第20話 暴かれる真実①
大広間の中央に設けられた壇の上で、王太子エドワードはセレナ・グランの手をとり、穏やかな口調で夜会の開幕を告げていた。周囲の貴族たちは手元のグラスを傾けながら、ふたりが示す「優美な情景」に視線を注いでいる。だが、その空気がただの祝福だけで終わるはずはなかった。
貴族たちは既に気づいている。レティシア・アルヴァトロスとクラウス・フォルスターが、今宵いったい何をしようとしているのかを。まるで嵐の前の静けさのように、宴席に漂う期待と緊張が、天井の燭台の灯をかすかに揺らしているかのようだった。
そんな中、エドワードがセレナを「正しき伴侶」として紹介しようと語り始めた瞬間、レティシアは静かに手元のグラスをテーブルに置いた。クラウスもそれを合図と感じ取ったのか、ごく短く息をのみ、用意していた書類の束を確かめる。
場のざわめきが一瞬途切れたところで、レティシアが足を進める。銀色の髪がきらめきを伴って揺れ、大広間の視線を一気に奪った。
「王太子殿下、ひとつお伺いしたいことがございますわ」
その声は決して大声ではないが、厳かな響きをもって静寂を打ち破る。注目が一斉に彼女へ向き、クラウスはさりげなくレティシアの隣へ寄り添うように移動した。
エドワードは彼女の姿を見とめると、一瞬だけ表情にこわばりが走ったが、すぐに柔和な笑みを取り繕ってみせる。
「レティシア・アルヴァトロス……よく来たね。何か言いたいことがあるなら、聞こうではないか。今は、わたしとセレナの喜ばしい場のはずだが」
セレナは心配そうな表情を作ってエドワードの腕にすがる。傍目には、「か弱い娘が王太子殿下を頼っている」という図式ができあがっているが、レティシアはその眼差しをまっすぐ受け止め、あえて穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ、わたくしには先ほどの殿下のお言葉に少々引っかかる部分がございまして。セレナ・グラン様を『正しき伴侶』と仰るのは、何を根拠にしておられるのかしら? 『いじめを受けた被害者』だとされるお話でしょうか。それとも、わたくしを『冷酷』と断じる貴族たちの噂でしょうか?」
周囲がささやき始める。レティシアが公の場でエドワードの決断に疑問を呈したことは、まさに一触即発の事態だ。だが、当の王太子は少しも表情を崩さずに答える。
「わたしはセレナが受けた苦しみを直接見てきた。噂や風評に基づくものではなく、彼女は本当にあなたからひどい扱いを受けて涙を流したのだ。その事実こそが、わたしの行動の理由だよ」
その言葉が響いた次の瞬間、クラウスが紙束を取り出して前へ一歩進んだ。壇上ではなく、あくまでレティシアの隣に立つ形だが、その存在感は十分に人目を引く。
「王太子殿下、失礼ながらその『事実』とやらには、いくつかの重大な矛盾がございます。セレナ・グラン様が語っていた日時と場所における彼女の行動、それを証明する記録があまりに食い違いすぎるのです」
クラウスの声は凛としていて、久々に会場にいる多くの貴族たちが「伯爵家の次男」にここまで迫力があるのかと驚いたように視線を向けている。
「矛盾……というのは、何を指す?」
エドワードの表情がかすかに揺れる。その隣にいるセレナも、クラウスを睨みつけるようにして目を細めた。
そこでレティシアが軽く顎を上げ、周囲に示すように持っていた書簡を開いた。
「これをご覧ください。ここには、セレナ・グラン嬢が『わたくしから呼び出され、侮辱を受けた』と訴えている日取りの詳細が記されています。けれど実際には、わたくしはその日時に公の会合へ出席しておりました。同席していた貴族の名前はこことここに記載され、署名もあります。どうして、わたくしが二つの場所に同時に存在できるのでしょう?」
レティシアの言葉に、何名かの貴族が声を上げる。「それは確かにおかしい」「わたしもその会合にいたが、あの夜はレティシア様を見かけた気がする」といった断片的な証言が、ざわつきとともにあふれ始めた。
セレナは微かに唇を震わせ、王太子を横目で見やるが、エドワードも冷静さを保てないのか言葉が詰まっている。
「まさか、その会合が終わってからあなたに会ったのでは? そういう可能性もあるだろう?」
必死に言い返そうとするが、クラウスはさらに書類を広げ、冷静な口調で言葉を重ねる。
「いいえ。セレナ様の主張には、時刻までが明確に記されています。そしてその時刻に、レティシア様は会合の中で議題について発言していた記録がある。どうやって同じ時刻に別の場所へ行けるというのでしょうか」
周囲の貴族たちから、思わず笑いを含んだどよめきが起きる。セレナの顔が青ざめていくのが誰の目にもわかった。
「そ、そんな、わたしはあの日、はっきりとあなたの声を……!」
「では、どこでわたくしを見たというの? 具体的に説明してくださるかしら。……ああ、別の方にも覚えがあるはずよ。セレナ・グラン嬢がその場にいなかった、という証言をしてくださる方が」
言い終わるか否か、ドレス姿の令嬢が一人進み出た。レティシアに仕えている侍女の親族という女性で、彼女は落ち着いた声でセレナの「その日」の行動を否定する証言を始める。
「その日は、セレナ様が実はまったく違う場所へ出向いていたという話を知人が聞いております。わたしも当時不思議に思っていましたが……どうやら、王太子殿下の派閥の方々と密会していた可能性が高いのです」
会場がさらにざわめく。さまざまな風評が飛び交う中、エドワードは王太子としての意地を保とうと声を張り上げる。
「下らない噂だ。セレナを陥れようという偽りの話ではないのか? 『王家への反逆』を目的としているのではないか?」
その一喝に息をのむ貴族が多い。やはり王太子の地位は大きい。容易に否定はできない。だが、ここでレティシアが一歩も退かないのは、すでに覚悟を固めているからこそだ。
「殿下、偽りかどうかは、こちらが提示する証拠や証言をすべて確認していただけばわかるはずです。あなたがセレナと共にわたくしを悪者に仕立てるため、どのように噂を流したか――その足跡は消えずに残っていますから」




