第23話 問いかけられる未来①
夜会での衝撃から少し日が経ち、王都の貴族社会は落ち着きを取り戻すどころか、かえってざわめきを増していた。王太子エドワードの威光が顕著に低下し、彼への信頼が一部で揺らぎ始めたからだ。
噂の中には「王太子の判断力を疑う声」が徐々に大きくなっているものもある。もともと、寛容で聡明という評判だったエドワードが、セレナ・グランを盲信し、レティシア・アルヴァトロスを断罪した一件は、彼の支持者たちに大きな衝撃を与えた。その結果、「今後の王位継承はどうなる?」とざわつく者も増えているのだ。
もちろん、即座に次期王位を取り消したり、別の王子を擁立するような動きはない。しかし、大事なのは「エドワードが後を継いだとして、国を安定させられるのか」という疑念が、一部で囁かれ始めた事実にある。
王都の大通りを行き交う貴族たちも、「もしエドワードがこのまま王となるなら、セレナのような存在が再び紛糾を引き起こすのではないか」「公爵令嬢であるレティシアが本来、王太子妃に相応しかったのでは……」などと口にしており、その噂が広がるに従って、レティシアにも新たな視線や話題が向けられるようになった。
かつて、レティシアは「王太子妃候補」として社交界の誰もが認める地位にあった。だが、あの婚約破棄を機に日陰へ追いやられ、長らく不当な噂に苦しめられてきた。しかし、今になってようやく名誉が回復した結果、彼女を再び「王太子妃候補」と見る向きが出始めているわけだ。
もっとも、レティシア自身に、その気があるかは別問題。夜会での決着後、彼女のもとへも多くの声が寄せられている。中には「改めて王太子と婚約を結ぶ可能性はないのか」と遠回しに尋ねる使者もあれば、「あれだけの誇りと実力を持つのだから、次の王位継承にかかわる形で、もう一度王家に戻ってはどうか」といった奇妙な要望まで聞こえてくる。
アルヴァトロス公爵やレティシアの意向は定まっておらず、少なくとも彼女自身は王太子との関係を修復する気はないだろうと、周囲の多くは察していた。とはいえ、貴族たちが何を想像し、どんな政治的思惑をめぐらせるかは制御できない。レティシアは煩わしそうにしながらも、その動きを受け止めざるを得なかった。
「わたしが、今さら王太子のそばへ戻ると思っているの?」
公爵邸の控えの間で、そう小さく呟いたレティシアの眉間には疲労の色が浮かんでいる。立て続けにやってきた客の対応や書簡の山を裁きつつ、自分自身の将来を問われ続ける毎日に少し辟易していた。
だが、周囲がそう尋ねるのも無理はない。元は王太子妃として有力視されていた彼女が、いまや誤解から解放され、その誇りと実力を改めて示したのだから、多くの者が「新たな可能性」を勝手に思い描いているのだ。
そんな状況は、伯爵家でも同様に話題となっていた。特に、クラウス・フォルスターのもとには何人かの友人や知人が訪ねてきて、こぞって「今後どうするつもりだ?」と訊いてくる。
「クラウス、お前はやはり公爵令嬢と縁を深める気なのか」「いっそ政略結婚を申し込む案もあるのではないか」――興味本位で持ちかけられる話も多い。実際に公爵家と伯爵家の結びつきを画策する一部の派閥さえあるようだが、クラウス自身はそんな政治的思惑に振り回されるつもりはなかった。
「僕はただ、レティシアを守りたいんだ」
自室で一人、そう呟いてから、クラウスは目を伏せる。あの夜会以来、レティシアにとって自分は一体何者なのか――それを名乗る言葉は見つからないが、少なくとも彼女の隣に立つことはそう悪いことではないと感じている。
かといって、彼がこのまま婚姻を申し出られる立場なのかと問われれば、政治的に難しい点も多い。伯爵家と公爵家の格差もあるし、周囲の議論はまだ鎮まらない。
それでも、今のクラウスは「自分こそがレティシアを支えるべきだ」という思いを捨てきれずにいる。あれだけ懸命に名誉を守ってきた彼女を、いまさら王太子のもとへ返すなんて考えられない。その気持ちは純粋な好意に近づきつつあり、本人も自覚しかけているのだ。




