第20話 暴かれる真実②
クラウスが続けて手にした書簡を示す。そこには、王太子派閥の取り巻きがセレナに指示を出したと疑われるやり取りが具体的に書かれており、日付や金銭のやり取りまで克明に記されている。
「ここにある書簡の写しは、王太子殿下が直接書いたわけではないかもしれません。しかし殿下の取り巻きがセレナ様と連携し、レティシア様を陥れる話し合いを続けていた事実が含まれています。このように具体的な形で残っている以上、ただの風説と言い張るのは無理があるのでは?」
堂々たる調子でクラウスが問い詰めると、エドワードの眉間に汗がにじむ。まさかここまで詳細に証拠を用意しているとは予想していなかったのだろう。
「……王家の名誉に泥を塗るのか。きみたちは何を考えているのだ。そんな行為は許されないぞ!」
王太子としての威光を振りかざすようなその言葉に、一部の貴族は恐れを抱くように身を縮める。だが、レティシアはその態度を真正面から受け止め、まるで挑むように声を張る。
「王家を敬う気持ちは変わりません。ですが、もしも殿下が真実を捻じ曲げ、セレナ・グラン嬢の嘘を見逃した結果としてわたくしが悪者にされているのだとしたら、それは国全体にとっても不名誉なことではなくて?」
その問いに、エドワードは返す言葉を失う。周囲の貴族たちはすでにただならぬ事態に気づき、息を詰めて二人のやりとりを見守っている。セレナはクラウスの手にある書類を見て青ざめ、どう言い逃れればいいか定まらないのか、潤んだ瞳を余裕なく泳がせるばかりだ。
「ま、まさか……そんな、わたしがいつ、嘘など……」
しかし、その涙ぐむ演技はさすがに通用しない。すでに具体的な書簡や証言が提示されているのだ。セレナが言い訳を続けようにも、言葉が支離滅裂になっていくのは避けられなかった。
貴族たちの間には動揺が広がる。「あのセレナが嘘を?」「王太子殿下は真実を見極めず断罪してしまったのか?」――声に出して言えない者も多いが、恐れるよりも好奇心が先に立つ者も少なくない。
レティシアはさらに続ける。
「わたくしがこれまで『いじめを行った』とされる時間帯、場所、状況。そのどれもが実際のわたくしの行動と合致しません。セレナ・グラン様が事実無根の話を作り上げ、それを王太子派閥が後押ししていたのなら、残念ながら殿下にも責任が生じるのでは?」
その指摘に、エドワードの頬がわずかにひきつる。場の空気は、もはや誰が主導権を握っているのか曖昧になり始めた。王太子派閥の取り巻きたちも顔を見合わせ、どうやってこの事態を収拾すべきか測りかねている。
クラウスが最後の一押しとばかりに踏み込む。
「殿下、あなたは『王家の名誉』を理由に、公爵令嬢を断罪した。けれど、その名誉を最も損ねていたのは、セレナ様とともに虚偽を拡散した方々ではありませんか? 王家が誤った情報を信じ、何も確かめずに真実を捻じ曲げたのなら、それこそ王家にとって不名誉です」
多くの者が思わず息を呑む。滅多にない光景だ。伯爵家の次男が王太子を公に責め立て、さらには具体的な証拠を提示している。エドワードが反論しようと口を開くが、言葉は出てこない。傍らのセレナは、完全に言い訳を失って俯いたままだ。
ここでようやく、周囲の貴族たちが反応を表に出し始める。ざわざわと強まるささやき声の中には「確かに、セレナの話には無理があった」という意見や「王太子殿下があのような行動を取るとは……」という驚きも混じる。
「そんな……信じられない……」
「もしかすると、王太子殿下はセレナに騙されていたのでは?」
「いや、もし殿下が騙されていただけなら、こんなに大々的にレティシアを悪者にはしないでしょう?」
そうした声が飛び交う中、レティシアは胸の奥で大きく息を吐いた。この日のために、どれほど準備を重ねてきたか。幾人もの協力者が勇気を持って証言してくれている。それを今ここで示さずして、いつ示すというのだ。
彼女が再度声を張る。
「殿下、今一度お尋ねいたします。セレナ・グラン嬢の言動に矛盾がある以上、『わたくしがいじめを行った』という断罪は誤りだったと認めるべきではなくて? あるいは、このまま無理を通して王家の信頼を損ねてもよろしいのかしら」
堂々と告げられたその言葉に、エドワードの顔色は明らかに変わる。まさか公然と、ここまで責め立てられるとは思っていなかったのだろう。しかし、今さら取り繕うにも隠し通すにも、決定的な証拠が次々と示されている現状では厳しい。
「……わたしは……!」
王太子が声を震わせかけたとき、セレナが彼の袖を強く掴む。涙に濡れた瞳で何とか言い逃れようとするかのように口を開こうとするが、どんな言葉も「虚偽」として暴かれるのではないかという恐怖が彼女の体を硬直させる。
会場のあちこちから貴族たちの驚きの声が上がる。「これほどまでに事実をねじ曲げていたなんて」「本当にレティシア様が誤解を受けていたのでは」――そんな言葉が、公然と聞こえるようになってきた。
レティシアは一瞬、クラウスと視線を交わし、わずかに頷く。全身に緊張が走っているが、それ以上に勝利への手応えを感じていた。
エドワードはようやく意を決して言葉を出す。
「……わたしは、セレナを信じたいと思っていた。彼女が弱い立場であり、貴族社会で苦しんでいると知っていたから……だが、もし彼女が意図的に嘘をついていたのなら……!」
その声には怒りと動揺が交錯している。実際に、王太子派閥の中でさえセレナを擁護する根拠が崩れつつあるとわかると、誰一人として公に援護射撃をする者は現れない。エドワードは事実上、孤立していくのを感じ取らざるを得なかった。




