10歳-11-
それから、さらに二週間ほど経ったある日。
この日はセレン先生の休日。
勉強やダンスの先生と合わせて、今は週に一回休んでもらっている。
こういう日は当然、魔法の授業もショコラとの訓練もお休み。
図書室で本を読んだり、お父様やお母様と過ごしたり、お忍びで街に降りたり、レナとお昼寝したりしてる。
そして夕方には、一人で魔力剣の練習。
裏庭で一人(エルザが離れたところで見守ってるけど)、魔力剣を百本ほど空に浮かべた。
今の目標は、二百本の生成。
けれど百本を超えた辺りで、体が痛む。
アナライズで見ると、魔力神経負荷が70%に到達。
早く体が成長してほしいところだけど、言ってても仕方ない。
なので、今は数より練度を上げることを優先していた。
シンプルな魔力剣、炎の剣に氷の剣、雷、風、水、光、闇……
それら全てに、簡単な命令を与える。
レースさせたり、剣同士で戦わせたり。
いざというときのため、どんな命令をするとどういう風に動くか、観察する。
魔力神経を休めつつ、飛び交う剣の観察しながら、与える命令を変えて調整。そしてまた観察に戻る……
そんな、いつもの一人訓練中。
ふと、背後から芝生を歩いてくる音がした。
振り返ると、ショコラが立っている。
空を飛び交う魔力剣を凝視していた。
「あれ? 今日はお休みじゃなかったっけ?」
セレン先生の休みに合わせて、イズファンさんがショコラの休みを調整してくれているのだ。
――後に知ることだが、ショコラは休みの日でも体を動かしているらしい。
この日は望領の丘でトレーニングした後、裏庭でジョギングするつもりだったそうだ。
「……なんだ、こりゃ」
私の声が届いてない様子のショコラ。
「魔法の練習。今日は魔力剣にレースさせたり戦わせたりしてる」
「はぁっ!?」
あ、届いた。
「どう命令すればどう動くのか、把握しようと思って」
「……あれ全部に命令してるってのか?」
「うん。私がいちいち『飛べ』とか『斬れ』とか言うのも面倒だし。私が作った物なのに、わりと個性があって面白……」
そこで、いきなりショコラに胸ぐらを掴まれた。
チュニックの胸元が少し破れてしまう。
「てめえ、いつもは手加減してたってのか……!」
キスできるほど近くにショコラの顔。
これまでで一番くらい怒ってる。
エルザが駆け寄ってくるのが、視界の端に見えた。
「ど、どうしたの?」
「魔法に疎い俺でも分かる。これは異常だ。なんで普段、俺との試合で隠してた!」
「隠してたんじゃなくて使ってないだけ。最初に言ったでしょ? 私は近接戦の訓練がしたい、って」
気付いたように、ショコラがハッとする。
「……そりゃ、言ったけどよ……」
ショコラの勢いが弱まる。
「遠距離戦はセレン先生とも訓練してるし。ショコラとは、自分自身の剣術を伸ばしたかったの」
そこでエルザが、黙ってショコラと私を離そうとした。
「……エンチャントが異様に早くて完璧だったときに、気付くべきだった……。とんだ化け物じゃねえか」
ショコラが手を離す。
今度は、まるで泣きそうな顔で。
「ははっ、最初っから俺に負けるつもりなんて無かったってことかよ。性格わりい……」
「? いや、ショコラには近接戦で勝つよ?」
今度は、初めてマシュマロの食感を味わったような顔になった。
コロコロ表情が変わってちょっと楽しい。
「それくらい強くなりたい、っていうのもある。けど何より、魔力剣でショコラに勝っても意味無いじゃない?」
「……じゃない? って俺に聞かれてもな……」
「魔法防御が低めなショコラに、空から振る百本の魔力剣で勝っても理不尽なだけ。
それじゃあ、ローディ様が権力で無理矢理ショコラを送ってきたのと、本質的に変わらない」
――なすすべ無い強大な力で人生をねじ曲げられる……
そんなのはもう見たくないし、ましてやしたくもないんだ。
「私をガキと呼んで、胸ぐらを掴んで、容赦なく叩きのめして……良い戦いができたときは褒めてくれる、そんなショコラが欲しい。
魔力剣の雨で命令を聞かせるなら、最初から契約書と首輪で縛った奴隷でいいもの」
胸元を正す。けれどすぐ、ダラン、と開いてしまう。胸元がかなり見えちゃう。
……まあ、それでもショコラの格好と比べたら全然だけど。
「……権力も紙も首輪もないなら、それは奴隷って言えるのか……?」
「私は別に奴隷にしたいなんて思ってないもん。法律があるから仕方なく奴隷ってことにしなきゃいけないだけ」
「じゃあ、なににしたいと思ってんだよ?」
「別に形式にこだわらなくて良くない? 友達であり師匠であり奴隷でもある……そんな、私とショコラにしかなれない関係になりたいな」
「……欲深いヤツだ」
「そりゃあ、私ってばワガママで強欲ですから」
なに一つ諦めない、って決めたから。
「ははっ、自分で言ってりゃ世話ねえな」
――良かった、少し笑ってくれた。
そこで、魔力剣が古い方から消えていく。
魔力の残滓が多数、空から雪のようにふわふわと振って来た。
「……服、すまねえな」
「急にしおらしくなっちゃって」
「悪い癖だ。頭に血が上ると、つい」
「まあ、感情的なのもショコラの良いところだと思うけどね」
「……怒らないのか」
「ショコラはそういう子だって知ってるし。だから奴隷に欲しい、って思ったんだもの」
「本当、変なお嬢様だぜ」
「そんなこと言ったら、ショコラも変な奴隷だと思うけど」
「んなこと言われてもしょうがねえだろ」
「うん。だから私も、変でしょうがないのよ」
「ああ言えばこう言う。そういう女はどの人種でも嫌われそうだ」
「少なくともレナは好きでいてくれるから、それで充分よ」
「はいはい、ごちそうさん」
「……ルナリア様。代えの服を取って参ります。ショコラ、お任せしてもいいですか?」
と、そこでエルザが見かねたように言った。
「……手を上げかけた俺と二人きりにしていいのかよ?」
「問題ないと判断しました。これだけ仲良しでいらっしゃいますから」
「正気か……?」
「問題ないわ。ありがとうエルザ、お願い」
「はい、行って参ります」
「……アンタも変なメイドだな」
「ルナリア様の側付ですから。光栄でございます」
と会釈して、エルザは屋敷に入っていく。
「……あのメイドは不敬罪にならないのか?」
「どうして? 私の意を正確に汲んでくれる、優秀な方よ」
「大物だな。どっちもよ」
――褒めてるのよね、それ……?
エルザが戻ってくるまで、ショコラはずっと側にいてくれた。
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