10歳-5-
そんなことがあった、翌日。
――魔法剣を集中して鍛えるのは良いけど……、そうなるとセレン先生との授業で得るものは少ない。
セレン先生は攻撃魔法はほぼ習得してないから、魔法戦の訓練としてはいまいちだ。
(そもそもセレン先生は魔法戦を教えに来たわけじゃないし、しょうがないんだけどね)
ならば他から学ぼう、と思っても、魔法剣の教本なんて相変わらずどこを探しても見つからない。
――こうなると、とにかく実戦するしかない。
剣だけの時は素振りで我慢していたけど、『魔法剣』が使えるようになった今、実戦以外に上達する方法が見当たらない。
最悪、魔力剣は一人でも多少上達できると思う。木で的を作ったり、剣同士を戦わせたりして、練度を上げることはできる……気はする。
一番の課題は、エンチャントの方だ。
いくら武器を強くしたところで、使い手がダメダメなら意味がない。
(いつまでも素振りだけで、野盗からレナを守れるだろうか……?)
とてもそんな楽観できない。
というわけで他の訓練相手……、できれば近接戦に優れた者が欲しい。
(うーん、どこかに手頃な近接戦のエキスパートは転がってないかしら)
私兵団、というか戦闘を本職にしている人じゃダメだ。
『剣の師匠は付けない』というお父様との約束に抵触してしまう。
近接戦ができて、戦闘職じゃなくて、私の訓練に付き合ってくれる相手……
――そんな都合がいい相手、居るわけないよね……
そんなことを思案しながら、屋敷の廊下を歩いていた。
と、そこで反対側から翼人の奴隷が歩いてくる。背中から一対の翼が生えた、『イカロス』とも呼ばれる種族の方だ。
すれ違いざま「お疲れ様です」と声をかけた。
――『奴隷』――
人間の国のほとんどで採用されている、亜人の雇用形態。このオルトゥーラ王国でもそうだ。
亜人種……つまり、獣人、翼人、鬼人、巨人、エルフ、ホビットなどなど、人間では無い種族。
そんな亜人種が国内で唯一認められている職業が、奴隷である。
奴隷という名の通り、他の貴族や諸外国では酷い扱いをされることもあるようだが……
我がトルスギット家は違う!
お父様は獣人の国にお友達が居るし、お母様は昔ホビットに助けられたことがあるという。そんなお二人だから、奴隷の待遇は非常に良い。
だから人間の使用人とほとんど扱いも変わらない。
とはいえ奴隷の首輪は、法律で決められているから付けて貰うしかないんだけど。
首輪は、主に逆らったり危害を加えようとすると、強力な攻撃魔法を放つようになっている。
亜人種の多くは人間より身体能力が高いので、反乱を防ぐために義務づけられているのだ。
――そう。亜人の多くは、人間より、身体能力が高い……!
特に獣人などは顕著で、彼らは魔法戦より近接戦の方が長けている。
――近接戦の方が! 長けている!
「……よしっ!」
思い立ったが吉日。
くるっ、ときびすを返して、執事達の事務所に向かった。
「ルナリア様、どちらへ?」
エルザが不思議そうに振り返る。
「執事の事務所に行くわ!」
「かしこまりました」
何も聞かずエルザも着いてきてくれた。
コンコン。
事務所のドアをノック。
「どうぞ」
の返事で中に入った。
中にはお仕事中の執事が数名。
一番近くに居た若い執事が私の側に来て、一礼した。
「これはこれは、ルナリア様。いかがなされました?」
「突然ごめんなさい。奴隷を管理している方とお話がしたいのですが……」
「ルナ、どうしたこんなところに」
と、左から声をかけられた。
そちらには別の執事と話していたお父様。
「……お父様。いえ、実は一人か二人、奴隷を側に置きたいと思いまして」
「奴隷?」
奴隷の職務は屋敷全体に関することがメイン。家族一人一人と直接関わる仕事は任さないのが基本だ。
まあ我が家ではそうでもないけど。
「魔法の訓練相手になってくれる方を探しておりまして」
「……ルナは剣へのエンチャントと、魔力生成以外は不得手、と聞いているが」
「はい。ご存じの通り、剣にエンチャントをするのが私の主な魔法です。
ですが剣となると、セレン先生は専門外。魔法の訓練が滞ってしまっているのです。
なので、他に魔法の訓練相手が欲しいと思ったのですが……
どうしても『剣』が関わってしまうので、本職の方ではなく、奴隷の方にお願いできればと思ったんです。
私の剣は、あくまでお遊びですので」
そう言うと、お父様は右手を眉間に当てた。
「つまり、魔法の訓練と遊びをかねて、奴隷を側に置くということか」
「そういうことになります」
「遊び半分で奴隷と斬り結ぶ公爵令嬢か……。また突拍子も無いことを言い出しおって」
私は黙って、にっこりスマイル。
――ったく、なんで都合悪くお父様がここに居るのよ!
なんて気持ちは、心の底にふかーくしまって、出てこないようにしておくのだ。
「……『剣の師匠は付けない』という私との約束に、隙間を見つけたわけだ」
「はいっ♪」
元気よく答える。
気の利いた言い訳なんてできないので、『まだ幼い娘の、愛らしい笑顔ゴリ押し作戦』よ!
はあ、とお父様はため息をついた。
「分かった。予算の扱いはお前の教育の範疇。その奴隷にきちんと給金を渡して、安全面も配慮するなら文句は言えん。普段の仕事の邪魔にならないようにな」
「はい。その辺りは、セレン先生や執事の方とご相談させていただきます」
「イズファン、すまんがルナの話に乗ってやってくれ」
「はい、かしこまりました」
最初に話しかけてくれた若い執事が返事する。彼が奴隷担当の人だったらしい。
心の中でガッツポーズ!
――ふっふっふ。お父様、なんだかんだ娘に甘くて助かりますことよ!
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