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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第4章:すれ違う想い

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第12話 再び同じ方向へ②

 一方で、クラウスもまた、レティシアがちらりと自分を見た視線を感じ取り、内心どぎまぎしていた。先日から感じている気持ちが、単なる尊敬や罪悪感だけではないと、彼は薄々気づき始めている。しかし、彼女の誇りの高さや凛とした態度を前にすると、自分がそれを口にするのは少々おこがましいとも思うのだ。


 そんな互いの小さな揺れを抱えながらも、言葉には出さないまま、計画づくりは順調に進んだ。過去の情報や噂の裏付けを取る作業を具体的に分担し、次回の社交行事までにある程度の材料を揃える目処が立つ。


 しばらくして、レティシアがまとめた紙束を手に、クラウスに目を向けた。


「これで、当面の方針は固まったわね。まずはセレナの過去を深く洗い直し、王太子派閥が裏で動いている書状や金銭の流れを見極める。そこが明確になれば、わたしへのいわれなき非難に対してカウンターを仕掛けられるはず」

「はい。無駄を最小限にするためにも、まずは各自が決めた範囲で情報を集めましょう。それぞれ成果を持ち寄って、また書庫で検証する形ですね」


 二人は同時にうなずき合った。以前のようなよそよそしさや苛立(いらだ)ちは、今はほとんど感じられない。もちろん、意見の違いは依然として存在するが、それを乗り越えるだけの意志が育ち始めている。


「……ありがとう。あなたがいなければ、わたしはもっと孤立していたかもしれないわ」


 レティシアがほんの少し視線を落として漏らす言葉に、クラウスの胸は高鳴る。彼女が感謝を表すことは滅多になかったが、それを素直に認めるようになったのは前進と呼べるだろう。


「こちらこそ、あなたの知識と人脈がなければ、王太子派閥に対抗する手段など僕には思いつきませんでした。僕たち、いい形で互いを補完できると思います」

「ええ、それがわかっただけでも、すれ違った時間は無駄じゃなかった」


 レティシアは小さく笑みを作ろうとしたが、まだ自然にはいかない。彼女は元来、笑顔を容易に他人へ見せるタイプではない。だが、そのぎこちなさもクラウスにはいとおしく映る。


 紙束を束ね終わり、二人は一度呼吸を整えた。今後の展開が厳しいことは重々承知している。セレナがどれほど狡猾(こうかつ)に動くか、王太子派閥がいかに政治力を振るうか、予測しづらい面は多い。


 それでも、最初はただ「自分の正義感」や「公爵令嬢としての誇り」が理由だった二人が、今はもう少し深いところで繋がっている。そう感じる瞬間が、お互いの胸の奥に小さな安堵を運んでいた。


「さて、手分けして動くのはいいけれど、あなたの体調は大丈夫? 昨日もあまり眠れなかったんじゃない?」


 レティシアの問いかけに、クラウスはやや驚きつつも微苦笑で応じる。


「心配ありがとうございます。少し夜更かしはしましたが、まだ大丈夫です。レティシア様こそ、無理をしすぎないでください。ここ最近、かなり神経を使っているでしょうし……」


 レティシアは微妙に視線を外す。確かに神経をすり減らしているのは事実だが、それをあからさまに認めるのは苦手だった。ただ、彼のやわらかな声色に、このまま少し頼ってもいいかもしれないという思いが湧く。


 しかし、それを言葉にする前に、彼女は静かにかぶりを振る。まだ自分の感情を整理しきれていないし、甘えるのは早いと思っているのだ。


「わたしは大丈夫よ。まだ耐えられる。それに、あなたが思っているほど(もろ)くはないわ」

「もちろん、あなたの強さは知っています。でも、もし何かあったら遠慮なく言ってください。僕ができることなら何でも手伝いますから」


 その言葉に、レティシアはわずかに胸が温かくなる。わずかな好意の芽生えを否定できなくなっている自分に戸惑いつつも、嫌な気持ちはしない。むしろ、この関係を大事に育んでもいいかもしれないと思い始めていた。


 そんな心の機微をお互い隠しながら、二人は再び目線を合わせる。もう一度だけ確かめるように言葉を交わした。


「わたしの名誉を回復する。王太子派閥の不正を暴く。……そして、セレナが偽りの涙で得ようとしている地位を、正しい姿へ戻す。わたしにとっては、どれも譲れないわ」

「はい。僕も本気です。あの夜に声を上げた以上、最後まで向き合わずに逃げることはしません」


 二人は深くうなずき合い、席を立つ。これからそれぞれが動くための段取りがある。レティシアは公爵家の侍女や信頼の置ける家臣たちに協力を仰ぎ、クラウスは別ルートから王太子側近の怪しい動きの情報を仕入れる予定だ。


 書庫を出る手前、レティシアがふと振り返る。薄暗い部屋の中、朝の日差しが強くなってきて、埃の粒子がキラキラと舞っていた。


「……行ってらっしゃい、クラウス。あなたが帰ってくるときには、もう少し資料をまとめておくわ」

「ありがとう。そちらこそ、気をつけて。公爵家にいるからといって安全とは限りませんから」


 ごく短い会話だが、昨日までとは比べ物にならないほど和やかな気配があった。衝突を経て、過去を少しだけ打ち明け合い、互いの気持ちを知ることで、今度こそ本当の意味で「同じ方向」を向き始めている。


 レティシアの胸には、ほんのわずかに甘酸っぱいような感情が広がる。これはただの安堵なのか、あるいはもう少し別の感情なのか――それをはっきり自覚するには、まだ少し時間が必要だろう。


 クラウスもまた、後ろめたさを感じることなくレティシアに背を向けられるのが不思議だった。これまで自分の存在に半ば懐疑的だった彼女が、今は確かに「支え合う相手」として認めてくれている気がする。


 そんなささやかな満足を抱き、二人は離れの書庫を後にする。やるべきことは多いが、心に宿った小さな連帯感が、これからの困難を乗り越える大きな助けになるはずだ。


 章が変わったかのように澄んだ空から、光の筋が差し込んでくる。あの暗雲立ち込める空だったころとは違い、今の二人には光が見える。もちろん、王太子派閥との戦いはこれからが本番。だが、その前段階として、二人が肩を並べる準備は整いつつあった。


 こうして、レティシアとクラウスは再び同じ方向を見つめ、確固たる協力関係を強化していく。まだ残る小さな不安や痛みを隠すようにしながらも、二人の間には確かな信頼の芽が生まれ始めていた。


 各々の道を踏み出す足取りは軽くはないが、確実に揃っている。緊迫した状況にあっても、互いの存在を感じられるという安心感が、わずかな微笑みを口元に宿らせた。


 いつしか、その微笑みがよりはっきりとした形を帯びる日が訪れることを、二人はまだ知らない。それでも、一度の衝突を越えて強めた絆は、彼らを次の大きな一歩へと導く兆しを見せていた。

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