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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第4章:すれ違う想い

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第11話 秘めた想い②

 しばらくして、レティシアは小さく息を吐く。そして、自分もまた過去を打ち明けるべきか、一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、やがて意を決したように静かに語り始めた。


「わたしは……王太子の婚約者として、徹底的に努力を重ねてきたわ。周囲が『さすが公爵家の娘』と称賛するような成果を出すために、あらゆる面で完璧を目指した。誰もが『王太子殿下にはあの令嬢が相応しい』と認める形にしたかったの」


 静かな声には、痛みを伴う思い出の重みがにじむ。


「でも結局、あの方はわたしじゃなくセレナを選ぶように振る舞った。わたしの努力が意味を成さなかったと言われたようで、どうしても許せなかった。あの夜会で婚約を破棄された瞬間、わたしは『人の評価なんて、あっさり変わるものだ』と痛感したの」


 クラウスは真剣な眼差しを向ける。レティシアが王太子妃に相応しくあろうと積み上げてきた努力を、彼は想像するしかないが、その一部がでも言葉から透けて感じ取れた。


「それ以来、わたしは誇りを手放せないと思ったの。誰が何と言おうと、わたしだけは自分を信じ続けないと、簡単に崩されてしまう。それが公爵令嬢としての責務でもあり、『わたし』という人間を守ることでもある」


 言い切るレティシアの瞳には、かすかな揺れがある。クラウスはその揺れを見逃さなかった。


「……あなたは、その誇りを持つために、ずっと自分を鍛え続けたんですね。僕はそこに敬意を持っています。簡単に真似できることじゃない」


 一方で、彼女が抱える重圧も察することができる。クラウス自身がその重圧を共有できる立場ではないが、少なくとも『貴族社会の理不尽』を感じてきたという共通点はある。


 静寂が降りた書庫のなかで、二人はわずかながら互いの「過去の傷」を確認し合う。昨日までのすれ違いが、一部だけでも解けていくような感覚がある。


「あなたはあなたの方法で、誇りを守ってきた。僕は僕のやり方で、不条理に立ち向かおうとしている。……まだ完全に噛み合っているわけではないけれど、こうして少しでも理解を深められるなら」

「ええ。少しだけ、あなたの動機がわかった気がする。今まで、なぜそこまで自分を犠牲にしてまでわたしを助けようとするのか理解できなかった。でも、あなたにとってもこれは大切な行動なのね」


 二人の言葉の端々に、互いへの敬意が含まれ始めている。それがわかると、レティシアもクラウスも肩の力をほんの少しだけ抜き、微かな安堵を得る。


 それでも、問題は山積みのままだ。王太子派閥の動きは止む気配がなく、セレナは依然として涙を武器に周囲を丸め込んでいる。けれど、この書庫の中だけでも、二人がほんの少し互いの歩んだ道を想像して向き合えたことで、すれ違いが緩やかに解消される可能性が生まれつつあった。


「結局、わたしは王太子と婚約した頃からずっと、『誰の目にも恥じない自分』であろうと頑張ってきたの。結果としてあの方に裏切られたとしても、その努力までは嘘じゃないわ」


 力強い言葉の奥で、わずかに(にじ)む悲しみが、クラウスの心を揺さぶる。彼女がどんな思いで過ごしてきたかを想像するほど、胸が痛む。


「……あなたが積み上げたものは、いずれ必ず意味を持ちます。たとえ王太子殿下が認めなかったとしても、多くの人はあなたの努力を知っているはずです」

「そうね。わたしはそう信じてる。たとえ今は誤解されても、真実を取り戻せば、もう一度その努力が報われるかもしれない」


 レティシアの言葉に、クラウスは深く(うなず)く。この瞬間、二人は一筋の光を共有しているようだった。互いの過去をほんの少し開示し合ったことで、閉ざされていた心の扉がいくらか和らいだのを感じる。


 ふと、レティシアは思いついたように言葉を継ぐ。


「……もしかしたら、あなたの方が辛い立場なのかもしれないわね。伯爵家の中で立場を失いつつあるでしょう? わたしはまだ公爵家の令嬢としての地位を失っていないけれど、あなたは王太子派閥を敵に回しているし……」

「そうですね。正直、父との関係もだいぶこじれています。兄や母とも、今はまともに顔を合わせづらい。でも……それでも後悔はしていないんです。あなたを見捨てる道を選んでいたら、ずっと後味の悪い人生を送っていたと思うから」


 クラウスの言葉に、レティシアはほんの少しだけ目を見開いた。彼がここまで覚悟をもって臨んでいると再認識すると、やはり感謝の念が込み上げるのも確かだった。


 その感謝を素直に言葉にできないのが、彼女の不器用なところかもしれない。だが、わずかに顔を斜めにそらしたまま、ぽつりと言葉をこぼす。


「あなたを巻き込んでいるような形になって申し訳ない、という気持ちがないわけじゃない。けれど、わたしはあなたを頼りにしている。それだけは理解していて」


 それはレティシアなりの最大限の譲歩であり、素直な気持ちの滲む言葉だった。クラウスの胸が温かくなる。昨日の衝突がまるで嘘のように、今は少しだけお互いを尊重し合えている気がする。


「わかりました。あなたの努力が踏みにじられないよう、僕は最後までこの調査をやり遂げます。僕自身が王太子派閥に追い詰められる可能性だってあるけれど、あなたの名誉が損なわれるのはもっと見たくない」

「ありがとう。……わたしも、あなたがここまでしてくれることを、さすがに全くの無下にはできないものね」


 外では朝の陽光が少しずつ強くなってきた。書庫の窓から差し込む柔らかな光が、積み上げられた資料の上に斜めの陰を作っている。二人は自然と書類へ目を落とし、再び作業に戻る。


 しかし、その作業は先ほどよりもずっと穏やかな空気に包まれていた。互いの過去を少しだけ共有したことで、不器用なままでも心が通い合い始めている。レティシアは誇りを失わず、クラウスは自分の正義感と彼女への思いを失わずに、同じ机につく。


 まだ道は遠いが、昨日よりは確実に前へ進んだと、どちらからともなく感じていた。二人の間に生まれたわずかな信頼が、今後の険しい道のりを乗り越える一つの鍵となる──そんな予感を抱きながら、レティシアとクラウスは書庫の静寂の中で資料を紐解いていくのだった。

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