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蓮華【改訂版】  作者: 釜瑪秋摩
西浜防衛戦
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第6話 西浜の惨劇

 フッと深くため息をつくと、第五部隊隊長の長田鴇汰(おさだときた)は背負った鞘に大剣をおさめ、海を振り返った。

 なぜだか今日は、ジャセンベルの艦隊がやけに早く遠ざかっていくように感じる。


『今日のところは俺の負けだ』


 最後に斬り結んだとき、ジャセンベル軍の指揮官であるレイファーは、鴇汰に向かって忌々(いまいま)しそうに言い放った。


「ふん――。今日は、じゃなくて今日も、だろうが。これからだって俺は負けねーよ」


 今にも水平線の向こうへ消えそうな敵艦に向かい、鴇汰はつぶやいた。なんの縁があるのか、鴇汰の部隊はジャセンベルとの戦いが特に多い。必ず前線に出てくる敵兵の顔と名前も、いい加減覚えてしまった。

 毎回毎回、堤防の向こう側へは一歩たりとも踏み入れさせないのに、やつらは何度でも泉翔へ渡って来る。まったくご苦労なことだ。


 長年の戦争で大地は枯れ果て、資源も食糧もつきかけている大陸の人間にとっては、豊かな自然であふれるこの島が宝の山にでも見えるのだろう。

 かつては大陸で暮らした鴇汰にも、その気持ちがわからないわけでもない。


(だけどそんなのは、単なるないものねだりだ)


 くだらない戦争を続けていないで再生を図れば、泉翔と同じくらいの緑や資源を手にすることができると、大陸の奴らは知っているはずなのに。ないものは、あるところから奪ってでも手に入れよう……という大陸の国々の安易な考えかたが、鴇汰は大嫌いだった。


 幼いころ、逃げるようにこの国に渡ってきてから、島を大切に育んで人々の暮らしを守ろうとする信念に触れた。それ以来、鴇汰自身も心からこの国を愛おしいと、守りたいと思いはじめた。だからこそ、厳しい訓練にも耐えて腕をあげ、蓮華の印を受けてからは、幾度となく防衛を果たしてきた。


 なにがあっても、どこの誰が攻めてこようとも、この国を守っていこうと決めた。

 俺は絶対に負けない。


 潮風が血と硝煙の匂いを運んでくる。鴇汰は大剣を背負い直すと、緊張で強張った肩を回した。


「さて、と……動けるヤツは、怪我したヤツらを医療所まで連れていってやってくれ」


 堤防を振り返ると、隊員たちを集めて指示を出す。

 幸いにも今回の戦いでは部隊内で死者は出なかった。戦士として戦えなくなるほどの重傷を負った隊員もいない。

 それだけでホッとする。


「鴇汰さん!」


「おう、岱胡。今日は援護、ありがとうな」


 全力で駆けよってきて、肩で息をしている第三部隊隊長の長谷川岱胡(はせがわだいご)にこたえると、伸びをしながら後処理をはじめる隊員たちを(なが)めた。


「おかげで俺んトコも予備隊も、大した怪我もなかったし、誰も死なずにすんだよ。おまえんトコはどうよ?」


「うちも平気っスけど……そんなことより、北詰所から連絡が……すぐに西浜へ向かうようにって……」


「西浜? なんでよ? 今日はあっち、誰が詰めてんのよ?」


「修治さんと麻乃さんです」


「なんだよ、あいつらが出てんなら、なんの問題もないだろ?」


「それが、なにやら様子がおかしいんスよ。情報、少ないんスけど、ロマジェリカの軍勢がすごく多いらしいって……」


「俺らが援軍にでなきゃなんねーほど多いってのかよ? それに、ここからじゃ移動にかなりの時間が……」


 言いかけた鴇汰の言葉をさえぎって、岱胡はとにかく急げとまくしたてる。


「こっちには、徳丸さんが交代で向かってくれているそうです。第一のやつらが乗ってくる車で、そのまま西浜に向かって必要なら援護に入れって指示っスから」


 蓮華の一人で、第一部隊隊長の野本徳丸(のもととくまる)は、数日前の庸儀との交戦であちこちに怪我を負い、一カ月は戦場に出ないはずだ。

 それが後処理とはいえ駆り出されてくるとは――。


「俺とおまえんトコから二十ずつ。合計四十いればいいだろ。動けるやつを集めてくれ。すぐにな」


「わかりました」


 蓮華の中でも、第四部隊隊長の安倍修治(あべしゅうじ)と、第七部隊隊長の藤川麻乃(ふじかわあさの)は、かなりの手練れだ。

 いつも癪に障るほど、防衛を楽にこなしている。


(それなのに――俺たちが援軍に?)


 出ていったところで移動に時間がかかりすぎる。

 着いたころにはすべてが終わっていそうなものなのに。


(あの二人がいてもなお、援軍を出さなきゃならないほどって……一体、どういう状況なんだ?)


 胸の奥に重い予感が沈んでいく。修治と麻乃なら、通常の敵なら二人だけで十分すぎるほどの戦力だ。それが援軍を要請するとは――。


 数が多いという以外、なんの情報もないせいか、不安と焦りでイライラしてくる。

 西浜の方角に目を向けても、この北浜からではなにも見えない。

 遠くから低いエンジン音が響き、オフロード車と三台の幌つきのトラックが姿をみせた。


「鴇汰、話しは聞いているな? 休みで中央にいた梁瀬と穂高も向かったらしいが、どうも情報がはっきりしない。とにかく急いでみてくれ」


 徳丸は車の助手席から降りてくると、手早く隊員たちに指示をだしながら、後処理を始めた。


「ええ、予備隊は残していくんで、トクさん、すみませんけど、あとを頼みます」


 鴇汰は集まった隊員たちをトラックに振り分けて出発させると、岱胡とともに車に乗り込み、アクセルを踏んで一気にスピードを上げた。



-----



「おい……なんだよ、あれ……」


 通常、北浜から西区へ行くには、まず中央へ入るルートをつかう。

 けれど、こんなときには中央を通らず、脇道からトンネルを通って向かう抜け道をつかう。


 それでももう三時間はすぎているけれど、スピードを上げていたおかげで、かなりの早さで着けそうだ。


 トンネルを抜けてカーブを曲がる。

 差しかかった丘から、遠く西浜の方角に、黒煙が勢いよく上がっているのが見えた。

 車を止めた鴇汰は、急な寒気に身震いをした。


「あんなに燃えるようなもの、西浜にはないっスよね? 敵艦でも燃えたんスかね?」


「だといいんだけどよ……なにか嫌な予感がする。先を急ごう」


「森はダメっスよ。枝をよけながらじゃ、スピードが出せませんから」


 距離を稼ごうと、森を抜ける近道へ入ろうとしたところを岱胡に止められ、通常のルートを走った。

 西浜へ続く道をしばらく行くと、医療所へ向かう途中の穂高の隊員たちと出くわした。


 彼らの抱えている修治と麻乃の部隊のやつらは、かなりの傷や火傷を負っている。

 その中になじみのある顔を見つけ、鴇汰は急ブレーキをかけると車を飛び出した。


「麻乃んトコの川上か! 一体どうしたんだ、おまえ――」


 肩に手を置こうとして、ギクリとする。


(――腕がない)


 気を失っているのか、目を閉じたままで動かない。

 ほかの隊員もそろって怪我が重く疲労しきった顔をしている。


 聞けば、穂高と梁瀬の部隊が援護にでたけれど、その前に相当な苦戦を強いられていたらしい。怪我人をトラックに乗せ、急いで医療所に送るように指示すると、助手席からおりてきた岱胡に向かって叫んだ。


「穂高んトコのやつらも、そっちのトラックに乗せてやってくれ! 俺は先にいく!」


「ええっ!? 鴇汰さん! ちょっと待って――」


 車に戻って飛び乗ると、慌てる岱胡を置き去りにして、今まで以上のスピードで走り出した。途中、西詰所が目に入り、なにか情報を聞きに行こうかと思ったけれど、立ち寄る時間が惜しくてそのまま通りすぎた。

 さっきから、何度も爆発音が響いている。


(岱胡が言ったように、敵艦が燃えて爆発でもしているんだろうか?)


 目の前に見える、長く緩やかな坂をのぼった向こうに、西浜が広がっている。

 川にかかる橋を渡ろうとしたところで、また爆音が響いた。


「さっきからなんなんだよ!」


 舌打ちをしてつぶやくと、アクセルを踏み込む。

 登りきった丘の上から西浜を見おろし、鴇汰は息をのんだ。


 波打ち際に沿うように、黒い焼け跡がのびていて、まだ所々で燻ぶって煙をあげている。海風が焼け跡の灰を舞い上げ、普段なら美しい白い砂浜が戦場の惨状を物語っていた。

 響いていた爆音は砲撃だったようで、撤退していくロマジェリカの戦艦を追うように、その周辺にしぶきをあげていた。


 堤防沿いには、まばらに立ちつくす隊員たちが、砂浜には黒焦げになって折り重なるように倒れているたくさんの死体が見える。


(どうなってるんだ……? なんだってこんな……)


 敵が多く出てくると当然倒す数も多くなり、大勢の亡骸を見るのは鴇汰も慣れているけれど、こんな凄惨(せいさん)な光景は、長く見ていない。

 追いついてきたトラックから降りてきた岱胡は、鴇汰の隣に立つと砂浜を見おろした。


「ひどい状態っスね……穂高さんの所のやつらが言うには、みんな堤防までさがっているようです。とりあえず、そっちへ行ってみましょうよ」


「ああ、そうだな……」


 丘をおりる途中、焼け跡から少し離れたところで、修治と穂高がなにかをのぞき込むように腰をおろしているのが見えた。


(あいつらなにやってるんだ? あんなところで――)


 二人が立ちあがり、こちらを向くと、修治の腕に、ぐったりとした麻乃が抱かれているのが見えた。

 その姿を見た瞬間、全身から血の気が引いた。手も足も、力が抜けて震えている気がする。普段なら冷静な判断を下せる鴇汰だったが、このときばかりは違った。麻乃の無事を確認するまで、心臓が止まりそうなほどの動悸が続いた。


「岱胡……おまえ、先に向こうに……俺はあっち……」


 うまく言葉が出てこない。

 岱胡が怪訝そうな表情を浮かべているのを無視して、修治たちのところへ走った。


「鴇汰!」


 気づいた穂高が駆け寄ってきて、丘の上に目を向けるとホッとした顔をみせた。


「ちょうどよかった。車で来たなら、麻乃を医療所へ運んでやってくれないかな」


「死んでない……よな?」


「当たり前じゃないか! 左肩の傷がちょっとね……多分、出血しすぎたんじゃないかと思うんだ」


 穂高の答えに鴇汰は深いため息をもらすと、急いで車に戻ってエンジンをかけた。


「もう出血は止まっているようだが、あまり動かすとまた出血するかもしれない。ゆっくり向かってやってくれ。後処理が終わったら、俺たちも医療所へ向かう。それまで、こいつを頼む」


 修治が後部席にそっと麻乃を寝かせた。

 うなずいて麻乃に目を向けると、腕にも足にも火傷を負っている。

 できるだけ大きな揺れを出さないように、ゆっくりと車を走らせた。

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