10歳-16-
近くまで駆け寄ってきていたセレン先生が、私の顔を見る。
「ルナリア様。今日は、もう……」
その続きを言いづらそうなセレン先生。
「いえ、まだ、できます……」
けれど、セレン先生は小さく首を左右に振った。
「魔力神経が浮かび上がってます。これ以上の負荷を掛けてはいけません」
――まあ、そりゃバレちゃうか。
「二重エンチャントは魔法の上に魔法を掛ける性質上、一気に難度も負荷も高まります。
……これ以上の使用は、ルナリア様のお体の毒になります」
――そうだったんだ。
苦労なく習得できちゃうのも考え物だ。魔法の上に魔法を掛けるのが難しいとか、負荷が高いとか、あんまり感じないんだもん。
「そう、ですか……」
近づいてきたショコラを見る。
「……ということは、私の負けね」
なんとか、笑って見せた。
「いやあ、最後はいけると思って、焦っちゃったなあ」
それにしても、結局一撃も入れられなかった。
戦技なしで、ここまで差があったとは……
自分が情けないのと、ショコラとお別れなのとで、思わず視界が滲んでしまう。
――ああ、悔しいなあ……
結局、ショコラに泣かされちゃった。
「……もう少し、魔力神経が成長してるか、二重エンチャントに慣れてたら、全然分からない勝負だった。
こんなにすっきりしない勝ちは初めてだ」
慰めてくれるショコラ。
戦爪をしまった右手で、ガリガリと後頭部を掻く。
そして手を下ろして、私を見た。
「……とはいえ約束は約束だ。俺の希望、聞き入れてもらう」
「ショコラさん。その話は、もう少し時間をおいて……」
「いいえセレン先生。大丈夫です」
心配してくれるセレン先生を制して、目元を袖で拭う。
「一日でも早く帰りたいんだものね。早速……」
「俺の希望は、今の奴隷契約の破棄」
ショコラが私を遮るように言った。
「ええ」
「その後、お前を主とした奴隷契約の締結」
「そうね、私とのけいや……ん?」
「あと、この首輪はこの国に来るとき、役人のオッサンに付けられた。だから、新しくお前の手で付けて欲しい」
唖然とする私とセレン先生。
けれどショコラは至って真面目な表情……
だったけど、不意に可愛らしく微笑んだ。
「まさか、できないなんて言わねえだろうな?」
不敵な物言いと笑顔がまた、似合うこと。
「……そりゃあ、私の希望だったし……でも、帰国したいんじゃなかったの?」
「半年ありゃ気も変わる。宰相の娘で良かったと思ったこと、あんまりねえし。……この半年の方が、ずっと楽しかった」
「……ショコラ……」
――また泣けてくるようなこと言っちゃって……
「言ったよな。『後悔しないように生きる』って。
このまま帰ったら、俺は絶対後悔する。
こんな面白いヤツ、二度と出会える気がしねえ。
その生き様を見届けるには、お前の奴隷になるのが一番手っ取り早い」
「生き様って、また大げさね。来年には帰るんだから……」
「帰らねえ」
「……は?」
近づいてきたレナとイズファンさんも、驚いてショコラを見ていた。
「契約期間は、どちらかが死ぬまで。分かったらさっさと契約書でも何でも用意してくれ」
「死ぬまで!? いやいや、来年の帰国までのつもりだったんだけど……」
「おいおい、そっちは負けたんだぜ? 勝者に文句言うんじゃねえよ」
私の顔がよっぽど面白いのか、ショコラは歯を剥き出して笑った。
――開いた口がふさがらない、なんて言葉があるけれど……
まさか、こんな時に体験するなんて。
「それに、いまさら家の風呂やベッドじゃ気持ちよく寝れる気しねえしな」
「ショコラさん……」
レナの目尻に涙が浮かぶ。
「宰相の子供だのエリートだの……そんなつまらねえ事、全部兄貴達に押しつける。
俺が欲しいって言っただろう? くれてやるよ、俺の人生」
どこか晴れやかなショコラ。
そんな彼女に、私も次第と、頬が緩んで来て……
やっぱり、また少し泣いちゃった。
「ふふっ、どうしよう、ローディ様に怒られちゃいそう」
「そんときは一緒に怒られようぜ、ご主人様」
お互いを見つめて……
同時に、声を出して、笑い合う。
――横で見ていたセレン先生が誰より泣いていたのは、彼女の名誉のためにも秘密だ。
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