第7話 地下講義 UNDERGROUND CLASS 『知らないことは怖い、知ってしまえば戻れない』
第7話 地下講義 UNDERGROUND CLASS 『知らないことは怖い、知ってしまえば戻れない』
魔法学校の東棟には、使われていない講堂がある。
古びた木の扉、ひび割れた天井。だがその奥――誰にも知られていない“一つの教室”がある。
正式な記録には存在しない。教師にも報告されていない。
けれど、知っている者は知っている。
そこは、“地下講義”と呼ばれていた。
今夜も、細い通路の先に灯りがひとつ。
その教室に入ってきたのは、エトワール・ネリという名の少年だった。
魔法学校初等科の生徒で、成績は優秀。だが、どこかいつも遠くを見るような目をしていた。
「こんばんは、ノクス先生」
講義を行うのは、黒衣をまとった人物。名前も素性も明かさない。
ただ、“ノクス先生”とだけ呼ばれていた。
「ようこそ、エトワールくん。今日は“第三層”を扱おうか」
「第三層……精神界の下部構造、でしたね」
「そう。“夢を見る器”の下に眠る、“忘れられた知識”の保管所。
本来ならば触れてはならない場所。だが、そこには新たなる知見が隠れている」
ノクスの語る内容は、公式の授業では禁じられているものばかりだった。
精神構造の剖解、禁呪の転用、記憶媒体としての精霊の接続……だがエトワールはそのすべてに魅了されていた。
世界はこんなにも広く、深く、怖い。けれど、知ることでしか到達できないものが、ある。
彼の心の中には、かつて大切だった誰かの声が残っていた。見る者がみれば、いままさに呪いに変わりつつある記憶が、蠢きながら優しく囁く。ここにそれを指摘できるものはいない。
「世界の本当の形を、知ってみたくない?」
講義が終わった帰り道、エトワールは一人で中庭に出た。
空は曇っていて、星も見えない。
けれど彼は立ち止まって、静かに言った。
「……先生。僕は、怖いんです。知らないことが。何も知らないまま、終わるのが」
後ろには誰もいない。
だが、彼の影だけが、ほんの一瞬揺れた。
数日後。図書館の深層書庫に、ある記録が追加されていた。
それは、本来ならば失われていたはずの“第三層”に関する観察記録だった。
そしてその余白に、こう記されていた。
「知識は、誰かにとって毒であり、誰かにとって光である。
エトワール・ネリは、どちらになるだろうか」
署名は、なかった。




