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13歳-20-

 ギルネリット先生が部屋に戻ったところで、殿下は前のめりになる。

 

「ギルが戻るまでの時間稼ぎありがとう。これで込み入った話ができるな」

「時間稼ぎのつもりではなかったんですけどね……」

 

 とはいえ、私もこの話だけで終わる気は無い。

 

「私が聞きたかったのは、以前と変わらん。『なぜ女だてらに剣を取ろうと思った?』」

 それは今年の参謁の時、彼女から聞かれた質問だった。

「あの時は『才能があった』と『物語に憧れた』と答えていたな。

 だが、だとしても他に選択肢はあっただろう。なぜ、わざわざ剣だったのか、あらためて聞かせてくれるか?」

 

「はい。剣を選んだ理由は、その二つです。

 才能については、とにかく武力が欲しくて選びました」

「……武力? 選んだ?」

 

「はい。回生した時、枕元に手紙がありまして。

 そこには創造神様から、才能をくれると書かれていました。

 それで、考えたんです。

 前生では、レナ……妹が暴力に晒されて、心を病んでしまったので。今生では、守りたい、と。他人に頼るんじゃなくて、私が直接守れば良い、って、そう思ったんです」

 

「ああ、例のギガースを撃破したときのことか」

「はい、そうです」

「創造神は、君に才能を渡したのか」

「殿下はそうではないのですか?」

「特に何も無い。ただ記憶を引き継いだだけだ。私がニアピン賞だったからかもかもしれんな」

 

「確かに、『今回は特別キャンペーン』とか『一兆人の大台に乗った』とか書いてありました」

「それで、妹のために剣の才能にしたわけか」

「実は前生から剣術のお稽古が好きだったのもあるんですけどね 

「珍しいな。世間の女児は人形とか装飾とかを好むだろうに」

 

「はい。きっかけは二つ目の理由の、ある絵本なんです。剣士の女の子が、相棒の狼と冒険する物語。あれが大好きで、親にせがんで剣を習わせてもらいました。

 そうしたら、ドンドンのめり込んでしまって。結局前生では『女にふさわしくない』と取り上げられてしまいましたけど。

 だから今生では余計な筋肉付かないようにしたり、掌が硬くならないようにしたり、細心の注意を払って説得したんです」

 

「なるほど。その結果、その美しい肢体に鍛え上がったわけか」

「美しいかというと……。前生より育ちも悪い気がしますし」

「いやいや、スレンダーで素敵だよ。芸術品ですら再現できまい」

 

 さらりとキザなこと言い出す殿下。

 ――この人、男にも女にももてそうだな。

 男性から同じセリフを言われたら嫌だけど、彼女の口からならいやらしく感じない。むしろなんか似合ってる気がしてくる。

 

「ところで、その絵本というのはリンとロウのことか?」

「はい。ご存じですか?」

「ご存じも何も、あれは私が描いた物だ」

 

 ――……え?

「……え?」

 

(ちまた)の冒険活劇物は男子向けばかりなのが気に入らなくてね。

 一巻を描いたのは八歳の頃だ。前生ではあまり売れなかったし、今生でも描かないつもりだったんだが……。なんだかんだ、思い入れのある作品だったからな。つい、今生でも描いてしまっ……」

 

 私はたまらず、殿下の両手を包むように握った。

「大ファンです! 握手してください!」

 声が上擦ったけど、気にしてる場合じゃない!

 

「……いや、もう握手してるぞ。してるというか、されてるというか」

「うわあそうだったんですねどうりで再誕者戦のリンの表情が少し凜々しい感じというかカッコ可愛くなってたと思ったんですあもしかして二巻最後にロウに包まれて寝てるシーンが追加されてたのも今生になってからのアレンジですかもう最高にキュンキュンで最初アレ私前生でこんな良いシーン見逃してたのかなとか思っちゃってましたけどでも納得しました描き直して改良されてたからあんな最高のエンディングになったんですね本当に尊いですもうあそこだけ何回すり切れるほど読んだかいやでも五巻の中盤の雨の描写も替わってましたよねそのおかげでリンの苦悩というか大変さが伝わってきて読んでる方の心にもグッと来るものが……」

 

「お、落ち着きなさい、お茶が(こぼ)れてしまうから……」

 はっ、と手を離す。そういえば私と殿下の間にはお茶とお菓子が置かれてるんだった。

 

「……失礼しました。火傷などされてませんか?」

「うん、まだ零れてないから大丈夫」

 

 ――ああ、どうしよう。まさかリーゼァンナ殿下がリンとロウの作者だったなんて……

 今になって緊張してきた。

 今日、王女と話すとなっても緊張なんて全然しなかったのに。

 

「しかし、そうか。やはりあの作品がきっかけだったか」

 殿下はそこで微笑む。自嘲するように、けれど朗らかに。

「君というファンの一人を幸せにできたなら、今生でも描いて良かったと思わざるを得ないな」

 

「殿下……」

 ――なんて(かた)だろう。

 自分の作った物が巡り巡って、弟を危機に晒しているというのに。

 

 同じ立場だったら、私はこんな風に笑えるだろうか?

 読んだ者の幸せを、こうまで真っ直ぐに喜べるだろうか……?

 

「……それにしても、あらためてすごいな、君は」

 その言葉は、私の心中をそっくりそのまま反射されたようで。

 

「私なんて、別にすごくもなんともありません。むしろ殿下の方が」

「ふむ。それじゃあ、お互いすごい者同士ということか」

 

 言ってまた、殿下は楽しそうに笑った。

 

「君は自分で人生を切り開いた。

 女という不利な条件で剣を取って、本当に妹を助けて。

 その後も君は周囲を助け続けている。手放しで賞賛されるべきだよ、君という人間は」

 

「そう言ってくださるのはありがたいです。が、私は殿下目線、邪魔しただけでは……」

「悪魔の襲来から、ガウストやこの国を守ってくれるのだろう?

 それを成しうるなら、私が君達を殺そうとしたことは悪に間違いない。悪を邪魔することは、すなわち正義だ」

「殿下、自虐が過ぎます……」

「自虐ではないさ。これは客観というものだ」

 

 言って、殿下はカップに口を付ける。

 一口飲んで、ほう、と小さく息を吐いた。




「ところでルナリア」

「はい、殿下」

 カチャリ、と殿下がカップをソーサーに置く。

 

「ガウストと結婚する気はないのか?」


「えっと……」

「この場は無礼講だ。それに、先週庭でそれらしい話も聞いている」

「そうでしたね……。はい、そのような気ございません」

 

「相当嫌われたようだな、ガウストは」

「いえ、嫌いというほどではなくてですね。

 単に殿下とシウラディアは結ばれる運命なわけですし。

 それに前生では王太子妃の座に固執して破滅しましたので。もうこりごりなだけです」 

「ガウストに未練はない、と?」

「はい。正直言って、王太子妃になるの自分の意思ではありませんでしたから。殿下自身にはなんの未練もありません」

 

 ちらりとリーゼァンナ殿下を見る。

 ――殺人の主犯になってでも守ろうとした弟を無下にされて、内心気分を損ねてないかな……

 

「はっはっはっ、そうか。まあ、そればっかりは仕方ないな」

 豪快に笑って、殿下は立ち上がった。

 そしてバルコニーの奥、学園が望める手すりの方へ歩いて行く。

 

「アイツはちょっと想像力が足りないし、剣の才能も普通、頭もさして良くない。

 優柔不断だし、大きな胸の女性に目がない。

 王になるための勉強はマジメだが……はっきり言って器じゃない。

 私も、君にふさわしい男とは思わんよ」

 

 なんか聞いてるだけで不敬罪になりそうな発言オンパレードだ。

 

「それでも、私にとってはただ一人の弟。だからルナリア。改めて頼む」

 殿下がそこで振り返る。

「ガウストを悪魔の手から助けてくれ」

 

 私も席を立って、彼女へ歩み寄る。

「無論です、殿下。今生は好きに生きるのが信条なんです。

 言い換えると、欲しいものは全部手に入れる、です。

 私のせいでガウスト殿下を失うことなど、絶対にさせません」

 

「……ありがとう。自分を殺そうとした私の願いすら聞き入れる『好きに生きる』君に、最大の謝辞を」

 

 殿下は私に近づくと、膝を付く。

 そして私の右手を取り、その甲に口づけをした。

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