第9話 誇り高き令嬢②
クラウスは続けて、調査を進めるうえでどう動くか、ざっくりとした案を示す。
「まずは、セレナが主張する『いじめ』の具体的な場面を洗い出して、その日にあなたが何をしていたか、人と会っていたかなどを確認していきたいんです。もし矛盾があるなら、それを裏付けてくれる人や記録を探します。それから、王太子派閥がどれだけ情報を操作しているかも掴めればいいのですが、そちらは難航しそうですね」
「そうでしょうね。彼らには王宮内の権力者がついているし、わたしが公爵令嬢だからといって簡単に立ち向かえるものではない。でも、わたしにもいくらか協力してくれる友人や、家の顧問役がいます。探れば何かしら情報を得られるかもしれない」
レティシアは静かに考え込むように視線を落としたあと、言葉を足した。
「……ただし、あなたもわかっているでしょうが、この動きが王太子殿下に露見すれば、あなたの身にも危険が及ぶかもしれない。それでも構わないの?」
「はい、覚悟はできています。実際、伯爵家はすでに圧力を受けていますが、僕はあの夜会で何もせずに見過ごす道は選ばなかった。今さら引き返すつもりもありません」
クラウスの揺るぎない口調を聞いて、レティシアはほんのわずかに口元を緩めた。彼が当初、自分を庇う行動に出たことを思い返すと、あのときから彼の本気度は変わっていないのだと理解できる。
その素直さが、彼女には不思議と心地よく思えた。決してこの公爵家を利用してのし上がろうという下心ではなく、純粋に「理不尽な噂を正そう」という想いで動いている――そう感じられるからだ。
「わかったわ。ならば、具体的な日取りを確認しましょう。……セレナがどのような日付で『わたしからの嫌がらせ』を主張しているのか、あなたの情報と照らし合わせたい。そのうえで、おかしな点が浮かべば次の手を考えるという流れね」
「ぜひお願いします。実は、あなたが普段どんなスケジュールで動いていたのか、僕一人では把握できません。そこを正確に知るだけでも、セレナの嘘が見えてくると思います」
レティシアはすっと立ち上がり、部屋の隅にある小さな机へ向かった。引き出しを開けると、何枚かの書類と手帳らしきものを取り出す。
それらは公爵家の行事や彼女自身の予定が書かれている資料で、公爵令嬢ともなると、日々のスケジュールも詳細に記録されているらしい。まさに彼女ならではの武器だ。
「わたしは、自分のスケジュールをできる限り正確に管理してきました。王太子殿下との婚約があった頃は、何かあればすぐ報告できるようにと手帳もつけていたの。今となっては、その記録が役に立つかもしれないわね」
「それはとても心強い。セレナの言葉にある『呼び出し』とやらが、あなたの予定と噛み合わないケースが見つかれば、大きな切り札になりそうです」
レティシアがその手帳をクラウスの前に差し出す。
「ただし、これらの情報は公に扱われると問題が大きい。だから、あなたとわたしだけでまず確認し、それから信頼できる人に限って話を通すようにしてほしいの」
「もちろんです。伯爵家の使用人にも迂闊には見せません。あなたの名誉に関わることですし、慎重に進めます」
そう言いながら、クラウスは彼女が差し出した記録の一部を受け取り、ざっと目を通してみる。そこには、王太子との面会予定や公爵家の行事、書簡のやり取りの履歴などが細かく書き込まれている。何もかも規則正しく、彼女らしい几帳面さがうかがえる。
それだけでも、セレナの主張と衝突しそうな部分が幾つか見えてきた。たとえば、セレナが「屋敷に呼びつけられた」と言う日付には、レティシアは王太子主催の勉強会に出席していた記録が残っている。そこには関係者のサインもあるため、かなり信憑性が高い。
「やはり、セレナの話には多くのほころびがあるように思えますね。ですが、一つずつ丁寧に辿らないと、相手も揚げ足を取ってくる可能性があります」
「ええ、だからこそ慎重に。どんなに正しいことでも、証明する過程でミスがあれば一気に信用を失うわ。わたしもあなたも、下手を打つわけにはいかない」
レティシアの言葉には覚悟が滲んでいる。彼女がこれまで培ってきた知性や人脈は、きっとこの先の戦いで大きな力になるだろう。
同時に、クラウスは自分だけでは到底手が届かなかった情報網を得られることに安心感を覚えた。外部の聞き込みだけでは限界があったが、レティシアの協力があれば王太子派閥の思惑をもう少し深く掴めるかもしれない。
「今後の進め方ですが、お互いに収集した情報を定期的に交換する場を設けませんか。あまり頻繁に会うと王太子側に怪しまれますから、定期的かつ極力目立たない方法で」
「そうね……。都合をつけられるときは、公爵家の離れにある書庫を使いましょう。外から人目につきにくいし、わたし以外に用事がある者は少ないわ」
そう言いながら、レティシアは筆を走らせて何かをメモしている。それはたぶん、次回以降の打ち合わせ候補日などを記したものだろう。
クラウスは心の中で小さく息をつき、この流れが正式な共闘関係の始まりだと確信する。ほんの短期間で、王太子派閥の包囲網をかいくぐり、こうしてレティシアと同じテーブルにつくことができた――それは奇跡にも似た成果だ。




