10歳-8-
ショコラと会った翌日、夕方の中庭。
私は木剣を持って、ショコラはだらりと斜に構えて、相対する。
ショコラは昨日と同じ格好。私は素振りの時にいつも着ているチュニックとキュロット。
近くにはセレン先生。両手に拳ほどの大きさの石をそれぞれ一つずつ持っている。
少し離れたところでは、レナとイズファンさんが心配そうに見守っていた。
セレン先生がまずショコラに近づいて、右手の石を触れさせる。呪文を唱えて、形代の魔法を発動。
その間、私はショコラにアナライズをかけてみた。
――初対面の時は色々とあって忘れてたから。
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【ショコラ・ガーランド】
・HP 122/122
・MP 45/45
・持久 59
・膂力 21
・技術 46
・魔技 6
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 獣人のツーピース
・装飾1 奴隷の首輪
・装飾2 なし
・物理攻撃力 43
・物理防御力 24
・魔法攻撃力 9
・魔法防御力 18
・魔力神経強度 弱
・魔力神経負荷 0%
■概要
獣人。ガーランド家の長女。
ガーランドは一族特有の身体武具『戦爪』の長さで才能を測る。
わずか七歳で十五センチを超える『戦爪』を発現した彼女は、希代の天才と呼ばれ、あらゆる戦技を習得させられた。
『戦爪』発現時は膂力と技術に補正が掛かるが、一般的な獣人より小柄な彼女は膂力が伸びにくい。
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読んでる間、セレン先生が私にも石を押し当てた。
――ふむふむ、流石に持久と技術が高めだ。膂力も私より高いけど……近接戦専門としては少ない数値みたい。
『戦爪』というのがよく分からないけれど、まあ追々分かるだろう。
「……形代の魔法、完了しました」
言いながらセレン先生が元の位置に戻る。
「以後、私が術を解くまで、お二人のダメージはこの石に移ります。ただし、移せる限界になると石は砕けて術も強制的に解けてしまいます。
その場合は私が止めに入りますので、絶対に動きを止めてください。また石が砕けなくても、私の裁量で止めることもあります。その場合も必ず従うようお願いします」
「はい」
私はショコラを見ながら返事する。
「……ショコラさんもよろしいですね?」
セレン先生が横目でショコラを睨むように聞き直す。
「聞かなくても分かってるだろ。んなことしたらコイツが発動するんだから」
セレン先生の方を見ず、左手の人差し指でコンコン、と自分の首輪を叩いた。
「……両者、くれぐれもお怪我など召されませんよう……それでは、どうぞ」
セレン先生が下がる。
「さてと。じゃ、始めるか」
ショコラの両手がわずかに膨らんだ――と思った次の瞬間、十本の爪がジャキッ、と音を立てて伸びた。
その十爪は、鋼鉄のような鈍色に変質している。
――なるほど、あれが『戦爪』か。
いずれも二十センチは優に超えていそう。わずか二年でさらに伸びたようだ。
「生憎これは木製にできねえ。文句言うなよ」
「うん、分かってるよ」
私も木剣にエンチャント。
青い光が木剣を覆う。
「半年もかけさせねえ。その心へし折って、泣いて降参させてやる」
「それはないかな。悔しくて泣いちゃうことはあるかもだけど」
膂力と技術に絞ってアナライズの結果を見てみる。
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・膂力 35
・技術 94
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技術の伸びヤバッ!
「ボーっとしてていいのかよ!」
ショコラが地面を這うような低姿勢で駆けてきた。
咄嗟に右の五爪を受け止める。
木剣が軋み、手がビリビリと震えた。
(掌、ちゃんと魔法で保護してるのに……!)
この小さな体で、この威力。
――これで体格と膂力があったら、どれだけえげつなかったのよ!
「なにぃ!?」
一方、ショコラも目を丸くして驚いていた。
戦爪はまるで万力のようにびくともしない。少しずつ、爪が私に近づいてくる。
「……俺の『這う猟犬』を初見で防ぐとは、言うだけあるじゃねえか。だが、残念だな!」
圧力が消えたと思ったら、お腹を蹴られた。
「きゃっ!?」
体が一瞬宙に浮く。
なんとか両足で着地。10センチほど靴底が地面を削った。
「ただの木の棒で俺の爪を受けきるか。エンチャントは上等だな」
ショコラは構えもせず無防備に歩いてくる。
「……ありがとう。素直に褒められて、びっくりしちゃった」
「戦いに関しては感情を挟まねえようにしてる」
「流石」
「まだまだ未熟だ。お前に一撃止められて、思わず驚いちまった」
そう話すショコラは、昨日見た人物と全然違って見えた。
なんだか、一回り大きいような。
一歩一歩は気怠そうなのに、なぜか威圧感があるような。
それになにより、とにかくイキイキしてるような。
――これが、戦闘時の獣人……
「でもまあ、お前を泣かせるプランに変わりはねえから、安心しろや」
サディスティックに笑うショコラは、ちょっと可愛くて、凄く怖くて。
冷や汗が私の額を伝った。
それからは、惨憺たる有様。
初撃を防げたのは偶然だったのかショコラが手加減していたのか……。
二撃目以降は全く見えず、防御も回避もできなかった。
魔法剣の才能といっても、動体視力や判断力までは伸ばしてくれないみたい。
まるで全方位から同時攻撃されてると錯覚するくらいの速さで、お見事と言うしかなかった。
頭に不明な衝撃を受けて、一瞬気を失ってしまう私。
「そこまで!」
そんなセレン先生の声で目を覚ます。
私の体は地面にうつ伏せになっていた。
「大丈夫ですか、ルナリア様!」
セレン先生が駆け寄ってくる。
その左手の石は傷だらけだけど、まだ砕けてはいない。
「騒ぐんじゃねえよ。形代があるんだ、大したことあるか」
ショコラは言いながら戦爪をしまう。
そのまま私に右手を差し出してきた。
「……?」
よく分からなくて、その手を見つめる。
「いつまで地面嘗めてんだ。テメエんちの土はそんなに美味いのか?」
さらに近付けられた手を、気もそぞろに握り返す。
力強く持ち上げられ、強制的に体が反転して上半身が起きた。
そこでセレン先生が私たちの横に辿り着く。
「勝手なことしないで! 頭を打ったかもしれないのに!」
セレン先生がショコラに迫る。
「うるせえな。もし脳にダメージあっても、その石が吸い取るだろ」
「それはそうだけど。万が一だって……」
「コイツは強くなりたい、って言いのけたんだ。この程度で大騒ぎする方が従者失格だと思うがな」
「…………」
「今日はもう終わりか? だったら帰るぞ」
さっさと身を翻して、ショコラは立ち去っていく。
その背中を、未だに何が起きたかよく分からないまま見送った。
ショコラが離れて行くにつれ段々と……感動のようなものがこみ上げてくる。
――これが、本当の戦い。
いやまあ、ダメージも無い、ただの模擬戦でしか無いんだけど。
それすら初めてだったのだ、私は。
「ショコラ! また明日ね!」
そんな自分の声を聞いて、私は浮かれているんだと気がついた。
心なしか、私の中の才能も喜んでいるように感じる。
――いや、逆か。
好きこそ物の上手なれ。魔法剣の上達を喜べることもまた、創造神が私に与えた才能の範疇なのかもしれない。
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