第14話 協力者たち②
一方で、敵側の干渉も同じくらい激化していた。きょうも伯爵家の使用人から「見知らぬ男に話しかけられ、『クラウス・フォルスターの動向を報告すれば褒美を出す』と言われた」という報告があった。まさに密偵が暗躍している証拠だろう。
「これ以上、迂闊な行動はできないわね。何か情報を手に入れても、あまり大人数に共有しすぎるのは危険かもしれない」
「そうですね。逆に、信用できる人にだけ情報をこっそり渡しておいて、いざというときに複数の証言者が出てくるように備えるのもアリかもしれません」
レティシアとクラウスは顔を見合わせ、小さく頷き合う。周囲の協力者たちは一様に「あなたを守りたい」と言ってくれるが、彼ら自身が王太子派閥に狙われては本末転倒。慎重かつ計画的に協力を得なければならない。
そして、それらの準備が整えば、セレナや王太子派閥が新たな噂を流そうと、こちらも同時に反証を示せる段階に近づいていくはずだ。
「もう少しで、王太子派閥のやり方が誇張だと気づく人々が増えるわね。いくらなんでも根拠が希薄な噂ばかりじゃ、いずれ破綻するでしょうし」
「ええ。だからこそ、今は我慢が必要です。協力者たちと連携を密にして、確実に証拠を固めていきましょう」
二人の隣では、侍女や家庭教師たちが「私たちが記録していた当時の手紙やメモを探してみましょう」「昔の書簡に日付と場所の情報が載っているはずです」と意欲を示してくれている。クラウスの友人も、「自分の父に相談してみる」と言って、政治的に中立な派閥へ情報提供を検討している。
味方が増えれば増えるほど、王太子派閥の圧力は強まるが、それを耐え抜けるだけの布石を打っておけば大丈夫だというのが今の二人の考えだった。
「よし……。少しずつだけど、確実に道が開けてきた」
クラウスが笑みを浮かべると、レティシアもうっすらと目を細める。厳しい情勢には変わりないが、かつて感じていた孤独は薄らぎ始めている。幼少期から続く努力を知る者、彼女の本質を信じる者がいるというだけで、彼女の心はだいぶ救われていた。
逆に言えば、敵側はこうした動きを何としても阻止したいに違いない。王太子とセレナの地位を守るため、さらなる妨害や脅迫を行ってくる可能性は高い。
「わたしも油断せずにいくわ。協力者が増えるのは喜ばしいけれど、その分だけ敵の目も鋭くなる。もう……下手な動きをしている余裕はないの」
「僕も覚悟しています。伯爵家での立場は相変わらず危ういですが、それでもあなたの名誉を取り戻すためにやれることは全部やります」
レティシアは強い眼差しでクラウスを見返す。彼に対する信頼が一歩深まったのを自覚しながら、互いに手を止めず書庫の作業を続けるのだった。
外では夕刻になり、赤みを帯びた空が見える。協力者たちもそれぞれの役目を終えて書庫を後にした。レティシアは一人、机に山積みになった資料を整理しながら、侍女たちの言葉を思い返していた。
幼い頃から自分を見守ってきた彼らが、「嘘をつく人間ではない」と証言してくれるのは、王太子派閥にとっては大きな脅威になるはずだ。しかも、単にレティシアを甘やかしていたわけではなく、厳格な面も知った上で敬意を持っているという点が説得力を増す。
一方、クラウスも別れ際に友人から「近いうちに面白い情報を届けられるかもしれない」と告げられ、胸を弾ませている。王太子の取り巻きに疑念を抱く貴族の一人から内部情報が得られる可能性があるのだ。
「これで……少しずつ彼らの計略を崩せるかもしれない」
そう願いつつも、二人は気を抜かず次の段取りを考える。味方が増えればこそ、守るべき対象も増える。王太子派閥の妨害がどれほど巧妙で激しいかは、すでに思い知っているからだ。
しかし、不安の中にも確かな希望が芽生え始めている。レティシアの過去を知る者、彼女の人間性を正しく理解する者が、形は違えど手を差し伸べてくれている。クラウスの友人も含め、皆がいわば「おかしな噂に流されるほど浅はかな人間ばかりではない」と示してくれたのだ。
「そうだ……あとはわたしの態度次第でもあるわね。彼らがここまで協力してくれるなら、わたし自身も正々堂々としていなければ」
レティシアは胸の奥でそう決意する。過去に培った努力を思い出し、その名誉を取り戻す戦いを一歩も退かずにやり遂げる――王太子派閥の陰謀が激しさを増す中でこそ、その強い覚悟が必要だろう。
夕暮れの光に照らされた書庫の窓を、レティシアがそっと開け放つ。少し冷たい風が入り込み、紙の匂いに混じって外の空気を運んできた。まるで、新しい局面を告げるために吹き込む風のようにも感じられる。
同じころ、クラウスもまた伯爵家へ帰る馬車の中で、手に入れた資料を抱えて思案していた。友人たちの助力が重なれば、まだまだ突破口はある。王太子派閥の妨害に屈せず、レティシアと共に真実を証明する方法はきっと見つかる――そう信じている。
こうして、レティシアが「嘘をつく人間ではない」と語る協力者たちが少しずつ増え、二人が手にする手札も強化されていく。だが、その一方で王太子派閥の妨害はさらに巧妙化し、圧迫も増すだろう。
それでももう、レティシアはひとりではない。彼女の過去をよく知る人々が力を貸してくれるようになり、クラウスの仲間も加勢するかたちで、形勢は徐々に変わり始めていた。
夕刻の赤い空の下、二人の戦いは新たな局面へ踏み出していく。この先にあるのは熾烈な攻防か、それとも早期の決着か。少なくとも今は、彼らの足取りに迷いは感じられなかった。




