10歳-9-
次の日。
昨日と同じように対峙する私とショコラ。
「あのザマでよく今日もやる気になれたな」
相変わらず、脱力した姿勢のショコラ。
「あのザマって言われても。模擬戦すら初めてだったんだから、勝てなくて当然よ。誰でも最初はそうじゃない?」
「……生意気な女だ」
「いまさら気付いたの?」
「うっざ……」
「……形代の準備が整いました。いつでもどうぞ」
セレン先生が私たちから離れる。
「今日は私から仕掛けて良い?」
「いちいち聞いてたら先手取られるだろ」
「確かに」
駆け出す。
戦爪を出すショコラを見た。
左下からの斬り上げ!
「遅え!」
木剣がショコラの左爪で受け止め……
られたと思ったら、勢いよく弾かれた。
ドォン、と低い音が響いて、私の膝が地面を付く。
(えっ? 何が……)
なんだか良く分からないまま、ショコラの右手の五爪が束ねられ……
私の胸を、突き刺した。
一瞬、死がよぎるくらいの一撃。
衝撃で、私の体は地面を何度も転がる。
……気を取り直せたのは、十秒か、一分か……それとももっとかかったか。
なんとか起き上がると、ショコラが私に木剣を投げてきた。ゆっくり、弧を描いて。
それを右手で受け取る。
ショコラは黙って、「まだやるんだろう?」と聞いている……気がした。
「……なに、今の?」
思わずそう尋ねる。
「戦技だよ。『パリィ』ってやつだ」
ショコラがぶっきらぼうに答えてくれた。
「……あれが、そうなんだ。弾かれた瞬間、体の自由が無くなったみたいだった」
ちらりとセレン先生の左手を見る。
昨日の最後の時くらい、石が傷ついていた。
「もう終わりか?」
「まさか」
ショコラの問いに答えて、木剣を正面に構える。
……とはいえ、あんなものを喰らって、また飛びかかる気にはなれない。
じりじりと距離を見極める。
と、不意にショコラが駆けてきた。
右爪が振りかぶられ、そちらに目が行った瞬間、下腹部に前蹴りが突き刺さる。
くの字に折れたところで、すかさず顎をカチ上げられた。
そのまま薙ぎ払われて、なすすべ無く再び地面に転がる。
――嘘みたいに、強すぎる。
とにかく速い。全然目も体も追い付かない。
「これが戦の速さだ。昨日も今日も別に全力じゃねえぞ。早く慣れろ。さもなきゃさっさと泣いて謝れ」
私を見下ろすショコラ。
――早く慣れろ、と言われても……
「……どうすればいい?」
そう質問すると、ショコラは少し驚いたようだった。
「正直、全然追いつける気がしない」
「……そりゃな。運動なんてダンスしかしてこなかったんだろ?」
「ダンスと、あと素振りはしてたけど……それだけ」
起き上がろうとすると、ショコラが黙って手を差し伸べた。それを掴んで立ち上がる。
「遠いモノより近いモノの方が速く見える。太陽や月はものすごいスピードで動いてるが、それより遅いはずのパンチが目で追えない」
「……そうね」
「俺が親父達に言われたのは、『遠目で見ろ』ってよ」
「遠目?」
「自分の目だけで見るのをやめて、空から見ているもう一人の自分を置く。遠くに視点を置けば、敵の動きも自然と遅く見えるようになる」
「えっと……そういう戦技の話をしてる?」
「違う。意識の問題だ。まあ、自分で言っててオカルトっぽいが。
要は、目の前だけじゃなく全体を俯瞰しろ、ってことだよ」
「全体を……」
「最初は無理でも、それを意識し続ければ言ってる意味も分かってくる。少なくとも俺はそうだった」
「遠目で見る……」
――正直、よく分からないけど……
実際にそれをやって、ショコラは今の強さなのだろう。
だったら、言われたとおりやってみるべきだ。
「まだやる気なら、構えろ」
二歩ほど後退して、ショコラが軽く構えた。
「……ショコラ、優しいね」
「あん?」
「色々教えてくれるし」
「……お前の質問に答えなきゃ、首輪が反応するかもしれねえからな」
「それだけかなあ?」
「うるせえ。お喋りは終わりだ」
私も木剣を構える。
――遠目……
――自分の目だけで見るんじゃなくて……
――空から見下ろしてるもう一人の自分……
――全体を、俯瞰する……!
一歩、ショコラが踏み込んできた。
両腕を開いて、直前まで左右を絞らせない。
――どっち?
――あるいは、両方?
良く見るんだ。自分の目だけじゃなくて。
踏み込んできたのは、左脚。
次に、わずかに左肩が上がった。
咄嗟に木剣を出そうとして……、昨日のことを思い出す。
――力勝負じゃ勝ち目は無い。
正面から受け止めるのは駄目だ。
ということは……
(……あれ?)
なんでこんなに色々考える時間があるんだろう?
――って、今はそんなの後回しだ!
左から来ると決め打ちして、木剣を向ける。
同時に私も左足を踏み出した。
左爪がぶつかった瞬間、木剣を思いっきり後方に振り払う。
右足を浮かせて、左足を軸にクルッと回転! 綺麗に決まった。ダンスの経験が生きたかも!
ショコラの背中を、遠心力たっぷりに木剣で斬り付けた!
「があぁっ!?」
ショコラが蹈鞴を踏んで膝を付く。
――一撃、入れられた……?
振り抜いた右手と木剣には、まだ攻撃の感触が残っていた。
ショコラが顔半分振り返る。
「……おい、お前、さっきまで手抜いてやがったのか……?」
「え? まさか……。そんなことできるわけないよ」
「……だろうな。じゃあ、今のは……?」
「ショコラが教えてくれた、遠目を意識してみただけで……」
「もう会得したってのか?」
「いやいや、会得なんて……」
と、反射的に否定してみたものの……
――あの、全てがゆっくりになった感覚……。
あれは、そういうことだったのだろうか?
「……なんで俺が左で撃つと分かった?」
ショコラが質問を変える。
「まず、踏み込みが左脚だったから。あと、一瞬左肩が上がったような気がして。もう左だ、って割り切ってみた」
「おいおい……」
立ち上がったショコラの目は、さっきまでの気怠さなんてどこへやら。
キラキラと――ギラギラと。
お気に入りのオモチャを見つけた童女のような目をしていた。
「……本当か、それ」
「本当、としか答えられないけど……」
「……いや、分かってる。じゃなきゃ、あのタイミングで左脚を踏み出せるわけない。
……何なんだ? さっきまでヨチヨチだったくせに」
「えっと……あれじゃない?」
「あれ?」
「……才能?」
「…………」
「…………」
…………
……
「……はははっ! マジウゼえなお前!」
今度は私が不意打ちを食らったようだった。
声を出して笑うショコラは、年齢相応の可愛い女の子だったから。
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