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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第9章:結ばれる想い

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第25話 求婚と試練②

 そんな日々が続く中、ある夕暮れ時、レティシアは公爵家の廊下を歩いていると、ふと侍女から「クラウス・フォルスター様がお越しです」と告げられた。どうやら公的な要件ではなく、ささやかながら彼女に伝えたいことがあるという。


 レティシアは胸にどきりとした衝撃を受ける。すぐに会って話を聞くべきか、あるいは断るか――だが、今さら断る理由もない。気づけば彼女は自ら玄関に向かい、クラウスを応接室へ案内するよう侍女に指示を出していた。


 応接室に入ると、クラウスは緊張した面持ちで立ち上がり、レティシアを迎える。彼が(まと)う上着にはフォルスター家の紋章があしらわれ、普段よりもきっちりした服装だ。


 それだけで彼が何か大きな決意を持ってきたと察し、レティシアの心拍が速まる。


 しばしの立ち話の後、二人はソファに腰掛けた。クラウスは深く息をつき、レティシアの瞳を正面から捉える。


「本日は、どうしてもお伝えしたいことがありまして……。あなたのお父上ともお話しする気で来ましたが、まずはあなたに聞いていただきたい」


 レティシアは黙って耳を傾けるが、その表情には既に揺れが見える。クラウスの真剣さと自分の胸の鼓動が重なりあい、薄々「求婚」という言葉を意識している。


 彼は続ける。


「僕は、あなたとこれからの人生を共にしたいと強く思っています。公爵家と伯爵家との釣り合いは決して容易ではないでしょう。それでも、僕はレティシア様の隣に立ちたいんです。もし、その意思を認めていただけるなら……どうか、僕との婚姻をご検討いただきたいのです」


 その言葉が部屋に満ちると同時に、レティシアは息を飲んだ。やはり、予感していた展開とはいえ、実際に耳にすると心臓がはち切れそうなほど高鳴る。


 応接室の空気が一瞬固まる。レティシアがどう返すのかを、クラウスは固唾(かたず)をのんで待っているが、彼女はすぐには答えない。プライドが揺れ、不安が揺れ、喜びが揺れ、あらゆる感情がせめぎ合っている。


「あなたは……本当にわかっているの? それに、周囲がどう見るかだって……」


 しかし、レティシアはそこまで言って言葉を切る。政治的障害を挙げるのは簡単だが、それが本当の問題ではないことを、自分でわかっているからだ。もっと大きいのは、自分が本当に「彼と生きていきたい」と覚悟できるのか。その問いに対する答えを、まだ決めかねている。


 クラウスは苦笑交じりにうなずく。


「もちろん、承知しています。実際、父にも話をしました。僕があなたを求めるなら、それ相応の困難を覚悟しなければならないと。けれど、僕はあの夜会以来、あなたを失う選択をする気が起きないんです」


 レティシアの胸が痛くなるほどその言葉は強く、けれど優しい響きを伴う。プライド高い令嬢である自分を、こんなにも情熱的に守ろうとする人は、過去にいなかった。


「……そうね。あなたがその覚悟なら、わたしも無視はできないわ。でも、今ここで即答はできない」

「はい。たとえ答えが得られなくとも、僕は待つつもりです。あなたに『僕の隣に来てほしい』と伝えたかっただけですから」


 二人は向かい合ったまま、しばし静寂を共有する。応接室には、壁に掛けられた時計の秒針がカチカチと音を立てて、胸の鼓動を計るように響いている。


 レティシアは一息ついて言葉を返す。


「ありがとう。あなたのその想い、わたしも嬉しく思ってる。だって、ずっと昔、わたしが王太子との婚約を絶たれたあの日から、こうして誰かに強く求められるなんて夢にも思わなかったから」


 (かす)かな涙が浮かびそうになるのをこらえながら、彼女はわずかに微笑む。そんな姿を見て、クラウスは「あなたが王太子と結ばれなくてよかった、とは思わないけれど……わたしは今の状況を奇跡だと感じています」と正直に言いたかったが、そこまで口に出す勇気はなかった。


 レティシアはそっと首を振り、笑みを収める。


「わたしには立場もあるし、政治的に回りがどう動くかもわからない。だから、すぐに『はい』とも『いいえ』とも言えないの。ごめんなさい。でも、クラウスの真剣さは、痛いほど伝わったわ」

「ありがとうございます。僕は、レティシア様が答えを出せるときまで待ちます。もちろん、周囲との折衝が必要なら、伯爵家としても動いてもらうよう働きかけてみるつもりです」


 こうして、クラウスの求婚は完全な結論に至らないまま、ひとまず閉じられた。だが、それは拒絶されたわけでもなく、大きな可能性を残す形での「保留」だった。


 二人の間には、貴族社会という現実的な問題が大きく立ちはだかる。家同士の釣り合い、そして王家との関係。あれほどの騒動の直後だけに、軽率な行動はさらなる波乱を招きかねない。


 それでも、二人はもう自分たちの心を誤魔化せない。クラウスにとってレティシアはかけがえのない存在となり、レティシアも彼に寄りかかりたい気持ちを否定できなくなっている。


(わたしはもう、誰かに決められた人生を歩むつもりはない。あの時、王太子に一方的に捨てられた過去を繰り返すような選択はしない。……クラウスが本気でわたしを求めてくれるなら、その道を考えてみたい)


 レティシアはそう自分に言い聞かせ、彼の背中が応接室から出て行くのを見送った。その後ろ姿は少しだけ寂しそうだが、どこか未来への希望も感じさせる。


 求婚は決して容易に受け入れられるものではないが、完全に拒否もしない。政治的な試練や家格の差があろうと、二人がいずれ同じ道を歩けるかどうかは、今後の交渉と覚悟にかかっている。


 こうして、クラウスは自分の思いを伝える大きな一歩を踏み出し、レティシアもまたその想いに揺れ始めた。正式な答えを出すには、まだ多くの障害を乗り越えねばならないが、この求婚が二人の未来をより密接に結びつける可能性を秘めている。


 騒乱を経て結ばれかけたこの想いが、本当に実るかどうか――それはまだ誰にもわからない。けれど、二人がそれぞれのプライドと不安を抱えながらも、前へ進もうとする姿は、これまでにない強い意志を帯びていた


 伯爵家と公爵家。それぞれの駆け引きや周囲の声をどう乗り越えていくのか、今がまさに分かれ道だ。だが、レティシアの胸には「クラウスを失いたくない」という心が芽生え、クラウスは「レティシアの隣に立ち続ける」という決意を新たにしている。


 大きな試練を超えた先に、どんな幸福が待っているのか。互いにそんな予感を抱きながら、二人は別々の屋敷でこの夜を迎える。それぞれが抱く想いを胸に秘め、次の一歩を踏み出すための準備を進めるのだ。――やがて訪れるであろう、真に結ばれる瞬間を信じて。

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