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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第4章:すれ違う想い

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第11話 秘めた想い①

 翌朝、レティシア・アルヴァトロスはいつものように離れの書庫へと足を運んだ。昨日はクラウス・フォルスターとの些細(ささい)な衝突があり、気まずいまま作業を切り上げてしまったが、それでもやるべき調査は山積みのままだ。


 幸い天気は回復し、窓の外には淡い青空が(のぞ)いている。ごく小さなことだが、それだけでも心を少し楽にしてくれる。閉ざされるような曇天に比べれば、ほんのわずかな陽光が気持ちを晴れやかにしてくれるかもしれない。


 書庫の扉を開けると、まだ人の気配はない。昨夜のうちに机の上を片付けたのはレティシア自身で、今日の準備としては机に残された資料をざっと確認すれば十分だろう。彼女は鞄を机に置き、そっと椅子を引く。そこにはクラウスと共にまとめていた証拠の断片が並んでいた。


「気まずい、とはいえ……あれはあれで必要な衝突だったのかもしれない」


 小さく独白をこぼし、レティシアは指先で資料をトントンと整える。二人の心がぎくしゃくしているのは自覚しているが、今は目標が同じなので、最低限の協力は続けざるを得ない。そんな思いを胸にしまい込みつつ、彼女は少しだけ遠い記憶を思い出していた。


 ──かつて、レティシアは王太子エドワード・オルディスの婚約者として社交界に名を馳せていた。公爵家の令嬢と王太子という組み合わせは、ある意味、最も自然で盤石な関係だと言われていた時期もある。


 もともと、レティシアは幼い頃から「王宮と深いつながりのある家の娘」として教育されていた。王太子妃となれば、国を支える立場としての責任や礼儀作法はもちろん、政略の知識もそれなりに求められる。公の場で恥をかかないために、毎日のように書物を読み、王家の歴史を暗記し、馬術や舞踊に至るまで幅広く学び続けてきた。


「わたしは……あのとき、本当に必死だった」


 回想の中で、幼い自分がまっすぐ机に向かい、分厚い本を何冊も積み上げている光景が蘇る。夜更けまで勉強し、翌朝には家庭教師を交えて論文作成の練習をしたこともあった。舞踏会や夜会で醜態を晒さぬよう、ドレスの着こなしから立ち居振る舞いまで、苦手な部分は繰り返し練習して克服した。


 そうして身につけた「自信」は、いつしか大きな誇りへと昇華していった。だからこそ、周囲の雑音に流されることなく、常に凛とした姿勢を保っていられたのだと、レティシアは信じている。


 しかし、あるとき、王太子であるエドワードの態度に変化があった。表向きは穏やかな微笑みをたたえながらも、どこかよそよそしい。彼女が知らぬ間にセレナ・グランの存在が近づいてきていたのだ。そのころはまだ、セレナの名前すら耳にしていなかったが、王宮の内外では少しずつ噂になり始めていたという。


(どうしてあの方が急に距離を置くの?)


 王太子殿下に直接問いただすわけにもいかず、レティシアはさらに努力を重ねた。笑顔で接するのが苦手だと言われれば鏡の前で表情を研究し、宴会でうまく相手を立てられなかったと言われれば、複数の会話術を学んだ。公爵家の令嬢としてだけでなく、「王太子妃」に相応しい存在になろうと、誰にも負けないほど邁進(まいしん)していたのだ。


「なのに……どうして、最後はあんな形で終わらせられたの」


 自分の力ではどうにもならない形で婚約破棄を言い渡された夜を思い出すと、胸の奥が冷たくなる。当時、王太子がセレナを守るようにして自分を断罪する場面が蘇り、(みじ)めな感情が再燃する。あれほど努力し、期待されていたのに、ほんの一瞬で“邪魔者”扱いされる理不尽。その記憶は、彼女がいっそうプライドにしがみつく要因になったのかもしれない。


 そう考えながら書庫で一人、黙想に(ふけ)っていたとき、重い扉が開いた。入ってきたのはクラウスだった。やはり少し眠れなかったのか、目の下にわずかなクマがある。


「……おはようございます」

「ええ、おはよう」


 必要最低限の挨拶を交わし、クラウスは鞄を机に下ろす。昨日の衝突が尾を引いているのか、会話のぎこちなさが残るままだ。それでも、少しでも話を進めようという意識は共通している。二人はそれぞれ黙々と資料に目を通し始めた。


 ところが、その沈黙の中で唐突にクラウスが口を開く。


「レティシア様……少し、お話ししたいことがあります。今は調査とは直接関係ないかもしれないけれど」


 レティシアは視線を上げる。クラウスがこんな風に切り出すのは珍しい。彼女は「何かしら」と短く返し、彼を促した。


「実は、僕の幼い頃の話です。どうしても、あなたに聞いてほしいと感じてしまって……」


 クラウスは息を整えるように手を膝の上で組み、自嘲気味の笑みを浮かべた。


「僕には兄がいます。彼は伯爵家の嫡子として幼い頃から英才教育を受け、家の期待を一身に背負ってきた。一方の僕は次男で、それほど期待されるわけでもなく、かといって自由が与えられるわけでもなく……。なんというか、常に兄と比較されるだけの日々でした」


 レティシアは無言で耳を傾ける。伯爵家の事情など普段はあまり興味を持たない彼女だが、クラウスの口調に何か切実なものを感じ、黙って話を待つ。


「兄と同じ成績を取っても、『さすが長男の弟だな』と言われるだけ。兄より少しでも成績がよければ、『お兄様に勝手に張り合わないように』と注意される。何をしても『次男だから』という言葉で片付けられて、いつしか僕は『ならば大人しくしていればいい』と思うようになっていた」


 自分から積極的に何かをしようとしても、家の都合や貴族社会の視線に阻まれる。その不条理な仕組みが、幼いクラウスの心に影を落とした。いつしか彼は「なるべく安全な場所に身を置き、周囲を傷つけず、傷つかずに生きていく」という道を選ぼうとしていた。


「でも……あの夜会でレティシア様が断罪されそうになったのを見て、どうしても黙っていられなかった。あれは僕の中の『理不尽を見過ごせない』という叫びだったんです。今までと違って、そこに兄との比較はなかったし、家の期待も絡まなかった。純粋に『目の前の不条理を放っておけない』と感じたんです」


 レティシアはその言葉を飲み込みながら、しばし沈黙する。クラウスは、思った以上に繊細な葛藤を抱えてきたのだ。彼が積極的に行動を起こすのは、単なる正義感だけではなく、過去に感じてきた「不条理」を二度と見過ごさないためだとわかる。

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