第10話 温室 GREENHOUSE 『咲かせられない花、咲きました』
第10話 温室 GREENHOUSE 『咲かせられない花、咲きました』
ミレニアム魔法学校の裏庭には、あまり知られていない温室がある。
正式な施設名は“植物観察棟第2分室”だが、生徒たちはそれを“忘れられた温室”と呼ぶ。
古いガラス。湿った土の匂い。
精霊も寄りつかないこの場所を、ひとりの少女が掃除していた。
クラリチェ・ホーン
転入してきたばかりの初等科生徒で、魔力の流れが極端に弱く“魔法の適性は限りなく低い”と評価されている。……実際のところ、その評価には偏りがあるのだが。
適性が限りなく低い状態で何とかしないといけないことに変わりはない。
そして、それでも彼女は諦めたくなかった。
萎れかけの魔法蓮、成長の止まった光苔、芽の出ぬ種子精霊。
誰も世話をしていないのか、クラリチェが訪れるようになってから、まだ1度も誰かと温室で出会ったことがなかった。“忘れられた温室”は静かに時を刻むばかり。
それでもクラリチェは、毎日、水をやり、声をかけ、土をほぐした。
「咲かなくてもいい。でも、あなたたちが無駄な存在だなんて思いたくないの」
ある日、クラリチェが温室を訪れると、珍しいことに先客がいた。魔法学校にいれば、いや、ミレニアムにいれば知らぬ者はいない、それはトワイライト女史だった。
「あら?こんなところに誰かいるなんて、珍しいわね」
「そうですね。ちょうど、私もそう思っていました」
クラリチェの歯に衣着せぬ言葉には“忘れられた温室”の現状に対する憤りが感じられた。
出会い頭に、見当違いではあるが若々しい真っすぐな気持ちをぶつけられて、トワイライトは温室が小ぎれいな理由に気が付く。
「ここ最近、温室を見てくれていたのは、あなただったのね」
「先生……どうしてココは“こんなこと”になっちゃったんですか?」
「この温室に集められたのは“咲くはず”だったのに“咲けなかった”花ばかり。
そして、いつしか“咲かない花”と決めつけられるようになってしまった花たち。
魔法で咲かせても、根が腐るとわかったから、放置されたの」
「……でも、魔法じゃない咲かせ方もあると思うんです」
トワイライトは少しだけ笑って、温室の外に立ち去り際、こう言った。
「それはそうよね。魔法だけが全てではないもの」
それから三日後、朝の光が温室に射したとき。
クラリチェが育てていた植物の1つ。紫の球根から伸びた“咲かないはずの蕾”が、
静かにひとつ、咲いていた。
魔力は感じられなかった。けれど確かに、そこには美しさがあった。
クラリチェは、そっと日記にこう書いた。
「あたりまえのことなのに忘れてた。
野に咲く花の多くは、魔法なんてかけなくても時期が来れば咲く。
魔法でやる必要のないことは、魔法を使わなくても良いんだ……」
クラリチェ・ホーン
転入してきたばかりの初等科生徒で、魔力の総量が極端に多く“魔法の適性は限りなく高い”と期待をされていた。魔法使いの平均魔力を100とした計測で、彼女の魔力量は1,053という数値を記録している。
しかし、十人前を誇る魔力の出力が、1か1,053しかできないことがわかると、手のひらを返したように“魔法の適性は限りなく低い”と評価が改められた。
そして、それでも彼女は諦めたくなかった。