14歳-2-
その後は訓練の予定だったけど、どうしてもする気が起きなくて、今日は中止することにした。
「……今までごめんね、レナ」
レナの隣に座って、私はぽつりと謝る。
「でも、私にとっては誰より可愛い妹であることに変わりないから」
「ありがとうございます。私も、お姉様が誰よりお美しいと思ってますし、誰よりお慕いしております」
「レナ……」
そっと頭を撫でると、レナは嬉しそうに頬を緩めてくれた。
「姉妹というより、まるで恋仲のようじゃの」
いつものように足を組んだロマがそんなことを言う。
「世の姉妹というのは、こういうものなのか」
「色々な形があると思うけど……。ゼルカ様とギリカのところとかも、今は私たちと同じくらい仲いいと思うよ」
最近会った時のあの二人を思い出す。虐待があった頃が嘘みたいに仲良しだ。
……やや歪んでるかもしれないけど。
「なるほど。天涯孤独の身としては、少し羨んでしまうのう」
「それでしたら、私、ロマ様の妹にもなります!」
一瞬、全員の頭の上に?が浮かんだ。
「ロマ様には、早速助けていただきましたから」
「でもそれだと私もロマの妹になっちゃう」
嫌ではないけど、違和感はすごい。
「お姉様はそのままで、私だけでも」
「ずいぶん複雑な家系図じゃの」
レナはロマと私の妹で、でも私とロマは姉妹でもなんでも無くて……?
「いかがですか、ロマお姉様」
「ぐっ!?」
「ロマお姉様は、私が妹ではお嫌ですか?」
「な、なんじゃ、この胸の高鳴りは……。これが、妹……?」
――だから言ったのに。
レナの上目遣いに逆らえる人間なんて、この世に居ないのだから。
「……ルナリア、すまん。確かに、レナーラは世界一可愛いかもしれん……」
「ロマ様!? ロマ様までそうなったら、お姉様は誰が止めてくれるんですか!」
「違う、ロマお姉様じゃろ!? そう呼んでくれ!」
「ええい! レナは私の妹よ! ロマにはあげないもん!」
我慢できずレナを抱きしめた。
「別にくれと言うつもりはない! ただ妹になってもらうだけじゃ!」
「だからどんな状況よそれ!」
「お主の妹が言い出したんじゃろが!」
「お、お二人とも落ち着いてください!」
レナの仲裁で、私もロマは僅かに冷静さを取り戻す。
「シウラディア様もいらっしゃるんですから……」
言われて、私とロマはシウに目を向けた。
シウはどこか心ここにあらずといった風で、視線が集まって数秒してから、ハッと気がついたようだった。
「……あっ、ごめんなさい、なんのお話でしたっけ……?」
「いや、別になんの話でもない。つい盛り上がってしもうたというだけよ」
「そう、でしたか……」
ロマが言うと、シウは僅かに視線を落とす。
「どうしたの? 具合でも悪い?」
「……うん。実は、ちょっと……」
私と目を合わせようとしないまま、シウは濁すように答えた。
「大丈夫か?」
「……すみません、今日は、部屋に戻って休みますね」
言って、シウはゆっくりと立ち上がった。
「それが良い。送ろう」
とロマが立ち上がる。
「いえ、平気です。私の事は気にせず、どうかごゆっくり」
そうロマに向ける笑みは、どこか拒絶するようにも感じられた。
「そ、そうか……? 無理するでないぞ?」
「はい、ありがとうございます」
ロマに会釈すると、次に私達を見る。
「せっかくの機会を、申し訳ございません。この埋め合わせはまた今度……」
「ううん、気にしないで。それより本当に平気?」
「はい。少し休めば、良くなると思いますから……」
と言われても、気にならないわけもない。
――この子は無理しすぎる前科もあるし。
場を壊さないようにしてくれるシウの意向も汲んで、私とレナはそれぞれエルザとフランに部屋まで送るよう指示。
シウはそれすらもいらなそうだったけど、固辞することはしなかった。
「シウラディア様。後日、またお話しいたしましょう」
「はい、レナーラ様」
そう答えて、シウは部屋を出て行く。
ドアが閉じられて、私たち三人は視線を交わした。
「体調が良くなかったとは……。昼から一緒だったのに、全く気づけんかったわ。不甲斐ない」
「私も全然分からなかった……。シウはすぐ無理する子だから、注意しておかないと……」
「……似たもの同士……」
ぽつりとレナの呟きが聞こえる。
「? 何か言ったレナ?」
「いえ。シウラディア様、大事ないと良いですね」
私の胸の中で淡く微笑んで、レナは私を見上げた。かわいい。
†
~~【幕間】レナーラ・シウラディア~~
翌日の放課後。
今日は予定通り訓練に向かったルナリア、ロマ、ショコラの三人。
ルナリアの部屋に残されたレナーラとシウラディアは、期せずして二人になる。
「……昨日は申し訳ありませんでした」
シウラディアが謝る。
「滅相もありません。お加減はもう大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません」
「……シウラディア様、少し、お話しいたしません?」
「と、いいますと?」
レナーラは微笑んで、フランとセレンの方を向く。
「お二人とも、外していただけますか?」
「かしこまりました」
フランが最後に新しい紅茶を二人に用意した。
「扉の外でお待ちしております。ごゆっくりどうぞ」
と言い残して、二人は部屋を出て行った。
レナーラとシウラディアは、新しい二つの湯気を挟んで互いを見る。
「シウラディア様とは、以前からお話ししたいと思っていたんです」
「光栄です。レナーラ様の興味を引くお話ができるかは分かりませんが……」
「レナでいいですよ。様も要りません。お姉様と同じようにお呼びください」
「ですが私は平民で、レナーラ様は貴族ですし……」
「ふふっ、貴族のルールを言うなら、お姉様は呼び捨てで私が様付けされる方が変になってしまいます。なのでどうか、お願いします」
「……ありがとう、ございます。それではレナーラ様――レナも、シウとお呼びください」
「はい。わかりました、シウ」
レナーラは紅茶に砂糖とミルクを入れて、ティースプーンでかき混ぜる。
シウラディアは内心どうしていいか分からず、自分の紅茶に口を付けた。
「一年生に進学されてから、お姉様の手紙の中でシウの話が出るようになったんです。
すごく可愛くて、一目で心惹かれたとか。健気で、頑張り屋なところが好きとか」
シウラディアの動きが止まる。
可愛いとか健気は言われた記憶あるけど、一目で惹かれた、に少し頬が熱くなってしまう。
「長期休暇でお戻りになられたときも、時々シウの話が出るんです。もちろん、ロマ様や他のお友達のお話も出るんですが……
お姉様は、シウには少し、並ならぬ感情をお持ちのようで。シウのことを話すときは、少しいつもと違った風になるんです」
「違った風……ですか」
「口調に熱がこもる、といいますか……。どこか、決意めいたものを持っていらっしゃるような。そんな気がするんです」
たっぷりのミルクと砂糖を入れた紅茶を、レナーラはゆっくり飲んだ。
ほう、と美味しそうに息を吐いて、再びカップを下ろす。
一連の所作に思わず見とれている自分に気付いて、シウラディアは僅かにそちらから視線を逸らした。
「何度かシウがキスをしようとしたことも、聞き及んでおります」
ガチャン、とシウラディアのカップとソーサーが激しく音を立てた。
~~【幕間】レナーラ・シウラディア 続く~~




