも助けましょう」

 なんて言いのける。


 そんな部下の言葉に、バンジョウさんは小さく笑った。

「確かに。そりゃそうなるな!」


「……目の前で命令違反の談合が繰り広げられてるんですが……」

 ジト目で二人を見やる。


「恐れながらルナリア様、『レナーラ様を守る』という命令に忠実に従っているまでです」

 慇懃に言うバンジョウさん。


「体の傷は後から治せるかもしれませんが、心の傷から守るには、そもそも負わせないしかありませんから」

 こういうときにしっかり合わせてくる青年。


「……しっかり教育が行き届いているようで、なによりです」


 そう言うと、ドッ、と二人が笑い出した。


 エルザも口元を抑えて、クスクス言ってる。


 ――あの! この場で一番偉い私が仏頂面なんですけど! この不敬者ども!

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