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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第9章:結ばれる想い

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第26話 父たちの決断①

 ハンス・フォルスター伯爵は、久々に全身の神経が張り詰めるのを感じていた。王都でも指折りの名門であるアルヴァトロス公爵家を訪ねるのは初めてではないものの、今回の目的はあまりにも重大だった。自分の息子が、公爵家の令嬢に求婚を申し込む――それは伯爵家にとって簡単には飲み込めない大きな話だ。


 夕刻のやや薄暗い時間帯、ハンスは書簡で連絡を取り合っていたアルヴァトロス公爵の招きに応じて、公爵邸の応接間へ通された。広々とした室内は白と金を基調とした優雅な内装で、床を覆う厚手のカーペットにささやかな意匠が施されている。


 迎え入れてくれたのは、公爵の執事らしき初老の男性だった。執事は慇懃(いんぎん)な態度でハンスをソファへ案内し、しばらく待つようにと言い置いて部屋を出る。聞こえてくる足音や戸の開閉から察するに、公爵家の侍女や使用人たちが慌ただしくしているらしい。


 ハンスはそれらを視界の隅に捉えながら、手荷物を膝上に乗せて深く息を吐く。王太子との騒動後、アルヴァトロス公爵家と伯爵家の関係は一見よい方向に向かっている。娘の名誉を取り戻すためにクラウスが奔走した結果、公爵家としても伯爵家を軽んじられなくなったという面があるからだ。しかし、実際にどのような形で二人の将来を認めるかは、また別の問題である。


 しばらくすると、扉の向こうから落ち着いた足音が響き、アルヴァトロス公爵が入室した。背筋を伸ばしたその姿は威厳があり、柔和な笑みの奥には慎重さを感じさせるまなざしが宿っている。


「ようこそ、フォルスター伯爵殿。忙しい折に足を運んでいただき感謝します。どうぞ、おくつろぎください」


 そう言って公爵が向かいのソファへ腰を下ろすと、執事がすぐに茶器を運んできた。香り高い茶葉の香気が、部屋にふわりと広がる。


 ハンスは軽く頭を下げ、笑みを返す。


「こちらこそ、公爵閣下のお時間を頂き恐縮です。わたしからお伺いしたいことも多く、まずはお礼を言わせてください。息子に対し寛容にご対応いただいたと聞き及んでいます」

「いいえ、むしろ礼を言うのはわたしの方かもしれません。娘の名誉を取り戻してくれたのは、お宅のご子息だと耳にしていますから。……もっとも、簡単に終わったわけではなく、多くの関係者に頭を下げて回る必要はありましたが」


 公爵の言葉には(かす)かな苦笑が混じる。ハンスとしても、その苦労は想像に難くない。王太子の件をめぐり、公爵家が勝利を収めたとはいえ、政治的な後始末は一筋縄ではいかないだろう。


「さて、本日こうして直接お目にかかったのは、クラウスの……求婚の件についてお話しするためでもあります。息子がご令嬢へ求婚を申し出るというのは、伯爵家にとっても大きな決断ですし、まずは公爵閣下のご見解を承らなければなりません」


 ハンスが慎重に言葉を選びつつ切り出すと、公爵はやや表情を引き締めた。おそらく、「いつかはこういう話になる」と予想していたのだろう。


 しばしの沈黙が流れ、応接室の窓からは橙色の夕日が差し込み、二人の影を薄く浮かび上がらせる。アルヴァトロス公爵は茶を一口すすり、視線をハンスへ戻した。


「正直に申し上げて、まだ戸惑いが消えていないのが実情です。娘が王太子との縁を失い、今回の騒動を経てやっと名誉を取り戻したばかり。そこへ伯爵家から求婚の話が出るとなると、政治的にも評判的にも様々な波紋があるでしょう」

「ええ。わたしも同意見です。伯爵家と公爵家の家格差に加え、ご令嬢の立場もありますから、我が家の次男が無条件に認められるはずもありません。ただ、本人たちの意志を尊重できる形に持ち込めるかどうか、何らかの道はないものかと思いまして」


 ハンスの言葉に、公爵は少し苦い笑みを浮かべる。


「お聞きの通り、わたしは娘の幸せを願いつつも、政治的に安易な判断はできない立場です。あの子が自ら選んだ道なら、できるだけ応援したいですが、家の将来や伯爵家との兼ね合いを軽視するわけにはいきません。……わたしとしても、悩ましいところです」


 そこには確かに父親としての愛情と、公爵家当主としての責任が絡み合っていた。もしレティシアが伯爵家の次男と結婚するとなれば、王太子との騒動後ということもあり、周囲の目は確実に集まる。応援する声もあるかもしれないが、陰で「かつては王太子妃候補だったが、格下へ嫁ぐのか」と(ささや)(やから)もいるだろう。


 ハンスは、公爵の苦悩を理解するように深くうなずいた。自分もまた、伯爵家の将来を考えれば、クラウスの暴走を阻止すべきとの声が一部で上がっているのを知っているからだ。


「わたしにしても、息子の思いを押さえつけることはしたくありませんが、伯爵家を背負う立場からすると、あまり波風を立ててほしくない気持ちもある。……しかし、あの夜会からの動きを知ったとき、あの子の強い信念を阻むのは無粋に思えるのです」

「そのお気持ちはよくわかります。わたしも娘があれほど強く行動する姿を見て、子が選ぶ道を全否定することは難しいと痛感しました。しかも、伯爵家のご子息が真摯に支えてくれたからこそ、あの子が立ち直れた部分もあると思っています」


 二人は思わず微笑み合う。意見の相違はあれど、共通の観点は「子どもたちを守りたい」という親心だ。周囲が何と言おうと、息子や娘の幸福を一番に考えたいという点では一致している。

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