第12話 図書館 LIBRARY 『拾得物、栄光の未来』
第12話 図書館 LIBRARY 『拾得物、栄光の未来』
面白くもなさそうな、興味もなさそうな顔をして、1人の若者が図書館内を歩いている。
彼の名前は、ハルト・グラストーム。
ほんの30分前までこの時間は絶賛授業中の予定だったが、
講師の私的な旅行というふざけた理由で、履修している講義が急に休講となった。
空いた時間を持て余す中等科に所属する学生である。
暇つぶしに、特に目的もなく図書館へふらりと寄って、何となくふらふらと降りてくるうちに、
気が付けば人の気配がすっかり無くなってしまった。
図書館の深層にある閲覧制限区域。
本来であれば許可なく立ち入れないはずのエリアを彼は歩いていた。
「……もしかして、さっきのが閲覧制限区域の結界だったのかな?」
“ひとりごと”が誰もいない廊下に吸い込まれていく。周囲を確認して、彼は肩をすくめた。
ある特殊な魔法の特性を持ち、様々な思惑に振り回されてきた彼は、すっかり擦れた性格をしており、
いつもつまらなそうな顔をしている目立たない学生だった。
特に咎められることもなく、何か本を手に取るわけでもなく、ほどほどに時間を潰せた頃、
フロアの少し先に何かが落ちているのに気づいた。
誰かが落としたのか、何かに綴じられていたものが落ちてしまったのか、
千切れた綴じ穴、焦げたような縁、何かの書かれた紙が数枚。
まわりには関連しそうなモノは無く、落とし物なら届けてあげるかと拾い上げる。
落とし主が分かるようなことが書かれていないか文面に目を走らせると、脳内に大きな声が響いた。
――汝、栄光の未来を選び獲れ!
「は?」
次の瞬間、視界が裏返った。
◆ 第一の未来:大魔導学者
祝福の鐘が鳴り響く。
中央魔導塔の展望室。壇上に立つと、豪奢な錫杖をかかげて多次元魔力理論の完成を宣言する。
論文が経典のように扱われ、自身も教祖や神のように敬われる。
その言葉は遍く魔道学者にとっての福音となり、誰もがかしずき付き従う知の極致。
塔自体を震わせるような、湧き上がる喝采。止むことのない滝のような賞賛。
次代を切り拓く象徴。“新たなる魔道の系統”を樹立し、
遥か未来まで語り継がれるような偉業を成し遂げた姿が、そこにはあった。
(存在が示唆されているに過ぎなかった机上の空論を、裏付けのある確固とした理論に昇華する。
研究者であれば誰もが涎を垂らして飛びつくような、最高の未来。
およそ魔法の研究で望める最高の栄誉!こんな未来が約束されるとしたら……)
◆ 第二の未来:英雄魔術長
黒い外套が風に舞う。
大戦を終わらせた“新たなる戦術級魔術”の使い手にして勝利の象徴。全てを蹂躙する強大な火力、
誰もがひれ伏す様な圧倒的技巧。数多の民衆が英雄を一目見ようと詰め掛けている。
「司令官! サインを! 握手を! 詠唱を一節だけ!」
どこまでも並ぶ人々の群れ。祭り。像。歌。叫び。熱狂。熱狂。熱狂。
興奮に包まれる群衆を前に、微笑みながら人々の中を進んでいく。
阻むものは何もなく、群衆は割れ、何処までも真っ直ぐに道が続いている。
その先には遠く望む険しい山、そして山頂にそびえる仇敵の居城。
片腕を城に向かい伸ばすと、静かに詠唱をはじめる。
ズンッ!と重く低い音と、鈍く強い振動が1度だけ……
それだけで険しい山ごと敵地は塵へと変わっていた。
(敵対どころか抵抗することすら放棄せざるをえない隔絶した殲滅力。
魔道の実践を極めようとする者であれば、誰もが夢見るような強者の姿。
こんな未来があるのなら、手を伸ばさずにはいられない。)
◆ 第三の未来:豪商大富豪
人の背丈ほどもある大きなバルブを動かすと、ゆっくりと重厚な金庫のドアが開いていく。
収められているのは目も眩むほどの金銀宝石、
高価な美術品や魔道具の類が綺麗に並べられて陳列された棚。
時価総額を想像するのもバカバカしいほど、うずたかく積み上げられた財宝の数々。
「社長。これだけの財があれば、国の1つや2つは買えてしまいますよ。」
売り出した“新たなる革新的な魔道具”は僅かな期間で市場を席巻した。
1人1台、人によっては2台持つような普及率。
金が金を生み。今となっては何もしなくても毎月莫大な金額が増えていく。
普及率、定着率、開発力。どれも同業他社や新規参入を躊躇させる速度を誇り、
自ら開拓した市場を独占している。
(社会という枠組みの中で生活するのであれば絶対に避けて通れない制約を、
分かりやすく無視できる解放感。どんなモノでも手に入る膨大な量のカネ。
それによってもたらされる全能感や多幸感。何を手に入れたい?何を手に入れる?)
◆ 幻視、終了。
「……」
気づくと、彼は元いた書架の前にいた。手元の紙は3枚。
それぞれには先ほど幻視した未来が綴られている。
どの紙も最後はこう締めくくられていた。求める未来を選び!願え!さすれば未来は確定する……。
そのまま数秒、彼は無言で天井を見つめ――深いため息をついた。
彼はゆっくり階段を上り、カウンターに向かった。
受付には誰もいない。いつもならいる司書も今は不在らしい。
カウンターの端にある小さな木箱。“落とし物・忘れ物はこちら”と書かれた札が添えられている。
「雑な未来だったなぁ~」
彼はそこに、持っていた紙を全て置くと、
幾重にも分岐した未来をジャラジャラと引っ提げて――何事もなかったように立ち去った。




