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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第8章:騒乱のあとさき

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第22話 伯爵家と公爵家②

 一方、 アルヴァトロス公爵家では、レティシアの父であるアルヴァトロス公爵が積極的に動き、王都のさまざまな方面へ働きかけを続けていた。もとより、王太子派閥と敵対するつもりはないが、誤った断罪を受けた娘の名誉を回復することは、家の矜持にも関わる重大事だ。


 公爵はこの機を逃さず、各地の有力貴族へ自ら書簡を送ったり、直接挨拶を重ねたりして、レティシアの潔白と正統性を改めて印象付けている。その筆致は非常に丁寧ながら決然としていて、「いかに王太子陣営が拙速(せっそく)な判断を下したのか」を婉曲的に示す形となっていた。公爵の確固たる姿勢に、多くの貴族は「さすがアルヴァトロス公爵」と納得している。


 レティシアが公爵邸の応接室で父に呼ばれたのは、夜会から五日目のことだ。


「レティシア、よくぞここまで辛抱していたな。今回の件でお前が負った屈辱は、わたしの手を尽くして償わせるつもりだ。ともに動いてくれた伯爵家の次男という青年にも、礼を述べる必要があるかもしれぬな」


 娘に向けられる公爵の目は優しい。長年かけて育てた王家との関係を損なわずに、こうしてレティシアを救う形へもっていけたのは、彼女の奮闘だけでなく、伯爵家の支えが大きかったことを悟っているからだ。


「ええ。わたしも、クラウス・フォルスターには感謝しています。もし彼がいなかったら、名誉回復までは辿(たど)り着けなかったかもしれません」


 レティシアの言葉に、公爵は静かに(うなず)く。王太子との対立を恐れず動いた行動力は、日頃の「穏当」な伯爵家のイメージを超えている。これから先、アルヴァトロス公爵家とフォルスター伯爵家の関係がどう変化するかは、政治的にも興味深いところだろう。


 夜会後の数日で、政治的な問題がすべて解決したわけではない。王太子の評判は大きく下がり、セレナが一時的に宮廷を離れるという噂も流れているが、それを今後どう処理していくかは王宮内部の問題として残されている。


 とはいえ、レティシア本人にとっては「自分の誇りを取り戻す」という最大の目的が果たされ、周囲から改めて敬意を払われ始めている。公爵家の侍女や家臣も活気を取り戻し、彼女を祝福する声が絶えない。


 クラウスにとっても状況は多少好転していた。伯爵家でこそ軽く冷ややかな視線は残るものの、夜会の一件をきっかけに「正義を貫いた者」として評価する貴族が増え、「伯爵家の次男だからと(あなど)ることはできない」という認識が広がりつつある。


「名誉を回復した今、わたしはもう少し自由になれるかしら?」


 レティシアは公爵邸の廊下を歩きながら、自分に問いかけるように(つぶや)く。これまでは周囲の冷たい目や陰謀に縛られ、動きづらかったが、いまは想像以上に身動きが取りやすくなっている。


 例えば、以前なら呼ばれもしなかった社交の集まりに、改めて招待が届くようになった。王都の貴族たちが、挙ってレティシアへの謝意を示し、関係を修復しようとしているのだ。もっとも、彼女にその気があるかは別の話ではあるが。


 さらに、クラウスとの関わりについても、公爵家内で大きく拒否する声は聞こえてこなくなった。いつかの夜会のように疑いの目を向ける使用人はほとんどおらず、むしろ「彼がいなければ、今回の決着はつかなかったでしょう」と賞賛する場面さえある。


 こうした変化は、レティシアとクラウスがかつて抱いていた孤立感をいくらか和らげ、二人に少なからぬ自由を与えていた。公爵と伯爵の家同士がどう政治的関係を結ぶかはまだ定まっていないが、少なくとも互いを敵視する理由はなくなり、むしろ協力を深める土台ができたと見る向きもある。


「やっと、あの陰鬱な日々から抜け出せたのね……」


 レティシアが窓辺を見やり、ぼんやりと言葉をこぼすと、一人の侍女がそっと近づいて微笑んだ。


「お嬢様、もし今後の予定が落ち着かれるなら、外出の回数も増やされてはいかがでしょうか。伯爵家のクラウス様とも、もう少し気楽に会う機会があっても……」


 侍女が意味ありげに微笑む姿に、レティシアはわずかに頬を染める。公爵家と伯爵家が今後どんな形になるか、それを考えるだけでも胸がどこかくすぐったい。


 こうした両家の動きが、政治の世界には微妙に波紋を及ぼす。王太子派閥でさえ、エドワードの低迷を機に立ち位置を見直そうとする貴族が多く、今後の派閥再編に興味を抱きはじめているらしい。


 事件後の騒乱が収まらぬうち、いくつかの派閥が新たな提携を模索し始めており、アルヴァトロス公爵がどこへ傾くかを注視する声もある。


 レティシア自身は父の意向に沿い、これからの政治的動向を静かに見極める方針をとっているが、その一方で、限られた範囲とはいえ社交の場にも顔を出し始めていた。夜会での堂々たる姿が話題となり、多くの招待状が公爵家へ届いているのだ。


 クラウスは、そんなレティシアが一歩自由を取り戻したかのように輝いているのを知って、胸の奥にかすかな安堵を抱いている。これまで孤立しがちな戦いだったが、二人で乗り越えたことで手に入れた平穏は、やはり格別だった。


 もちろん、これで完全に落ち着いたわけではない。王太子との和解や、セレナの今後に関してはまだ不透明な部分が多い。だが少なくとも、二人が怖れてきたような悲劇的な結末は回避されたと言える。


 そして今、アルヴァトロス公爵家とフォルスター伯爵家は、あらためて互いの存在を認め合っていた。政治的にどう結実するかは未定にしても、レティシアとクラウスという二人が一つの道を切り拓いた事実が、確かな絆を生んだのだ。


 こうして、騒乱のあとさきに見えるのは、新しい関係性と、まだ小さな不安の共存。周囲の変化はまだ進行中であり、レティシアとクラウスの将来もはっきりと約束されたわけではない。


 それでも二人は、ひとまず大きな嵐が過ぎ去ったことを感じ、今は次なる一歩を着実に踏み出せるだけの余裕を持ち始めていた。二人の間に生まれた特別な感情を自覚するには、もう少し時間が必要かもしれないが、少なくとも互いを縛るしがらみは一つ消えたのだと、レティシアもクラウスも肌で感じている。


 騒乱のあとさき――王都の空は、変わらず清々しい風を吹かせ、まるで彼らの未来を祝福しているかのように思えた。もし次の嵐が訪れても、今度は二人でなら乗り越えられると信じられるだけの実績を手にしたのだから。

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