10歳-6-
事務所を離れ、イズファンさんに先導されながら奴隷達の詰め所に向かう。
「魔法の訓練ということですが……、具体的にはどのようなことを?」
イズファンさんが道すがら尋ねてきた。
「単純に戦うだけです。模擬戦ですね」
「直接、ですか……?」
「セレン先生に形代の魔法をかけていただきます。なので安全面は心配ありません。とはいえ、こんな話を受けてくれる奴隷さんが居るかどうかですが」
形代とは、受けたダメージを別の物に移し替える魔法だ。うちの私兵団もこれで訓練や試合を行っている。
もっとも許容量を超えるダメージは移せないし、衝撃はそのまま受けてしまうのだけど。
「言われた方は面食らうでしょうね。自分も今まさに面食らっています」
と笑ってくれるイズファンさん。
「私、ワガママな令嬢ですので」
「はははっ、本当にワガママな令嬢は訓練相手を自ら探すようなことしませんよ」
そんな話をしながら、奴隷達の詰め所に着いた。
屋敷の外れにある、二階建ての建物。初めて来た奴隷は大概「こんな良いところに住めるの?」と驚くという。
イズファンさんにドアを開けてもらい、中に入る。
中では休憩している方が数名居た。皆こちらを見て、立ち上がって礼をする。
「突然すみません、気になされず楽にしてください」
そうは言ったものの、勤め先の娘に来られてなかなか気楽になれないようだ。そりゃそうか。
「ルナリア様、こちらへ」
隣の小部屋に案内される。
木の机と椅子、それに帳簿の類いが入った棚がある。簡易的な事務部屋のようだ。
イズファンさんが帳簿を取り出し、机の上に置いた。
「どうぞおかけください。まず希望に合う者を探しましょう」
促されるまま椅子に座る。
対面にイズファンさんが立ち、帳簿を開いてこちらに見せる。
それから、条件を絞っていった。
近接戦の経験がある、もしくは興味がある者。
定期的に私の相手をする時間がとれる者。
できれば、近接戦向きといわれてる獣人か鬼人。とはいえ、それ以外でもやる気があればOK。
そして、もう一つ大事な条件。
「反抗的な者……ですか?」
イズファンさんが目を円くして私の言葉を反芻する。
「要するに、機嫌取りをしない方が良いです。私の顔色をうかがって、わざと負けられたりしたら訓練になりませんから」
「それはそうかもしれませんが……」
「心当たりある方は居ますか?」
その時、イズファンさんの目が一瞬泳いだのを、私は見逃さない。
「……居るんですね?」
「いえ、その……」
「その方を紹介してくださいます?」
「ルナリア様の奴隷になるにはふさわしくないかと……」
「ふさわしいかどうかは私が決めます」
「ですが……」
「イズファンさん。私自身の判断で失敗することも、お父様の教育ですわ。そこにイズファンさんの意図が入るのは、私もお父様も望むものではありません」
「…………」
「それとも、正式に命令する方が話は早いでしょうか?」
静かな小部屋の中、イズファンさんがわずかに息を呑む音だけが聞こえた。
「……大変失礼しました。少々お待ちを……」
「こちらこそ。脅すようなことを言ってごめんなさい。お父様に告げ口してくださって構いませんから」
イタズラっぽく言って、空気を和ませる。
汲んでくれたように、イズファンさんもわずかに口角を上げた。
「まるで王族の方とお目にかかったような気がしました……。そのお歳でその威厳、流石でございます」
「こんな小娘相手に、お口がお上手なんですから」
――ごめんなさい、イズファンさん。
レナを守る確率を上げるためなら、権力だろうがなんだろうが、使えるものは使わせてもらいます。
それからイズファンさんが帳簿をめくって行き、一人の奴隷のページを開いた。
=============
【ショコラ・ガーランド】
九歳。
狼系獣人、ガーランド家の長女。
ガーランド家から社会経験の一環として従事。
ガーランド家で高度な戦闘教育を施されており、戦闘能力は極めて高い。
気性荒し。
他の奴隷とトラブルを起こした際は無理に収めようとせず、イズファンか他の執事を呼ぶこと。
=============
以降は従事業務の時間や内容などが書き連ねられている。
その次のページには奴隷契約書が綴じられていた。
お父様の名前があり、その下には要するに『命令に従い反抗しません』『反抗した場合は殺されても文句は言いません』という意味の定型文。
最後にショコラの署名がある。
契約書には、契約の開始日と終了日も書いてあった。
開始が丁度三ヶ月前で、終了はそこから二年後。つまり、あと一年九ヶ月ほど。
「ご覧の通り、ローディ・ガーランド様のご息女でございます。近接戦でしたら、当家の奴隷の中でも随一でしょう」
ローディ様はお父様のご友人で、アルトノア皇国の宰相だ。
アルトノア皇国は海の向こうにある獣人の国。
各地で頻繁に『戦祭』と呼ばれる戦闘の大会が開かれ、多種多様な戦闘競技が盛んだという。
「いくら友人でも、一国の宰相の娘が奴隷になるなんて……」
前生でも居たはずなのに、全然知らなかった。
「ローディ様が旦那様に依頼し、当家の奴隷になったと伺っています」
――相変わらず豪放な方だ。
今生ではまだお会いしてないけど。
「親は仲が良くて、年代も同じくらい。普通なら『ふさわしくない』とは言わないと思いますが、なにか理由があるんでしょうか?」
「はい。
確かに、先ほど仰った条件はほとんど満たしているかと存じます。
……ですが、欠点が二つ。まずはご覧いただいたとおり、性格に難があります。
もう一点は……、実際にお目にかけていただくのが一番でしょう」
「今日お会いできますか?」
「ええ、そろそろ休憩時間です。その時にこちらに呼びましょう」
「休憩も大事な時間です。あまり無理強いしなくてよろしいので」
「かしこまりました」
そうしてイズファンさんは部屋を出て行った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「面白い」、「続きを読みたい」などと思っていただけましたら、
↓にある星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。




