14歳-5-
複数戦という意味では、ダンジョン演習と同じだ。
前衛がドーズ先生、後衛がギルネリット先生。私は中衛に近いポジションで、主に召喚獣を見つけてはそちらに移動し、倒していく。
ドーズ先生は『人殺しさせたくない』と、こういう役割分担にしたけど、実は理にもかなっていて。
召喚獣は多種多様な耐性を持つし、体格や素早さだってバラバラ。
けれど私はアナライズで弱点を看破できて、あらゆる属性を付与・生成できる。
補助魔法や魔力の足場を作れば騎士の脚では追いつけず、召喚獣に誰より先に攻撃できた。
一応、近・中・遠距離すべてできる私は、戦いが進むにつれて中衛兼遊撃とでもいうべき役割になっていった。
誰より戦場を駆け巡り、俯瞰して索敵や戦況確認も欠かさない。
「ドーズ、正面たくさん! 左からも4来てて、奥から魔法も狙われてる!
ギル、ドーズに魔法耐性! あと60度の方角から敵影4! まだ距離があるけど警戒!」
と指示すると同時に、鳥型の幻獣の群れを一閃で五体ほど消し飛ばした。
――そうして戦い続けていると、次第に敵の動揺が見て取れるようになる。
たった三人、しかも一人は子供。にもかかわらず、三十人あまりの人足で押されているからだろう。
と、そこで私もドーズ先生も無視して、殿下に突進していく大型の召喚獣が見えた。ライオンに翼が生えたような姿。
魔法耐性があるようで、ギルネリット先生の魔法でもその脚が止まらない。
急いで両足の筋力を補助魔法で底上げして、駆け出す。
「ギル、前お願い!」
ギルネリット先生が頷いて、私とスイッチするように前に出る。私が下がったらドーズ先生が完全に孤立してしまうからだ。
召喚獣が殿下……を守る護法剣に爪を伸ばす。
触れる直前、その胴体をガンガルフォンで斬り付けた。
召喚獣は雄叫びを上げながら横に吹き飛んで、岩盤にぶつかる。
ズルズル、と地面に落ちて、そのまま動かなくなった。
残心もそこそこに、再び索敵。
やっぱりドーズ先生が孤立気味になって、騎士だけでなく召喚獣にも取り囲まれつつあった。
また、ギルネリット先生が前に出たことに気付いた一部が、彼女を狙って突撃してきている。
「くっ、間に合え!」
ギルネリット先生の元へ向かう。
後衛の彼女が崩れれば敗戦必至。敵の前衛と接触させるわけにはいかない。
ドーズ先生の方は……あの人ならなんとかすると信じるしかない。
――陣形が崩れた今が最も危ない、早く立て直さないと……。
……と、私はそればかりに気をとられて。
ライオン型の召喚獣が再び動き出したことに、気づけなかった。
「きゃああああああ!」
真後ろから悲鳴がして、振り返る。
召喚獣の爪が護法剣に食い込んで、甲高い音と共に火花を散らせていた。
ガリガリッと音を立てて護法剣は地面を斬り削りながら、中の殿下ごと押される。
殿下は斜めになった護法剣の中で寝転がるように、体を縮こまらせていた。
「待てこの!」
後悔は後回し、陣形も仕方ない、なにより殿下優先だ!
再び私は全力でそちらに向かう。
殿下と護法剣が押し出されようとしている先は、崖。
私が辿り着くより一瞬早く、殿下と護法剣は宙に放り出された。
押し出された護法剣は四方に放り出され、殿下はなすすべ無く空中に手を伸ばす。
「殿下!!」
すぐに私も崖際を踏み切って、彼女に向かって跳んだ。
「ルナリア……!」
私の声に気付いた殿下が、こちらに手を伸ばした。
その手を掴む。
そのままたぐり寄せ、殿下を抱きかかえた。
すぐに魔力の足場を作って、崖から落ちた分を昇ろうと……
した瞬間、私たちに陰が落ちる。
見上げると、ライオン型召喚獣の爪が、すぐ目の前にあった。
「ぐぅぅっ!」
左腕で殿下を抱えたまま、右手のガンガルフォンでそれを受け止める。
が、そのとんでもない膂力に、あっさり足場から落とされた。
召喚獣はその翼を羽ばたかせる。空中で軌道を変えて、上から追撃してきた。
「しつこい、なあ、もう!」
迫る爪をガンガルフォンで逸らして、右手を翻す。
爪の根元を一閃、袈裟斬りに斬り落とした。
斬る瞬間、力が入って締め付けてしまったか、それとも血に反応してか、殿下が小さく悲鳴を上げる。
召喚獣は口を開いて、牙で噛みつこうとしてきた。
すかさずガンガルフォンを立てて、その喉に突き入れる。
「いいかげん、倒れろ!」
相手の勢いを利用して、奥へ突き刺す。
ごぼっ、と苦しそうに血が混じった呼吸。
召喚獣の力が段々と弱くなっていくのを右手に感じた。
……のは良いんだけど、私達より上にいる召喚獣。ぐったりと脱力したその全体重は、そのまま乗っかってくる。
「ちょっ……」
ガンガルフォンを咥えたままの召喚獣が、私の額に頭突きするような形で落ちてくる。
私の五倍以上はあるだろう体積と体重。そこにさらに重力が乗って、補助魔法を総動員してもなかなか振り払うことができない。
踏ん張りが利かない空中なのがさらに難しくて。
でも下手に足場を作ったら、それと挟まれて潰されかねない。
後ろを振り向くと、あんなに遠くに見えていた木々の先端が、もうすぐそこまで迫っていた。
「くっ、このぉ……!」
召喚獣の方が重いのなら、重力に任せた方が良い。
それに気付いて、私は突き刺さったままのガンガルフォンを軸にぐるりと体を回転させた。
召喚獣の体が下になる。上手くいった!
「よしっ」
右手を離して、召喚獣の腹を蹴って跳躍。
魔力剣を一本右手に生成、近くの太い木の幹に突き刺した。
普通だったら剣がすっぽ抜けてしまうか、右腕が脱臼するだろうけど、そこは補助魔法。問題なくブレーキがかかっていった。
「大丈夫ですか? 殿下」
降りる速度が緩やかになってきたところで確認。
「……ああ、大丈夫だ。助かった、ありがとう」
いつものキザなセリフ回しもなく、殿下は素直に答えて私に抱き付く力を強めた。
地面から50cmほどのところで、落下の勢いは完全になくなり静止した。
魔力剣から手を離して跳び降りる。空中で殿下を持ち直して、お姫様抱っこで地面に両足を付けた。
先に落ちた召喚獣はピクリとも動かないまま、少しずつ消えようとしている。
「……ごめんね」
勝手に呼ばれて、喉を突き刺され、もしかしたら死んでしまったかもしれない召喚獣に、小さく謝る。
殿下はそんな私を、黙って見上げていた。
召喚獣が完全に消えて、ガンガルフォンだけが地面に落ちる。
「殿下、立てますか?」
「ああ、降ろしてくれて問題ないよ」
殿下を降ろし、ガンガルフォンを手に取った。
鞘は置いてきてしまったから、剥き身で持っておくしかない。背中が開いたドレスで鞘を背負うと、すごく冷たいのだ。
「申し訳ありません、また脇に抱える形になってしまいますが……」
「気にしなくていい。君の脇はとても居心地が良いからね」
「いつもの調子が戻ってきたようでなによりです」
小さく笑い合いながら、私は殿下をまた左腕で抱える。殿下も私の背中に手を回した。
――上の戦況はどうなっただろう?
ここからでは様子を見るどころか、音もなにも聞こえない。
私は魔力の足場を階段状に生成し、一つずつ跳び乗って上に昇って行った。
 




