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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第3章:噂の糸口

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第7話 王太子派閥の影①

 王都の喧騒は、一見すればいつもと変わらないように思えた。街角には活気ある商人の声が響き、各国から訪れた旅人たちが行き交う。けれど、貴族社会という少し奥まった世界を覗けば、この国の中心を揺るがすかもしれない波紋がじわじわと広がりつつあった。


 その波紋の源となっているのは、王太子エドワード・オルディスが宣言した「婚約破棄」と、そこに付随する複雑な噂である。先の夜会で公爵令嬢レティシアを断罪し、「いじめ被害」を訴えるセレナ・グランを守るという形を見せたあの日から、王太子派閥の動きは目に見えて活発になっている。


 それは、まさに「既成事実」を広めるかのような行為だった。


 街のあちこちで、「レティシア・アルヴァトロスがセレナ・グランを執拗(しつよう)に追いつめた」という噂がささやかれ、誰が言い出したかわからない新たな「証言」が次々と付け足されていく。中には、「レティシアがセレナを泣かせて楽しんでいた」という悪趣味な話が、まことしやかに語られることもある。


 実際に彼女を見た者であれば、そのような性質を持ち合わせているように見えないと感じるかもしれないが、人々は一旦広まった噂をそう簡単には疑わない。特に、それが王太子周辺から流れているとなれば、真実味のある話だと受け止められやすい。


 王太子派閥の中心には、エドワード・オルディスに仕える有力貴族の子息や腹心の部下たちが存在する。彼らは王家に取り入ることで絶大な権勢を確保しており、宮廷内外で強い影響力を持つ。現在、その面々が口々に「公爵令嬢の振る舞いは見過ごせない」という姿勢を強めているのだ。


 もちろん、エドワードが実際にすべてを指示しているかどうかは定かではない。しかし、王太子の「お気に入り」となったセレナを守り抜くため、周囲が積極的に動いている構図が見て取れる。


 セレナ・グランという少女が王太子の庇護(ひご)を得るに至った経緯は、表向きには「あまりにも気弱で、不当に(しいた)げられがちな身の上を王太子が(あわ)れんだ結果」とされている。近しい者の話によれば、セレナは平民に近い身分からの成り上がりで、性格は控えめで大人しい。


 だが、クラウス・フォルスターはそこにこそ強い違和感を抱き始めていた。


 一度ならまだしも、最近はやけに「セレナは傷ついている」「セレナはまだ恐怖に(おび)えている」といった声を耳にする機会が増えているのだ。そして、それに呼応するように「レティシア・アルヴァトロスはどれほど残酷なことをしたのか」という新たな噂が作り上げられていく。まるで仕組まれた演出のように、セレナが「いじめ被害者」であることを強調する情報ばかりが膨れ上がり、その矛先はひたすらレティシアを非難する方向へ導かれているように見える。


「おかしいよな。何もかも、レティシアが一方的に悪いようにされている……」


 クラウスは、フォルスター伯爵家の控えめな書斎でそんな独りごとを漏らした。机の上には王都のさまざまな情報紙や、父が宮廷から取り寄せた資料らしきものが散らばっている。


 夜会以来、伯爵家の評判は確実に下降していた。王太子を公の場で否定するかのような言動を取った以上、派閥からの嫌がらせは覚悟していたが、それでもこうして屋敷に(こも)っているだけでは何の進展もないとクラウスは感じている。


 もとより、父ハンスには「お前の行動によって家が危うくなるかもしれない」と忠告されている。実際、いくつかの有力貴族からはそれとなく「フォルスター伯爵家は王太子に弓引くのか?」という探りが入っていると聞く。


 けれど、クラウスの意志は揺るがない。あの夜以来、彼はもう後戻りできない道を進むと決めていたからだ。レティシアから「いずれもう一度話をする機会を設けてもいい」と告げられたあの日から、彼は少しずつ動き始めていた。


 限られた情報網の中で、最も有力な手掛かりは「セレナの言動」だ。王太子がどれほど強い支持を得ているにせよ、何もないところから「いじめ」の話を作り上げられるわけがない。どこかに必ず「根拠」をこしらえるための工作があるはずだ。


 クラウスは使用人たちの協力を得て、市井の噂や王宮付近の動向をさりげなく探っていた。すると、まるで偶然のように小さなほころびを見つけたのだ。


 ある日の夕方、クラウスのもとにやってきた使用人は、店先で耳にしたという噂話を語った。「セレナ・グランは、今でも毎夜のように悪夢にうなされているらしく、王太子殿下がわざわざお見舞いに行ったそうです」「彼女はとても弱々しいので、侍女がつきっきりで世話をしているのだとか」――そういった話が妙に具体的な形で人々の口に上っているらしい。


「侍女がつきっきり……? そこまで一日中(ふさ)ぎ込んでいるとは、あのセレナが……。夜会では殿下のそばで思ったよりしっかりした印象だったけれど」


 クラウスは首をかしげた。そもそもセレナは「弱々しい」というより、むしろ「王太子に依存している」ように見えた。自分を守ってくれる人を確保したい心理はあるにしても、一日中眠れないほど(おび)えているとなると、どこか演出めいた匂いを感じる。


 さらに、別の筋からの情報では、セレナが一部の宮廷関係者に涙ながらに「レティシア・アルヴァトロスは恐ろしい人なのです……」と訴える姿が目撃されたという。彼女はそこまでして人々の同情を集めているのか――それは正真正銘の被害者だからこその行動かもしれないが、クラウスにはあまりにも「過剰」に思えた。


 いずれにしても、王太子派閥がレティシアを(おとし)めるために動いているのは確かなようだ。夜会の場での断罪が終わっても、あの一件を風化させることなく、むしろ何度も掘り返しては世間の注目を煽っている。特に王太子の取り巻きたちは熱心に情報を操作し、周囲の有力貴族たちへ働きかけを行っていた。


 「アルヴァトロス公爵家は、これまで表には出さなかったが、ずいぶん横暴なやり方で政治的に有利な立場を保ってきたらしい」とか、「レティシア自身も数々の人を泣かせていた」とか――そうした「裏事情」を示唆(しさ)する話が次々に広められているのだ。どこまで本当かはわからないが、王太子周辺が意図的にそれを信じ込ませようとしているのは間違いない。

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