第13話 動き出した策略②
一方、そんな王太子派閥の動きを察知したクラウスとレティシアは、書庫の机を挟んで並んで座っていた。
「どうも妙ですね。先日、協力を得られるはずだった関係者が急に態度を翻して、証言を拒むとのことです。理由を聞いても『自分の身に危険が及ぶから』としか言われませんでした」
「わたしのところにも似た話がきているわ。人づてに聞いたところ、王太子派閥から暗に圧力をかけられたようなの。噂を流される程度ならまだしも、彼らは資金や人事の操作だってできるから、皆怖れているのよ」
レティシアは唇をかすかに噛む。自分を追い落とそうとする王太子とセレナの意図が、ここまで公然と実行されるとは思っていなかった。
クラウスは紙束をめくりながら静かに息をつく。
「彼らの手は予想以上に周到ですね。こちらが得たはずの証拠が、いつの間にか隠滅されそうになる可能性もある。現に、一部の記録が『紛失』したという話も出ているくらいですし……」
「このままでは、重要な場面でこちらが切り札を失う危険があるわ。あらかじめ確かな形で保管しておかないといけない。わたしの手元と、あなたの方でも別々に複製を保管するのはどう?」
「賛成です。二箇所に分散しておけば、どちらかが狙われても残る可能性がありますから」
二人は協議しながら対策を練る。レティシアの人脈によって得た書類や名簿の写しを、クラウスの屋敷側でも厳重に保管する手はずを整えることになった。問題は、王太子派閥の密偵や監視が伯爵家にも入り込んでいる可能性がある点だが、それでもやらないわけにはいかない。
さらに、新たな噂への対抗策として、クラウスとレティシアは自分たちがすでに集めている「セレナの偽証」にかかわる事例を、少しだけ外部に示すことも検討し始めた。
「こちらが本気で動いているとわからせれば、下手に新たな噂を吹聴するリスクが高いと悟るかもしれないわ」
「確かに。相手が隠したい事実をちらつかせて牽制する形ですね。ただ、逆上させる可能性もありますが……」
クラウスが憂慮する声を漏らすと、レティシアは迷うそぶりを見せる。彼らの行動が王太子やセレナをより警戒させ、過激な手段に走らせる恐れもあるのは否定できない。
だが、何もしないまま押し込まれるのを待つのは得策ではない。書庫の窓の外を見やりながら、レティシアは声をひそめた。
「そうね、逆上されるのは怖いけれど、今は一歩も引けないわ。相手が策略を動かし始めたなら、こちらもその上を行く必要がある。……先手を打たれて後悔するのはもう沢山」
「僕も、覚悟はできています。何より、ここで彼らの暗躍を放置したら、あなたの名誉はさらに損なわれることになる。王太子殿下という立場を利用されれば、どんな嘘も『真実』にされかねませんから」
二人の意志は固まった。王太子派閥が追い詰められる前に、妨害を加速させてくるのは想定内だ。ならば、さらに確実な情報を入手し、必要とあらば一部を公にすることを念頭に置こう――そう結論づける。
その結論を示すように、レティシアがテーブルの上で封筒を指し示した。
「これは、公爵家の顧問からの連絡よ。王宮の一角に、自分たちの動きを報告してくれる協力者がいるかもしれないとのこと。具体的にはまだ断言できないけれど……そういう話があるだけでも好材料だわ」
「なるほど、こちらに情報を流してくれる可能性があるってことですね。相手の策を先回りして知る手段があれば、随分やりやすくなる」
二人は互いを見つめ、静かに頷き合う。こうして強固な包囲網が敷かれ始めたときこそ、真綿で首を締めるような慎重さと大胆さが求められる。
王太子エドワードとセレナ側が綿密な政治力と噂の操作で迫ってきても、レティシアとクラウスは一歩も退くつもりはない。むしろ、それを見越して対抗策を練り、さらに調査を深める決意を固めたのだ。
「気を引き締めましょう。彼らが新たな策略を実行に移す前に、こちらの手を進める必要があるわ」
「はい。僕たちの行動も監視されているかもしれませんが、そこは逆手にとりましょう。目を欺きながら、決定的な証拠を手にするんです」
レティシアはわずかに笑みを浮かべる。その表情には、緊張の中でも揺るぎない意志が宿っている。クラウスも同じく、覚悟の光を瞳に宿していた。
こうして、王太子とセレナが仕掛ける策略への対抗が本格的に始まる。密偵の存在がちらつき、噂が拡散され、陰謀の火種が絶えずくすぶる王都の中で、二人はさらに強い決意で困難に立ち向かうことを誓う。
その陰で、エドワードとセレナの「追い落とし」の毒牙は、さらに研ぎ澄まされていくのだった。二人の動きを探る視線が、しとやかな街並みに紛れ込み、わずかに動き始めている。小さな歪みがいつか大きな波紋となるか、レティシアとクラウスはまだ完全には知る由もない。
だが、少なくとも彼らはこの段階で、決して諦めないと心に定めていた。新たな策略に怯むことなく、堂々と事実を暴いてみせる――その誓いこそが、今の彼らを支えているのだから。




