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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第5章:包囲網

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第15話 揺らぎ始める威光②

 すると、窓をノックする音に似た軽い音がして、レティシアが小首をかしげる。書庫の外から呼びかけるような声はないが、侍女の足音でもなさそうだ。不審に思って立ち上がったところ、扉がノックされ、控えめに侍女が顔を出した。


「お嬢様、フォルスター様。失礼いたします。先ほど報せが届きまして、王太子派閥の間で『次の夜会』を準備する動きがあるようです。噂を流した本人が、その夜会でセレナ嬢の名誉を高めようと画策しているとか……」

「やはり動いてきたわね。王太子派閥としては、一度揺らぎ始めた信用をここで取り戻そうという意図があるはず。セレナを『健気で王太子に相応しい存在』と再度アピールする機会にするのね」


 侍女の報告に、クラウスは緊張した面持ちになる。その夜会では、おそらくレティシアの名誉をさらに(おとし)めるような演出がなされるに違いない。


 しかし、これは裏を返せば、彼らが「危機感」を抱いている証拠とも言える。エドワードとセレナは、王太子の威光が揺らぐ前に再度正当性をアピールし、周囲を取り込もうとしているのだ。


 レティシアは再び椅子に腰掛け、机を指でトントンと軽く叩いた。


「この夜会こそ、わたしたちにとっても好機になるかもしれない。ある程度の証拠が揃い、王太子派閥に対する疑念が広がり始めている今、場をうまく使えば状況をひっくり返すチャンスになり得るわ」

「確かに。とはいえ、彼らの地盤は厚い。先走って批判をぶつけても『王家への不敬』で片付けられる恐れがあります。いかに確実な事実を提示し、かつ周囲を納得させるかがポイントですね」


 クラウスの言葉にレティシアは同意し、少し微笑む。二人の息は以前より合っている。すでにすれ違いや衝突を経て、お互いの思考を理解し合っているからこそ、こうして冷静に戦術を立てられるのだ。


 それでも、王家を敵に回すリスクは大きい。その悩みは、今なお二人の胸に重くのしかかっている。公爵家の将来を揺るがすかもしれないし、伯爵家の次男であるクラウスが再起不能になる可能性もある。それぞれが守るべき家や立場、そして協力者たちがいる以上、単なる自己犠牲で突き進むわけにもいかないのだ。


「いつまでも逡巡(しゅんじゅん)していては、噂を完全に(くつがえ)す前に次の一手を打たれてしまう。……わたしは、夜会を一つの大きな勝負と考えるわ」

「僕も同意見です。この夜会を逃せば、相手が再び支持を固めて、こちらの出番が消されるかもしれません。多少のリスクは承知で、攻めに転じるべきですね」


 書庫の窓の向こうでは、雲間からやわらかな日差しが差し込み始めている。気温は肌寒いままでも、わずかに光が強まったように見えるのは、二人の決断を後押しするかのようだ。


 こうして二人は、エドワードへの信頼が揺らぎ始めた今こそが勝機だと捉え、次の行動を具体的に詰めることにした。セレナの言葉の矛盾点や、王太子派閥の裏での圧力行為を暴露できる準備を整え、夜会という公の場で反撃を試みる――そのシナリオを描きながら、互いに視線を合わせる。


「ここまで来たのだから、わたしは絶対に引かないわ。王家だからといって許されることではないと示すためにも、正しい証拠さえ持てば堂々と声を上げられるはず」

「はい。僕も覚悟しています。あの夜会で声を上げた以上、最後までレティシア様の誇りを取り戻す手伝いをする。王太子殿下への敬意がないわけじゃないですが、真実を()じ曲げるなら、僕は断固として戦います」


 レティシアは静かに微笑み、クラウスもそれに応えるように唇を緩めた。緊張感の中にも確かな意思の疎通がある。既に二人の協調体制は不動のものとなりつつあり、まさにここが決戦の前夜にも等しい。


 仮に失敗すれば、王太子という強大な権力に踏み潰されるかもしれない。しかし、ほんの数週間前までは同じ方向を向くことさえ危うかった二人が、こうして同じ机を囲み、大きな目標を共有している。それだけでも、レティシアとクラウスにとっては大きな進展だ。


「いいわね、じゃあこの夜会に向けて具体的な段取りを立てましょう。味方になってくれそうな貴族が何名かいるし、家臣や使用人の言葉を裏付けるための書類も揃えつつ……」

「セレナや王太子殿下に対応できるように、あなたの努力や過去の実績を示す資料をすぐ取り出せるようにするのも大切かもしれません。相手がどういう手を打ってくるか不明ですが、こちらからも攻勢に出られる形にしておきましょう」


 そうして二人は急ぎ足で作戦を練り始める。エドワードの威光が揺らぎ始めている今だからこそ、躊躇(ちゅうちょ)はできない。もしかすると、次の夜会が最後の勝負になるかもしれない――そんな予感が、互いの胸を高鳴らせる。


 書庫を出る頃には、すでに昼過ぎの光が外を照らしていた。晴れ間を見せる空の下、レティシアは胸に広がる緊張と一抹の期待を噛みしめる。クラウスも、伯爵家へ戻るために馬車に乗る前、レティシアに向かって小さく微笑んだ。その笑顔は、「次の舞台で必ずや」と語っているかのようだ。


 こうして二人は新たな決意を抱き、エドワードとセレナに正面から立ち向かうべく、次の一手を打つ準備に入る。王太子という強大な存在に疑問を抱く声がゆっくりと増え始める中、貴族社会は一層の動揺を(はら)んでいる。


 そこに、二人の揺るぎない意志がどう作用するのか。それはまだ誰にもわからない。ただ、確かなのは、彼らが今まさに“王家を真正面から批判する”という危険な道を選び取ろうとしていること。


 そして、その道の先にこそ、レティシアの名誉回復とセレナの欺瞞(ぎまん)を暴く糸口が待っている――二人は信じて疑わなかった。

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