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僕は断罪される公爵令嬢に恋をした ~彼女を救うためなら王太子だって敵に回す~  作者: ぱる子
第2章:決意の代償

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第6話 再会②

 とはいえ、レティシアもそう簡単に心を開けるわけではない。公爵令嬢として誇りを守るには、自分の力でこの名誉を回復しなければならないと思っている。だが、一方で、この先を一人で戦うのがどれほど難しいかも痛感しているのだ。


「……あなたが何を思おうと自由ですが、簡単に事態が好転するとは思わないことね。実際、わたしの発言はすでに信用を失いつつある。王太子殿下が『真実』と言えば、多くの貴族がそれを疑わないもの」

「わかっています。それでも、今のままではあまりにも不公平だ。僕は、あなた自身が言いたくても言えないことを探り、一緒に事実を突き止めたいんです」


 その言葉を聞いて、レティシアはわずかに唇を噛む。心の奥底で「誰かに頼りたい」と思う気持ちがまるで氷の下から湧いてくるように感じられ、それを懸命に押さえ込もうとする。


 自分の名誉は自分で守る――それが彼女の流儀だ。けれど、ここまで追いつめられた状況下で、冷静な判断ができているかどうか怪しい部分があるのも事実。かりに王太子殿下に立ち向かうなら、何らかの協力者がいたほうが良いのはわかっている。


「正直、あなたにどれだけのことができるのか、まだ半信半疑よ。フォルスター伯爵家が、王太子派閥を敵に回してまでわたしを助けるメリットなど、皆無に等しいでしょう」

「伯爵家の意思はともかく、僕自身はあなたが冤罪を被るのを見過ごせない。それだけです」


 クラウスの穏やかな声を聞きながら、レティシアはまた一瞬だけ視線をさまよわせる。硬い殻に閉じこもろうとする自分と、手を差し伸べられたなら掴んでしまいそうになる自分が、せめぎ合っている感覚だ。


 やがて、決心がつかないまま、それでも一歩だけ妥協するように口を開く。


「……あなたがそこまで言うのなら、いずれもう一度話をする機会を設けてもいいでしょう。ただし、わたしはあなたに期待はしていないわ。フォルスター伯爵家の次男程度に、どこまで踏み込めるか見ものね」


 それは意地の悪い言葉に聞こえるかもしれない。しかし、レティシアとしては自分が簡単に頼る気がないこと、そして相手の本気度を試そうとしている表れだった。


 クラウスはむしろ少しだけ安堵したように微笑む。


「試されるのは望むところです。あなたが望む限り、僕は行動します。ただ、それであなたの心が少しでも晴れるなら……それで充分です」


 内心の戸惑いを隠せないレティシアは、彼のその「まっすぐさ」に少し当てられる思いだ。これまで周囲にいた貴族たちにはなかった、飾り気のなさが、戸惑いと共に(かす)かな期待を呼び起こしている。


 立ち上がる気配を見せたクラウスは、控えめな笑みを浮かべて一礼した。


「急に押しかけてすみませんでした。お時間を割いてくださってありがとうございます。近いうちに、改めてお伺いしますね。何か資料や情報を整理して、少しでも役に立てる手段を考えてきます」


 レティシアはその言葉に答えず、ただ背筋を伸ばしたまま彼を見送る。ドアが閉まる直前、彼女は唇をわずかに開きかけたが、それを言葉にはしなかった。


 部屋に一人取り残されると、ぴんと張り詰めていた空気がゆるむ。彼女はゆっくりと息を吐き、なぜか胸が高鳴っていることに気づく。


「……フォルスター伯爵家の次男などに、一体何ができるの」


 その言葉は自らを戒めるように(つぶや)かれたものだが、心の中で何か小さな火種が灯った感覚も同時にあった。


 あの夜会のときに彼が見せた勇気、そして今日の面会で伝わってきた誠実さ――それらが、レティシアの堅い意志に少しだけひびを入れようとしているのかもしれない。


 ほんの一瞬、彼の瞳を(のぞ)き込んだとき、自分を信じてくれようとする気持ちが痛いほどに伝わってきた。自身のプライドの高さは一切失わずとも、わずかに「他者に頼ってみようか」という気持ちが芽生え始めているのを否定できない。


「……どうしてわたしは、あんな平凡な青年に心を乱されているのだろう」


 自嘲混じりの言葉が部屋に溶けて消える。レティシアは椅子に腰掛け直し、静かに目を閉じた。


 まだ確かな共闘と呼べるほどの合意は成り立っていない。レティシアとしては、あくまで自分が主導権を握らねばならないという思いも強い。だが、「一人では限界があるかもしれない」という現実も少しずつ認めざるを得なくなっていた。


 強い瞳を持つ青年が、どんな手段で王太子の策略に立ち向かおうとしているのか、さっぱり見当もつかない。それでも、彼が行動すると言った言葉には、妙な信頼を感じてしまうのだ。


「……あんな甘い考え、信じていいわけがない」


 そう言い聞かせてみても、心のどこかでわずかながら希望が灯る。固く閉ざした扉の隙間から、ほんの一条の光が差し込んだような感覚――それを否定しきれない自分に苛立ちを覚える一方で、その光に救われる自分がいることにも気づいてしまう。


 こうして、二人の思惑が微妙に重なり合い、連絡を取り合う端緒(たんちょ)が生まれた。レティシアは自分を守るために必要であればクラウスを利用するつもりだし、クラウスは彼女を支えるために必死の行動を続けるだろう。


 そして、誰も知らない未来へ向けて、静かに火種が(くすぶ)り始めている。それが何をもたらすのかはまだわからない。だが、確かにこの時から、レティシア・アルヴァトロスの閉ざされていた道が、わずかに開かれようとしていた。

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