第5話 修理屋 REPAIRMAN 『直すだけの魔法なんて、ない』
第5話 修理屋 REPAIRMAN 『直すだけの魔法なんて、ない』
ミレニアムには、地図に載っていない通りが結構ある。誰かの怠慢なのか、それとも誰かが勤勉だったのか、そんなことは知ったことではないが、とにかくそういうものなのだ。
時計塔の裏を抜けて、仕立て屋の裏庭を横切り、路地の奥を三回曲がった先。そこに小さな扉と歪んだ看板がかかっている。
“裂け目”と書かれたその店は、魔法道具の修理を専門に扱っている。けれど、看板の文字は半分ほど剥がれ、誰が見ても「営業していない」ように見えた。
それでも、噂を頼りに人はやってくる。
そして今日もまた、ひとりの客が現れた。
「これ、治りますか?」
少女が差し出したのは、ひび割れた魔法の手鏡だった。縁に施された細工は美しく、かつてはそれなりに高価な品だったとわかる。割れた鏡面は暗闇に覆われ、何も映していない。
店の奥から現れた修理師――セア・ウルヴは、痩せた青年だった。ぼさぼさの髪、煤けた指、機械油の匂い。そして、片方の目だけが琥珀色をしている。
「これは……感情反応型の映像記録鏡。随分古いな? おそらく初期の精霊共鳴式」
「はい。……母のものだったんです」
セアは鏡を受け取り、裏に表にひっくり返しながら状態を確認しつつ、少女に訊いた。
「ふーん、母……ね、直したい理由は?」
少女は答えに詰まったが、やがてぽつりと口にした。
「笑ってる母の顔を、もう一度見たくて」
セアは一瞬だけ目を細めて、それから静かにうなずいた。
「了解。三日後、同じ時間に来て」
その夜から、セアはひとりで修理に取りかかった。
鏡の内側に触れ、ギザギザに壊れた魔力の回路をなぞる。
「……まるで、心がひび割れているみたいだな。おもったより、骨が折れそうだ」
セアの琥珀色の目がわずかに光を帯び、いくつもの工具が細かく動いた。
過剰共鳴で映像が暴走し、部屋中に笑い声や悲鳴が飛び交う。だが、セアは慌てず、何度も魔力の流れを手でたどりなおした。
何度かの失敗があり……結局、修理には三日と、一晩かかった。
修理が間に合わなかったセアと、約束通りに来店した少女の様子については、一旦割愛させていただく。機会があれば、いずれ……。
「どう修理しても新品になることはない。いずれ遠からず、この鏡はもう寿命だ。
壊れかけたまま、いつまでも縛り付けておくもんじゃないと俺は思うがね」
出直してもらった少女が来店すると、セアは完成品をそっと差し出す。
「使える回数は限られているし、映せるものは今までに記録した“最後の感情”だけだ。
だけど……それを見てから、もう一度“何を映したいか”を、ちゃんと考えてほしい」
少女は小さくうなずき、鏡を受け取った。
鏡の中に映ったのは、揺れる草原、風に舞うスカーフ、そして――
笑っている、ひとりの女性。
少女は泣かなかった。ただ、しばらく鏡を見てから、静かに笑った。
後ろ姿を見送りながら、疲れ切ったセアは小さくつぶやく。
「今度から、カッコつけて無理な納期を言うのはホントやめよう。
あとテンパると、それっぽい分けわかんないこと言っちゃうのもやめよう」
店の奥では、工具たちがカチャカチャと笑うように音を立てていた。




