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第8話 薬屋 HERBALIST 『きっかけ』

第8話 薬屋 HERBALIST 『きっかけ』


わたしは、魔法が苦手だ。


薬草屋の娘として生まれ、魔法使いや薬師とは度々会うこともあったが、わたし自身に魔法の才能があると思ったことはないし、その片鱗だって見えたことはない。

入学してもうすぐ三か月。みんなが浮かせている羽根ひとつ、わたしは動かせずにいる。手をかざしても、呪文を唱えても、魔力は指先で震えるばかりで“魔法を使った”という結果を得られない。


そんな日々で入学当時のやる気は無くなっていても、退学届を書くほど絶望せずにいられるのは……それはたぶん、“あの場所”があるからだ。


学校の敷地から小道を抜けた先。

石畳が土に変わるあたりに、ひっそりと建っている薬屋がある。

屋号はない。看板もない。けれどわたしたちは、そこを“ボーディ先生のところ”と呼んでいた。




彼は魔法の教師ではない。薬師であり、草を育て、患者に薬を調合する。

けれど、彼の草木の育て方には“魔法”がある。きっと、魔法なんだと思う。

わたしは週に1日だけ、その薬屋のお手伝いをしている。

その日、わたしはいつものように、ボーディ先生に「お手伝いに来ました」と声をかけた。


「薬草棚の整理をお願いできるかい?」

「はい!」


この日も、学校で見かける何人かの女子たちが、店内であれこれと薬草を見て回りながら……見て回っているフリをしながら、チラチラとボーディ先生に目線を送っている。わたしが手伝いを始めた当初は、やっかみの視線と、同じようにお手伝いをしたがる女生徒たちで結構大変だったけど、いまは落ち着ている。


わたしには商品である薬草類に関する知識があり、その知識を高めるべく日々精進していること。それに、お手伝い中、基本的にボーディ先生とわたしは業務に関するお話しかしていないこと。わたしがボーディ先生から特別扱いされている女の子というわけではないと分かり、自分と同じようにしつこく雇用を迫る他の女子を見て、その印象の悪さに気が付いた後は、まあ静かなものだった。(少なくとも表面上は……)


その日、在庫を確認しながら整理をする瓶の中に、見慣れないものがあった。

トゥルシーとラベルがついていて、リストを更新するために良く見ようとして、わたしが触れると――瓶が、かすかに震えた。


「あ、それ……反応したね」


と、いつの間にか後ろに居たボーディ先生が肩越しに顔をのぞかせて言った。


ぴょんっと飛びのいて、ボーディ先生から離れると慌てて周りを見回す。こんなところを見られて変な勘違いをされたら、あとで面倒なことになりかねない。

幸いなことに、営業中たまにあるお客様が誰もいない空白のような時間だったらしい。誰にも見とがめられずにすんだようだ。


「反応、って……?」

「トゥルシーは、人の意識に敏感な精草でね。意図せずに感情のかけらが触れることがある。

 君の魔力というよりは君が“見てくれた”ことに反応したんだろうね」


わたしは、薬草棚の前で目を閉じると、

まぶたを通り抜けてトゥルシーを見るくらいのつもりで意識を向けてみた。


すると、わずかに風の流れが変わった。瓶の中で葉が揺れた。

すぅーっと、呼吸が合ったような気がした。

わたしが魔法を使ったわけじゃない。けれど、確かに“何かが通じた”。




その翌週、わたしがいつものようにお店を手伝いに行くと、

いつもの優しい笑顔でボーディ先生が言った。


「君に、育ててほしい子がいる」


差し出されたのは、鉢に植えられた“トゥルシーの若芽”だった。

わたしがそっと手をかざすと、芽が、軽く反応を返してくる。

それは、ほんの少しだけおじぎをしてくれたようにも見えた。


「魔法を使えるようになるために努力することは、とても大事だけど、

 魔法を使えるようになることに執着してはいけないよ。」


帰り道、ボーディ先生から貰ったトゥルシーの鉢植えを抱えたわたしは、

最近めっきりなくなっていた“やる気”を一気に取り戻していた。


わたしは、まだ羽根ひとつ浮かせられない。

けれど、この芽となら、いっしょに風に揺られることができるかもしれない。



――それは、小さなことだけれど、わたしにとっては大きな“きっかけ”だった。

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