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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第6章:公爵令嬢の逆襲

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第17話 深まる絆①

 朝の霞が晴れ、書庫の窓から射し込む柔らかな陽光が資料の山を照らしていた。レティシア・アルヴァトロスは、つい先ほどまで机に向かって書類を読み込んでいたが、ふと一息つこうと椅子の背にもたれる。先日、決定的な証拠を手に入れたものの、それを実際に公の場へ示すには幾多の障害を乗り越えねばならない。何度も練られている対抗策を更に緻密に整える作業は、神経をすり減らすようだった。


 同じ頃、クラウス・フォルスターが書庫の扉を開けて入ってきた。少し疲れが見えるが、その目には相変わらず強い決意が宿っている。彼が遅くまで奔走しているのは、誰の目にも明らかだ。


「おはようございます。体調はいかがですか?」


 そう声をかけたクラウスに、レティシアは「大丈夫よ」と淡々と返す。だが、彼女の表情にはほんのわずかな倦怠(けんたい)の色が浮かんでいる。


「……あなたこそ、顔色が優れないわね。ちゃんと休めたの?」


 逆にそう問いかけると、クラウスは少しばつが悪そうに視線を外す。


「実は、あまり眠れませんでした。新しく手に入れた証拠をどう扱うか、ずっと考えていたものですから……。あとは、どうやら伯爵家の中にわたしの行動を監視している者がいるようで、少し嫌な噂も耳にしてしまって」


 そう言って苦笑する彼の姿を見たとき、レティシアの胸にわずかな痛みが走った。自分のためにここまで奔走し、時には家族や使用人からも(うと)まれかねない立場になっている。その事実を意識すると、申し訳なさと共に「この人にはもう少し楽になってほしい」というささやかな感情が芽生えてくる。


「あなたにばかり苦労をかけているみたいね。でも……ありがとう。こうしてわたしの(そば)で動いてくれることが、どれほど心強いか」


 つい本音を漏らしてしまったことに気づき、レティシアは小さく息をついた。これまで、彼女が自分以外の誰かに頼りたいと思うことは少なかった。だが、クラウスが行動を共にしてくれている今は、その感覚が少しずつ変わりつつあるのを自覚している。


 一方、クラウスもまた、レティシアの言葉にほっとした表情を浮かべる。彼女からの感謝はいつも素っ気なく、どこか距離を保っている風だったが、いまはほんの僅かに柔らかい響きが混じっているようだ。


「僕は、自分が正しいと思うことをしているだけですよ。あなたの名誉を取り戻したい、それだけで動いています」


 そうは言うものの、実際には夜も眠れぬほど思い悩み、王太子派閥や自家の監視に抗いながら日々を過ごしている。だが、レティシアの強い眼差しに触れるたび、彼はこの道を選んだことを後悔しない自分に気づく。むしろ、彼女が笑ってくれるのなら、自分にできる限りの支えを送りたいと思えてしまうのだ。


「ねえ、あなた……伯爵家の次男として、この戦いに踏み込むのは覚悟のいることだったでしょう。今さら言うのもなんだけど、本当にありがとう。わたしのためだけじゃなく、あなたの正義感のためにも行動してくれるのは……わたしも救われる思いよ」


 レティシアがそう言いながら、彼から少し視線を逸らす。言葉は感謝の内容を含んでいるが、その言い方は不器用なままだ。しかし、クラウスには彼女の心情が十分に伝わった。


「僕はあの夜会で見たあなたの姿が忘れられなかったんです。あれほど多くの人に責め立てられても、あなたは最後まで凛としていた。……それを見て、何もせずにいるのは嫌だった。もしあの場で何も言わずにいたら、一生後悔していたと思います」


 彼がまっすぐな口調でそう述べると、レティシアは一瞬言葉を失う。あの夜会で、誰も味方してくれなかったあの瞬間……唯一声を上げてくれたのがクラウスだった。その事実が、いつの間にか彼女の心に小さな火を灯していると感じる。


 以前なら、誰かに守られることを不本意だと考えただろう。だが今は、彼の力がなければここまで戦えなかったと、はっきり自覚している。


「わたし、ずっと一人で立ち向かわないといけないって思ってた。公爵家の娘として、自分の責任は自分で取るべきだと。でも、あなたの行動力と真摯さを見ていると、『誰かと並んで戦う』のも悪くないと思えてきて……」


 その言葉を繋いでいるうち、レティシアの声がかすかに震えた。誇り高い彼女がここまで本音を吐くのは珍しい。クラウスは心臓が跳ねるような感覚を覚えつつ、そっと微笑む。


「あなたがそう言ってくれるのなら、僕はいつまでもあなたの隣で戦います。どんなに大変でも、あなたを見捨てる選択はしません」


 まるで恋人同士が甘い言葉を交わしているようなやりとりにも見えるが、二人はまだその感情をはっきりと自覚してはいない。強い絆と敬意がそこにあるのは確かだが、恋と呼ぶにはもう少し踏み込む勇気が足りない。


 しかし、ほんの小さな出来事をきっかけに、その距離感が微妙に変化していく。

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