10歳-14-
日々は過ぎて。
ショコラと約束してから、丁度半年の朝が来た。
「……早いわね」
「そうか? こんなもんだろ」
何がと言わずとも伝わったようで、ショコラはベッドの上でボリボリと掻いた。
それからショコラは午前のお仕事を、私とレナはお勉強やレッスンをこなして。
お昼前。
私とショコラは、いつもの中庭で向かい合う。
――これまで、実戦形式で勝てたことは一度も無い。
(『魔力剣の雨で勝ってもしょうがない』なんて、強がらなければ良かったなあ……)
私は魔力剣を制限しているが、ショコラは戦技を使い放題。
そんなハンディマッチで勝てなければ、ショコラの奴隷契約を解除しなければならないわけで……。
ちなみにお父様にはイズファンさんから話が行っているようだけど、私からはまだ何も言っていない。
(言いに行ったら死ぬほど怒られそう……)
いろいろな意味で負けられない……のだけど。
かといって、今更「魔力剣解禁!」とか「戦技禁止!」とか言うのは卑怯だし……。
内心では正直、少し諦めている。
――今日が最後と思って挑むのが良いのかな。
――でも、それも嫌だな。
もっと、教わりたいことがあるし。
もっと、三人一緒にお風呂もベッドも入りたい!
そんなことを考えている中、セレン先生の準備完了の合図が聞こえた。
「約束の半年だな」
目が合うや否や、ショコラは言った。
「お前が勝てば、お前の希望通りに。俺が勝てば、俺の希望通りに」
「……うん」
「お前、本当にあの魔法……か知らんけど、空飛ぶ剣は使わないつもりか?」
「使わない、って言ったでしょ」
「強がりやがって」
「…………強がりじゃ……、無い、もん……」
自分で言ってて説得力が無さすぎた。
「分かった。俺も戦技は使わん」
「……えっ?」
「お前流に合わせてやる。俺だけ有利な状況で勝っても、無理矢理言うことを聞かせるのと変わらねえ」
「……いいの?」
――そもそも、私から一方的に言ったことなのに……
「戦祭でも魔法や戦技禁止ルールは割とある。体術だけでも負ける気しねーし」
「……ありがと」
――こういうさりげない優しさが、やっぱり離れがたいなあ。
……だからこそ、あらためて決意する。
(絶対、負けない……!)
後悔なんて、もうしたくないから!
「結局、お前を泣かせられなかったな」
爽やかに歯をむき出すショコラ。
「もう本気で思ってないくせに」
「そうだな。今なら、泣かせちまったら慰めるかもしれん」
「ははっ、それはそれで経験してみたいかも」
「んなことしたら、レナやメイド達から袋だたきにされちまうしな」
そんな軽口を叩き合える関係になれたことに感謝しながら……
私は補助魔法を纏い、木剣にエンチャントを施す。
ショコラは勢いよく十本の戦爪を伸ばした。
その一挙手一投足に、全神経を注ぐ。
この半年間、繰り返された日常。
――だけど、戦技無しという初めての……、そして不意に訪れた勝機に、少し心がざわついている。
「……悪いけど、勝つね」
それは、自分に言い聞かせるように。
「こっちのセリフだ。俺にも譲れないモノができた。負けられねえのは一緒だよ」
構えて、
構える。
構えを取らせる程度には強くなれたことに、コンマの間感傷を覚えて――
駆けた。
どちらからともなく。
先に届くのは武器の長い私。
横斬りで胴を狙う。
バックステップで回避された。
構わず、さらに一歩を踏み込み。
振り抜いた勢いで体ごと一回転! 今度は上から斬り下ろした。
が、それも右爪で払われ空を斬る。
その隙に、左爪が私の右目に迫ってきた。
すれ違うように、左に前転して回避。
……した所に、ショコラが飛びかかってきた。
――読まれた!?
逡巡は一瞬。
前転の勢いで膝立ちに。
左爪をいなし、右爪を逸らし、また左爪をスウェーで回避して、四撃目のキックは脚の補助魔法全力で無理矢理後ろに跳んだ。
距離を取る。
息を整え、構えを直した。
ジリジリと、間合いを計り合う。
――戦技が無いんだから、意識を切り替えろ!
――パリィも無いし、咆哮砲も無いし、火鳥輪舞も無い。
勝ち目は絶対あるはず!
……まあ、でも私が不利には変わらない。
実戦経験が違いすぎるし、手数は劣るし、膂力も私の方が弱い。
だから先手を取る以外に無い……そう思っていた。
けれど、今までで先手なんか取れた試しがない。
――そうだ。ここでも、遠目の応用だ。
(遠くの自分に考えさせろ……本当に『先手を取る』が最適解?)
手数だの膂力だの、無い物ねだりをしても仕方が無い。ある物工夫でいかないと。
今の私のある物といえば……
エンチャントと魔力剣。
――でも魔力剣は禁止してるし、エンチャントはもう掛けてる……。
「……いや、違う。違うわ」
不意に、本当に突然、それに気付いた。
――なぜ、エンチャントが『一度限り』と決めた?
思い込みが、可能性を狭めていたんじゃ……?
試しにもう一度、木剣にエンチャントを掛けてみる。
木剣が強く、鮮烈に青く光り出した。
「……ったく、これだから規格外は」
ショコラの呆れたような声。
軽く振ってみる。
――うん。これなら、防御を貫通できるはず。
なら、後は当てに行くだけだ。
「手数でも膂力でも勝てないなら……武器のパワーでゴリ押す!」
先手だ後手だのしゃらくさい!
力isパワーよ!
――私の才能は魔法剣なんだから、それで解決すれば良かったんだ!
「俺も脳筋だけど、お前も大概だな……」
ショコラが楽しそうに、僅か口角を上げた。
「どっちが優れた脳筋か、決着付けようじゃねえか!」
ショコラが詰め寄ってくる。
木剣を横に構えて。
右の五爪を――今ならできる気がして――木剣で弾く。右脚を軸に、爪を砕くくらいの気持ちで。
「ぐあっ!?」
ガチンッ、と甲高い音がして、ショコラの爪に打ち勝つ。
――そうか、防御にもいいのか二重エンチャント!
ショコラがバックステップで距離を空けた。
今ショコラが考えていることをトレースしてみる。これもショコラが教わったこと。『相手の身になって考えろ』と。
――『あの剣に直接触れないように回避重視で』……ってところかな?
再び間合いの計り合い。
お互い攻めあぐねる時間。
私はショコラより本人性能が劣っていて。
ショコラは私より武器性能が劣っている。
それを警戒し合って、どちらも相手を撫でるような接触。
……しばらくそんな交錯が続いた後。
ショコラが急に目を閉じ、「ふう」と息を吐いた。
「……いくぜ」
吠えて、目を見開くショコラ。
次の瞬間、消えたと錯覚するくらいに姿勢を落とし、走ってきた。
――戦技無しだから、『這う猟犬』はない。
足下を狩りに来たか、あるいは高くジャンプする布石か。
ショコラの動きを凝視する。
……けれど、いつまで経ってもショコラの両脇を締めたまま、上半身を動かさない。
(……? まだ動かない? このままだと、ぶつかっちゃ……)
と、そこで気付いた。
そして、気付いたときにはもう遅い、ということにも気付いた。
「『何か動いてくる』って思い込みすぎだぜ!」
ショコラの左肩が、鳩尾に突き刺さった。
そのまま膝裏を取られ、背中から倒れた。
私のお腹の上に跨がって、ショコラがニヤリ。
「裏の裏、ってな。考えすぎて、棒立ちしてるだけだったぜ」
――そうだ。ただのタックルだ、ってあと一瞬早く気付ければ、下がって木剣を振るだけで勝てたかもしれないのに。
「うー……、くそー、悔しいなあ……」
ショコラが立ち上がり、私に右手を差し伸べた。戦爪を出したままなので、その手首を掴む。
「ただダメージにはあんまりならんか……。しゃあねえ」
ショコラは私を起こしながら、セレン先生の方を見て呟いた。
セレン先生の左手の石はほとんど傷ついていない。
「……無理するなよ」
次に私に視線を向けるショコラ。
「無理?」
「二重エンチャントとか、負荷凄いだろ」
「そう……なのかな?」
今もエンチャントしっぱなしの木剣を見る。
「俺も詳しくは知らねえが……、二重エンチャの光石とかが高級品なのは、そういう理由だろう」
「そう……なんだ、あんまり詳しくないけど」
「……まあいい。まだできるんならとっとと再開するか」
「うん」
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