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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第8章:騒乱のあとさき

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第23話 問いかけられる未来③

 一方で、王太子の威光が低下した影響は、王都の各所で表面化しつつある。次の王位継承に絡んで、もしエドワードが大きく信用を失った場合、彼の代わりとなる新たな勢力が必要になる。あるいは、別の派閥が力を増してくるかもしれない。


 そうした政治的な不安定要素が残る限り、レティシアに再び王家への復縁を望む者や、むしろ「もしエドワードが王となるなら、その後ろ盾として公爵家が必要」だと考える者は増えていくだろう。


 レティシアは、そこに巻き込まれる未来を想像して、わずかに眉をひそめる。もう、同じ(わだち)は踏みたくない。かといって、国の行く末に一切関与しないとも言い切れない立場だ。今や、彼女の名前はかつて以上に大きな存在感を持ち始めている。


「わたしが王太子妃になるはずだったと言われた時期が恋しいわけじゃない。けれど、あの頃の努力が無駄にならないといいわね……」

「必ず無駄にはなりませんよ。あなたが築いた知識や人脈は、これからの貴族社会で大きく生きてくるはずです。僕だって、その力を頼りにしようとしているのかもしれません」


 クラウスが冗談交じりに言うと、レティシアは小さく笑みを浮かべる。今は、まだ微妙な距離感を保っている二人だが、どちらも将来に向けて歩み寄りたい思いを隠せないでいる。ほんの少しの余裕と、ほんの少しの臆病さが、その歩幅を揃えにくくしているだけなのだ。


「ふふ、あなたの方こそ、次男という身分に甘んじず、自分の道を切り拓きたいのでしょう? わたしに力を貸すという名目であっても、いずれは大きな政治の舞台に身を置く覚悟があるのかもしれない」

「そうかもしれません。父には申し訳ないですが、僕は本当の意味で伯爵家の次男に収まるつもりはありません。それも、レティシア様に出会ってから決心したことかもしれませんね」


 レティシアは瞳を伏せ、心臓がどきりと高鳴るのを感じる。この先、クラウスが自分の隣にいてくれる未来は、決して夢物語ではなくなったのかもしれない――そう意識させられる瞬間が、日に日に増えている。


 もっとも、政治的な波乱が消えたわけではない。王家の継承問題が揺れるなかで、レティシアとクラウスがどういう形で世に関わるのか、多くの貴族が興味を寄せるところだ。


 彼らはその事実を自覚しつつも、今はまだふたりが共にある道を慎重に考えている。むやみに周囲の思惑に巻き込まれる気はないし、無理に関係を宣言するつもりもない。ただ、確かに「この先どうなるのか」を互いに問いかけ合う気持ちは残っている。


「今はまだ、わたしたち自身の思いをはっきり言葉にできないわね。でも……いつかは決断しなくてはならないんでしょうね。あなたも、わたしも」

「そうですね。まだ時期尚早かもしれません。でも、何があっても、僕はあなたを守りたいという気持ちだけは変わりませんよ」


 クラウスの力強い言葉に、レティシアは視線を外す。照れを隠すかのような仕草が、彼女の誇り高い姿勢とは対照的だ。


「……守りたい、か。クラウスのそういう情熱、少し羨ましく思う時もあるわ。わたしはいつも誇りと義務に囚われてばかりだから……」

「それでも、あなたはあなたのやり方で、多くの人を救ってきたはずです。少なくとも、あなたの家を――アルヴァトロス公爵家を守り抜いた。わたしはそれを敬意をもって見ています」


 空は、時が進むに連れて鮮やかな青を帯び始める。まるで二人の未来を暗示するように、開けた風景が見えてくるが、それはまだ遠い道のりなのかもしれない。


 それでも二人は、以前のように手探りで距離を保っているわけではない。己の気持ちに気づき始め、そして政治的にも社会的にも変化を迎える時期に差しかかっていることを自覚している。


 今、二人が問われているのは、「この先どうなるのか?」という周囲の声だけではなく、自分たちがどうありたいかという内なる問いだ。


 王家の評判が揺らぎ、貴族社会が妙に浮つく中で、レティシアとクラウスの姿勢が注目されるのは必然だろう。レティシアはかつての「王太子妃候補」という称号を捨てるのか、活かすのか――クラウスは伯爵家の次男という立場を超え、一人の人間として彼女の隣に立つと決めるのか。


 風に揺れる庭の木々を見つめながら、二人はまだ確たる答えを出せずにいる。それでも、以前よりはるかに深く、お互いをかけがえのない存在と感じ始めているのは紛れもない事実だった。


「少なくとも、わたしはあなたに頼りたいと思っているわ。たとえそれが政治的にどう転ぼうとも、あなたとの絆は何ものにも変えられない気がして……」


 レティシアが小さく(つぶや)くと、クラウスは優しく微笑む。


「僕こそ、その言葉が聞けて嬉しいです。焦らず、でも確実に歩み寄りましょう。いつかお互いの未来を具体的に語り合える日が来るように」


 その言葉にレティシアはうなずき、少しはにかんだ仕草で視線をそらす。これまで高みにいた彼女が、こうして自然に揺れる気持ちを見せるのは珍しく、周囲の侍女たちは遠目に微笑ましい光景を見守っている。


 やや政治的な不安定要素が漂いつつも、二人は確かに前へ進んでいる。互いを支え合うために繋がった手が、いつの日か新たな形となるのかは、彼ら自身にも分からない。だが、王太子エドワードの威光が落ち込んだこの混沌の時代こそ、レティシアとクラウスが自由に未来を描ける契機になるのかもしれない。


 ひんやりとした空気の中で、二人はもうしばらく庭を散策した。その横並びの姿は、周囲の政治的思惑を超えて、かすかなロマンスの予感を纏っている。どちらかが素直になれる日が来れば、この関係がどんな形へ発展するのか――それを誰よりも楽しみにしているのは、実は本人たちなのかもしれない。

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